年末年始の裏側のお話
中間管理職小泉李衣菜のお話
「……納得がいかないんですが? どうして私がこんな目に?」
「私はこれ以上なく妥当な判断だと思うけど? 何? あなたは自分の異常性に気付いてないわけ?」
正座をしながらもこちらを真っ直ぐに見つめ、冷静な声で抗議をしてくる祈里へとうんざりとした様子で反応した李衣菜は、この時点で既に多分……いや絶対、自分の話とか常識は彼女には通用しないんだろうなという確信を抱いていた。
その証拠に、実に澄んだ瞳をしている祈里は、彼女の言葉に対してこんな答えを返してみせる。
「どこをどう考えても責められる謂れが見つからない……私はただ、好きな方を全力で応援しているだけなのに、どうしてこんなふうに注意されているんでしょうか……?」
「度が過ぎてるのよ、あんたは!! あんた、昨日の誕生日配信で自分がいくら投げ銭したかわかってんの!?」
「李衣菜さん、お金は使うためにあるんですよ? パーッと使う時にいちいちいくら使ったかなんてみみっちいこと考えないでしょう?」
「馬鹿か、あんたは!? それで破産したらどうするつもりなのよ!?」
「大丈夫ですよ。なんだかんだでちゃんと計算はしてますから」
しっかりしているようでそうでもないような気もするが、やっぱりなんだかんだでちゃっかりしている祈里の答えにため息を吐く李衣菜。
あまりにもあれな投げ銭っぷりを反省させているはずなのに、どうしてここまで堪えてないんだとうんざりしながら、彼女は祈里へとこう質問する。
「……あんた、あのスパチャ代金はどこから出してるのよ? 昨日だけで十万はぶん投げたでしょうけど、まさか食費とかその辺を削ってるんじゃないでしょうね!?」
「安心してください。そこまではしていませんよ。アイドルを続けるのは私の夢であり、李衣菜さんたちと一緒に叶えたい目標でもあります。そこをおろそかにしては、沙織さんにも顔向けできませんしね」
「……そう。そうよね。安心したわ」
「そもそもプロポーションや美容に気を遣わなかった結果、お仕事がなくなったら推しを金で殴れませんから。推し事のためにお仕事に気を遣う、これが一番大事」
「それが本音か!? あんたは本当にもう、もう……っ!!」
しっかりアイドルとしての活動に向き合ってはいるのだろうが、推しへの愛がヤバいくらいに膨れ上がっている限界勢である祈里の思考は自分には理解できなさそうだ。
もう無理……と半泣きになる李衣菜に対して、祈里はスパチャの金がどこから出ているかを語っていく。
「李衣菜さん、私は芸能活動の傍ら、事務所から許可をもらって配信もしてますよね? 『いのりちゃんねる(公式)』の名前の通り、あちらで色々とやらせてもらってるわけですが……そこの収益を丸々阿久津さんたちにぶっこんでるだけなので、安心してください」
「……その発言、大丈夫なの? うっかり配信で言ったりしたら、俺たちの金を男に貢ぎやがって! とかファンに言われるんじゃない?」
「大丈夫です。むしろ【くるるんへのスパチャ代】ってコメントと一緒にスパチャが飛んでくるんで。あと、既に一回炎上してます……私じゃなくて阿久津さんの方が、ですが」
「どうしてそうなるのよ……? わけわかんないんだけど……」
ネットのノリって本当に恐ろしいなと思いつつ、いつの間にかユニットのメンバーが零に迷惑をかけていたことを知った李衣菜ががっくりと肩を落とす。
自分も沙織のように彼に「なんでも言うことを聞いてあげる権利」でもあげないと責任を取れないかもしれないと思いつつ、それが間違いなく新たな炎上の火種になることを理解している彼女は、気を取り直すと結論だけを祈里へと突き付けた。
「とにかく! あんたは一旦、スパチャ禁止!! 暴走系のヤベーアイドルとして知名度が爆上がりしてるけど、それでもやり過ぎだっての!!」
「お断りします。私は数か月前から十二月にスパチャするためのお金を溜め、綿密な計算をしてきました。蛇道枢の誕生日配信はまだ序の口。二期生のオフコラボクリスマスパーティー配信にビッグ3の3Dライブ配信、年越しの配信だってあるんですよ? 年が明けたらお年玉も投げなきゃいけないし……その権利を侵害するだなんて、とんでもない!」
「とんでもないのはあんたの思考だ! 言っておくけどね、これは私だけじゃなくて事務所側がそう言ってんの!! 私たちに負い目があるワンダーが口出しするレベルだってことに気が付きなさい!!」
「むぅ……」
珍しく不満を露わにした祈里から恨みがましい視線を向けられて少し怯む李衣菜であったが、それでもここは譲れないとばかりに彼女を睨み返す。
暫しそうやって視線をぶつからせ、火花を散らし続ける二人であったが……はあ、と諦めたようにため息を吐いた祈里が口を開き、こう述べる。
「わかりました。ここは私が折れますよ。暫くはスパチャを控えます……これでいいんですね?」
「わかってくれて嬉しいわ。これからは常識の範囲内で阿久津くんや沙織を応援しなさい……わかったわね?」
ようやく自分の熱意が伝わってくれたかと、というより常識人としての道に一歩踏み出してくれたかと、祈里の回答に涙を流さんばかりの勢いで感動する李衣菜。
これで多少は彼女もまともになってくれるだろうと、リーダーである李衣菜はそう信じていたのだが……?
「こうなったら仕方がありません、最終手段を使います。これからは定期的に【CRE8】さんに足を運んで、手渡しで現金を渡してくることにしましょう」
「……はい?」
声のトーンを全く変えず、意味不明なことを言い始めた祈里へと李衣菜が視線を向ければ、彼女は実に綺麗で澄んだ真っ直ぐな瞳をこちらに向けながら、堂々と馬鹿げた意見を口にしてみせる。
「これからは直接投げ銭します。これなら配信でスパチャしなくて大丈夫ですし、配信プラットフォームに中抜きされない分、阿久津さんたちの手元により多くのお金が入りますから、むしろありがたいですね。スパチャは控える、推し事は継続する……どっちもやらなくちゃいけないのが限界アイドルのつらいところですが、これなら何も問題はありません。というわけで、早速銀行でお金を下ろしてきます」
「……もうヤダ。こいつヤダ。どうやって手綱を握ればいいのよ、沙織……!?」
ヤベー奴は、こちらの予想をいとも容易く粉砕してよりヤバい道へと突き進んでいくからヤベー奴なのだと、祈里の答えを聞いた李衣菜が心の底から理解すると共に親友へと助けを求める。
結局、どう足掻いても祈里の暴走を止められないと判断した彼女は説得を諦め、どうしても止めさせたいなら事務所側から話してくださいとだけマネージャーに告げ、精神の安定を求めて沙織へとこのことを愚痴るのであった。
「私は中間管理職じゃないっつーの! 沙織! あんたもそう思うでしょ!? っていうか祈里をどうやったら止められるのよ!? 誰か教えなさいよ! ねえ? ねえっ!?」
(その日の晩に沙織と通話した際の李衣菜の魂の叫びである)
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