ふたりぼっちのクリスマス
「うん、大丈夫だよ。っていうか、急過ぎない? いきなり電話がきて、びっくりしちゃった」
少しだけ緊張を感じさせる彼の、最後に聞いた時となんら変わらないその声を聞いた澪が笑みをこぼす。
どくん、どくんと自分の心臓が高鳴っていることを感じながら、彼女はおどけた様子で話を続けた。
「で、どうしたの? もしかしてあれだ! クリスマスの夜に寂しくなって、愛する澪ちゃんの声を聞きたくなったわけだ! 図星でしょ? でしょでしょ?」
『……ああ、そうだね。大体まあ、そんなところだよ』
「にゃっは~っ! 言質、いただきました~っ! これでもう言い逃れできないぞ~?」
『……君が元気そうで何よりだ。安心したよ』
「……別に、いつも元気ってわけじゃないよ。たった今、電話をもらえて元気になったってだけ」
素直に、正直に、本音を吐露する澪。
九割がた弱音であるその答えを聞いた電話の相手は、声を詰まらせた後で謝罪の言葉を述べる。
『ごめん、気遣いが足りなかった。謝るよ』
「気にしないでよ。言い方はあれかもだけど、電話してもらえて元気が出たって感謝してるんだからさ」
『……そっか。うん、ありがとう』
「なんでそっちがお礼を言うのかにゃ~? 感謝してるのはあたしの方だって言ってるじゃん」
クスクスと笑いながら、このやり取りに心地良さを感じながら、目を細める澪。
そこから暫しの無言が続いた後、ぎこちない様子で彼が話を振ってくる。
『最近、どうだい? この時期は忙しいだろうけど、楽しめてる?』
「ん? う~ん……ぼちぼちでんな! そっちこそどうなの? やるべきことは終わった?」
『ああ、大体はね。まだ全部が片付いたわけじゃあないけど、前に進めてるとは思うよ』
「そっか! なら、良かった!」
近況報告ともいえないやり取りだが、彼が停滞しているわけではないと知れただけで澪は嬉しかった。
そうやって笑みを浮かべ、次に彼が何を言ってくれるかを期待する彼女へと、電話の相手がまたしてもぎこちない様子で話を切り出す。
『あのさ……今日、クリスマスだろう? もう十分もしない内に終わっちゃうけどさ』
「あはは、そうだね! 世の中はカップルだらけだわ配信で後輩たちはイチャつくわで独り身にはつらい夜ですよ、にゃははっ!!」
『……プレゼント、置いておいたから。良ければ玄関のドア、開けてみてほしい』
「えっ……?」
おどけて笑っていた彼女が、予想外の一言に驚きの表情を浮かべる。
暫しそうして呆然とした後で玄関まで歩いていった澪は、ゆっくりとその扉を開き……家の前に置いてある小さな紙袋を見つけ、手に取った。
「……あったよ。中、見てもいい?」
『ああ、うん……そうしてほしいな』
彼からのクリスマスプレゼントを手に取って、家の中に戻って、その中身を手に取る澪。
小さな袋の中に入っていた、小さな箱を開いた彼女は、その中に収められていたピンク色の腕時計を見て、歓喜の笑みを浮かべた。
「……時計だ。すっごくかわいいやつ。知ってはいたけど、いいセンスしてるよね」
『気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ。正直、大分ほっとしてる』
「にゃははっ! 確かにまあ、女の子にクリスマスプレゼントを贈るだなんて初めての経験だろうからね~! ……お返し、どうしようか? とりあえず、せくちーな自撮りでも送っとこうか?」
『いいよ、大丈夫。最初からお返ししてもらおうだなんて考えてないさ』
安堵がにじみ出ているその声からは、彼が自分が選んだクリスマスプレゼントを澪に気に入ってもらえるかどうか不安を覚えていたことが感じられた。
そんな彼のことをからかった澪は、そうした後で深呼吸をすると……今、一番伝えたいことを彼へと言う。
「あのさあ……わざわざこんな回りくどいことしなくても、家の前まで来たんなら直接渡せばいいじゃん! どうしてそうしなかったわけ?」
『……無理だよ。それはできない』
「え~? こうして電話までしてるのに顔を合わせるのはなしって、どういうこと? まだその時じゃない~、とか言っちゃう系?」
『それもある。でも、一番の理由は……今、顔を合わせたら、離れるのが惜しくなる。もう二度と、君と離れ離れになりたくないって想いが止められなくなるのが目に見えてるから……会うわけにはいかないんだ』
「……いいじゃん、それでも。ずっと一緒にいようよ。クリスマスプレゼントのお返しってわけじゃないけどさ……あたしの全部、あげるよ?」
『それは魅力的だけど、だからこそ今は会えないよ。ちゃんと全てを終わらせることができたなら、その時に胸を張って会いに行く。だから――』
「……わかってる。ちょっと言ってみただけ! あ~あ、でも惜しいことしましたな~! 今ならロリ巨乳美少女澪ちゃんのおっぱいやお尻やらもっと恥ずかしいところに、あ~んなことやこ~んなことまでできたのににゃ~!」
おどけて、笑って、本音を隠しながらも澪もまた彼へと嘘偽りない言葉を告げる。
会いたいとは思っているが、彼女も今はその時ではないことはわかっていた。
その中で、彼がきちんと自分の想いを告げてくれただけでも十分だと思い、微笑む中、電話の相手が言う。
『そのプレゼントを買った時にさ、僕も同じ店で腕時計を買ったんだ。エメラルドグリーンの、シンプルなやつ。結構お気に入りで、今も着けてる』
「へえ、そうなんだ? 腕時計を二本も買える財力があって、羨ましい限りですよ!」
『……お揃いでもないし、ブランドも別々だけどさ。それでも……同じ時間を刻んでるよ。会えなかったとしても、同じ時を過ごしてる。うん、まあ、そんな感じ』
「にゃははっ! ちょっと気障っぽいことが言えるようになりましたな! でも最後恥ずかしがったから、七十点ということにしておきましょう!!」
『からかわないでくれよ。これでも結構頑張った方なんだからさ』
あはははは、と慣れないことをした彼のぼやきに大きな笑い声で返した澪が、嬉しそうに笑いながらピンク色の腕時計を見つめる。
彼女の愛らしい雰囲気に似合う、ポップかつレトロな雰囲気のそれを選ぶ時に彼が一生懸命に悩んでくれたんだろうなと思うと、それだけで胸が温かくなった。
「……ありがとうね。本当にありがとう。すごく、嬉しいよ」
『……喜んでもらえてよかった。ああ、それと……メリークリスマス、澪。まだ、言ってなかったよね?』
「ふふっ、そうだった! じゃあ、あたしからも……メリークリスマス! って、これ挨拶みたいな感じでいいのかな?」
そう言った後で二人して笑い合って、目の前にある時計を見て、時間を確認してみれば、もう二十五日は終わりを迎えようとしていた。
この奇跡は、クリスマス限定のものであるとわかっている澪が寂し気に笑みを浮かべれば、まるでそれを見透かしているかのように彼がこう告げる。
『……そろそろ、切らないと。もうクリスマスも終わる。サンタクロースからのプレゼントも時間切れだ』
「サンタクロースはクリスマスイブの夜に来るから、もうとっくに時間切れなんですけどねぇ? その辺のリサーチ、甘いんじゃないですか~?」
『ははっ、確かにそうだ。僕はいつだって、大切なところで失敗しちゃうな……』
自嘲気味に笑う彼の声を聞きながら、澪は時計の針を見つめた。
もう日付が変わるまで三十秒もない。彼と過ごすクリスマスが、終わりの時を迎えようとしている。
いつも通り……澪は、彼に大好きと伝えて終わりにするつもりだった。
口を開き、おどけているようでいて本音以外の何物でもない、何度も繰り返した告白の言葉を口にしようとした彼女であったが、それよりも早くに電話の相手が彼女へと言う。
『澪、もう少しだけ待っていてほしい。あと少しで全てが終わる。そうしたら、必ず君に会いに行くよ。君と交わした約束を果たしにいく……絶対にだ』
「……うん、わかった。じゃあ、待ってるね。あなたが会いに来てくれるのを、待ってるから」
最後に会った時の会話と、そう変わらないやり取り。
だが、再会の日が近付きつつあることが感じ取れる彼の言葉に、澪は笑みを浮かべながら頷いてみせる。
もう、残り時間は十秒もない。ここから自分が話を振ることはできない。
だから……澪は瞳を閉じ最後まで彼の声を聞くために耳を傾けた。
『……澪』
「ん、なぁに?」
五、四、三、二、一……タイムリミットが迫る。
それでも焦らず、言葉を促しもせず、ただただ彼の言葉を待ち続けた澪が最後に聞いたのは、あの日と全く同じ、別れの言葉だった。
『……またね』
それを最後に、プツンと通話が切れる。
プー、プーという音を耳にしながら、暫しそのまま黙っていた澪は、大きなため息を吐くと共に天井を見上げながら口を開いた。
「そこは愛してるくらいは言ってよ、ば~か。あほ、どじ、へたれ。ここまでやってるのに手を出さない、童貞丸出し男め」
そう言いながら笑みを浮かべた彼女は、その後に小さく「でも大好き」と本音をこぼす。
胸に満ちる温かさが孤独を掻き消してくれることを感じながら、澪はゆっくりと立ち上がった。
「ケーキ、食べよ~っと! 生クリームとイチゴのコンビは鉄板かつ黄金のコンビだよね~!」
もう酒を飲む必要はない。それに頼る必要もない。
ただ一つの心配は、口の中を満たすこの甘さにケーキの甘さが勝ってくれるかどうかだなと思いながら、須藤澪は十二月二十六日を新品の腕時計と共に晴れやかな気分で迎えるのであった。
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