ひとりぼっちのよる
「さっむ……クリスマスの夜にひとりぼっちっていうのは、身も心も凍えちゃいますな~」
十二月二十五日、その日付が変わって二十六日になりそうな時間帯、そこそこ人の姿がある道を小走りで駆ける少女が一人。
いや、外見は少女でも彼女は立派な大人の女性ではあるのだが、一種の表現として許してほしい。
(……ホント、寒いな。ひとりぼっちってさ……)
トットッと足音を響かせながら、楽しそうに笑う人々の顔を見ながら……須藤澪は心の中でそう思った。
普段はおちゃらけたことを言う口を真一文字に結んだ彼女は、そのまま無言で自宅への道を走っていく。
ほんの数時間前まで、澪は他事務所や個人勢のVtuberたちが入り混じったクリスマスパーティー配信に左右田紗理奈として参加し、楽しい時間を過ごしていた。
だがまあ、そうは言っても配信に参加したのは自室からであり、二期生のようにオフで集まってわいわい騒いでいたわけではなかったわけだ。
その配信が終わって、友人たちとの通話を切って……部屋の中でひとりぼっちになった澪は、不意に訪れた寂しさに胸が締め付けられるような苦しみを覚えた。
その寂しさを紛らわすための酒を買いに近くのスーパーまで行って、お目当てのものを購入した彼女は今現在、帰宅している真っ最中だ。
ついでというわけではないが、売れ残ったクリスマスケーキも割り引かれていたので買ってしまった。
ちょっといい感じのスパークリングワインも買ったし、ソロぼっちクリパのごちそうとしてはかなり豪華なのではないだろうか?
「ま、寂しいって部分は何も変わらないんだけどね~」
口から白い息を吐きながら、普段通りの軽口を叩きながら……本音を滲ませた呟きをもらす澪。
周りが賑やかな分、自分だけがひとりぼっちであることが余計に実感できてしまって、ほんのちょっぴり……いや、結構つらかったりした。
(少し前までは、こういう時は優人と話をしてたんだけどな……)
去年のクリスマスもこうして家でひとりぼっちだったが、寂しいと思ったことはなかったと思う。
電話一本でからかい甲斐のある、大切な人と話をすることができたから。
夢中になって話している内に酒の酔いが回って、眠気が込み上げてきて……いつの間にか、朝が訪れていた。
クリスマスだけじゃなく、それ以外のイベントも単純に暇な時にも、直接は会えずともああやって優人と話をして過ごしてきたんだなと、改めて思った澪はその場で立ち止まると誰にも聞こえないような声で本音をこぼす。
「……会いたいよ、優人。ううん、会えなくてもいい。少しだけでいいから、だから――」
ほんの一分、いや、三十秒で構わない。会えなくてもいいから、声を聞いて、話がしたい。
クリスマスの夜に感傷に浸っているだけだというのはわかっている。だけれども、今日くらいはサンタクロースに願いを叶えてほしいと思うくらいは許されるはずだ。
つんと、鼻に痺れと寒さが混ざったような感覚が走る。
瞳に涙が浮かんでいるのはその妙な感覚のせいだと、そう自分に言い聞かせた澪が再び歩き出そうとした、その時だった――
「っっ……!?」
俯きがちだった視界に映った、すれ違う人の姿。
その中に、見覚えのある男性がいたような気がした彼女がはっとして顔を上げ、背後を振り向く。
自分よりも随分と大きなその後ろ姿。ややくすんだブラウンカラーの、ふわっとした髪。
もしかしてと澪が思った時には、もう彼女は心の中に浮かんだその名前を目の前の男性へと投げかけていた。
「ゆ、ゆーくっ――!!」
ほんの少しだけ、期待してしまった。少なからず、心を弾ませてしまった。
もしかしたら……何かクリスマスの夜に奇跡が起きて、ここで彼と再会できたんじゃないかと、そんな乙女チックな展開を想像してしまった。
……わかっている。そんな漫画のような話が現実にあるはずがないということくらい。
その証拠に、振り返ったその男性の顔は、澪が望んでいた人物とは全く違う、明らかに別人のそれだった。
「え? もしかして、俺のこと呼んだ?」
「あ……」
澪に声をかけられたことで随分と嬉しそうな笑みを浮かべるその男性の周りには、数名の仲間たちがいた。
現実を思い知り、自分が変な勘違いをしていたことを悟った澪へと、彼は笑いながら話しかけてくる。
「君、もしかして俺のこと逆ナンしてる? クリスマスを一人で過ごすのが嫌なら、俺と一緒に――」
「ごめんなさい人違いでしたさよなら~!」
誘いをかけてくる男性に背を向けて、一目散に走り去る澪。
妙な勘違いをされたことも、したことも恥ずかしかったが、それ以上に今の自分の顔を誰にも見られたくない彼女は、再び俯きがちになりながら人で賑わうクリスマスの街を歯を食いしばって駆け抜けていく。
(……馬鹿じゃん、あたし。何を期待してたんだか。そんなこと、あるわけないよ。あるわけないって……!)
わかっている。理解している。承知している。現実はそんなに甘くないし、夢のようなシチュエーションは滅多に起こらないからこそ夢があるのだということくらい。
それなのに、どうして自分はあんな期待をしてしまったのだろう? そこまで人の温もりに飢えていたのだろうか?
惨めだった。寂しかった。つらかった。
馬鹿みたいだという思いが心に溢れ、ギリギリのところで堪えていた涙がぽろぽろと瞳からこぼれ落ちていく。
奇跡なんて起きるはずがない。サンタクロースを信じるのは子供だけで十分だ。
そんな純粋な人間でもないだろうと、色んな意味合いを含む自嘲的な感想を抱いた澪は自宅に帰ると、買ってきたケーキや酒を乱暴にテーブルの上に置いて自室へと引っ込む。
そうした後、椅子に膝を抱えて座り、膝に顔を押し当てて……彼女は静かに泣き続けた。
(ああ、ああ、ああ……もう本当に、最悪……っ!!)
家から出るんじゃなかった。ひとりぼっちだと自覚するような真似をするんじゃなかった。
今、この世界で孤独に苛まれているのは自分だけなんじゃないかと思うくらいに寂しさを味わっている澪は、友人たちが楽しそうにクリスマスを過ごしている姿を想像してぎゅっと拳を握り締める。
どうせなら、二期生のクリスマスパーティーに参加させてもらった方が良かったかもしれない。
そうしていたら、きっと今ごろ二次会の真っ只中で……寂しさなんて感じるはずもなかったのだから。
そんな後悔を抱えながら、澪が一層孤独感を深めていた――そんな時だった。
――pipipipipi……
不意に鳴り響いた着信音に顔を上げた澪が、上着のポケットの中に入れておいたスマートフォンを取り出す。
こんな時間に誰が電話をと思いながら、悪いが今はそっとしておいてほしいし、無視してしまおうかと思いながら……画面を見て、そこに表示されている名前を見た彼女は、一瞬自分の目を疑った。
また勘違いかと、弱った自分の心が幻覚でも見ているのかと……瞳を閉じ、首を何度も振ってしっかりしろと言い聞かせる。
そうした後で顔を上げ、再びスマホの画面を見た澪は、それでもそこに表示されている名前が変わっていないことに泣いているんだか笑っているんだかわからない表情を浮かべると、震える指で通話ボタンを押した。
「……はい、もしもし?」
静かに、淡々とした……されど心の震えを隠しきれていない声を電話の向こうの相手へと聞かせる澪。
ややあって、僅かな呼吸の音が聞こえた後、今、彼女が誰よりも聞きたかった人物の声が、その耳に響いた。
『……久しぶり。今、少し話せるかな?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます