・入江有栖の場合

「いやだから、あれは本当に貰い事故みたいなものだったんだって。俺だって迷惑してたんだよ」


「ふ~ん……とかなんとか言ってるけど、本当はどうだったんだろうね? 少なくとも喜屋武さんだったら嬉しかったんじゃないの?」


「相手とかは関係ないし、ただ困るだけだってば。わかってくれるでしょ!?」


 休憩スペースでのいざこざから数時間後、零は必死に有栖に弁明をしている真っ最中だ。

 なんとか誤解を解いて、自宅で料理を振る舞うことを約束し、ちょっと奮発した食材を使って彼女の好物であるカレーを作って……と、ここまでやってどうにかまともに会話してくれるようになった有栖は、スプーンを動かして料理をパクつきながらもジト目でこちらを睨んでいる。


 別に悪いことはしてないはずなんだけどな……と、女難の災いが降りかかりまくっていることの悲しみと事態をややこしくしてくれた流子への怒りを募らせる零は、梨子の家で見たあの占い雑誌のことを思い出しながら心の中で悪態をつく。


(物理的にって書いてあったけど、この状況は完全に精神的な意味で尻に敷かれてるじゃねえか! そもそもあんなわけのわからない占いなんて書くんじゃねえよ!)


 優人があの占いを見ていたのなら、さぞや喜んだことだろう。自慢の彼女が自分を尻に敷いてくれるのだから。

 とかなんとか言ったら各方面に喧嘩を売る気しかしないので黙ってはいるが、間違いなく自分よりもこの状況に相応しい人間がいるだろうと考える零へと、カレーを食べ終わった有栖が言う。


「……ごちそうさまでした。美味しかったよ、零くん」


「あ、お、お粗末さまで……美味しく食べてもらえたのなら何よりです、はい……」


 満足気な表情の有栖を見るに、怒り度はそこそこ薄れてきているようだ。

 だがしかし、まだ完全に許してくれているわけではないことを察した零は、どうしてこんなことをしているんだろうと思いながら更にご機嫌取りを続けていく。


「あ~……そうだ! デザートにプリンを作ってあるんだよ! 他にもいっぱいお菓子があるし、良ければ映画でも見ながら食べない?」


「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 女の子ならば誰だって大好きなスイーツ。それを使ったご機嫌取りが上手くいっている手応えを感じた零が有栖に見えない位置でぐっとガッツポーズを取る。

 こんな時のために用意しておいたアニメ映画『劇場版ドニャーもん・ゆる太の大海賊航海記』のディスクをプレイヤーにセットして再生した彼は、そこからテキパキと鑑賞の支度を整えていった。


「はい、座椅子。これに座って待っててね~」


「………」


 白くてふわふわしている、背もたれ付きの座椅子。(これも有栖のために買ってあった物だ)

 それを差し出してからキッチンへ移動し、冷蔵庫の中のプリンとスプーンとスナック菓子数種類を抱えて戻ってきた零は、それらを有栖へと差し出そうとしたのだが――?


「あ、有栖さん? あの、なんで座っていらっしゃらないんでしょうか……?」


「………」


 もてなす相手である有栖が、無言でこちらを見つめながら仁王立ちしている姿を見て、妙な寒気を感じる零。

 映画を観ることに関しては同意してくれたのに、どうしてこうもプレッシャーと不機嫌オーラを放っているのだろうかと考える彼に対して、有栖は視線をちらりと白い座椅子へと向けると小さく唸る。


「んっ……!!」


「えぇ……? ああ、えぇ……?」


 なんとなく、彼女の言いたいことはわかった。

 一瞬気後れした零であったが、頬を膨らませて「私は怒っています」アピールをする有栖の姿を目の当たりにした彼は、ため息を吐いた後で渋々といった様子で彼女の無言の要求に応えるべく行動を開始する。


「はい、これでいい?」


「ん……!」


 有栖の代わりに座椅子へと座り、胡坐を組んだ零がそう問いかければ、彼女は短く満足そうに唸ってからその脚の上に小さなお尻を落とした。

 彼の体を背もたれ代わりに使う有栖は、すっぽりと抱き締められるような形になってから、打って変わって口数を多くする。


「そっちのポテチ、開けてもらっていい? あと、飲み物って何かあるかな?」


「あ~、えっと……一応、ジュースとグラスは用意しておいたけど……」


「じゃあ、私が注ぐね! 炭酸系だとげっぷ出ちゃうから、そういうのを気にしなくて済む飲み物で良かった!」


 ふんふんと鼻歌を響かせながら二つのグラスに飲み物を注ぐ有栖は、ぐりぐりと零の下腹部に自身の小さなお尻を押し付けている。

 天と同じく小柄だが、決して肉付きが薄いわけではない有栖の尻の感触をもろに感じている零は、心の中で緊張を感じながら思った。


(もしかしてなんだけど……俺、マーキングされてる?)


 匂い付け……というわけではないのだろが、なんだか所有者としての証を刻まれているような気がしてならない。

 ぷにっ、もにっ、といった感じの程良い柔らかさと桃のような形の良さがわかる押し付けを受けながら、零は続けてこう思う。


(やっぱ精神的な意味で尻に敷かれてるよな、これ。あの占い、信用できるんだかできねえんだかわっかんねえなあ……)


 緩く有栖の腰に手を回し、シートベルトを着用するかのように抱き締めれば、彼女は袋から摘まんだポテチを振り向かないまま零の口へと運んでくれた。

 こんなことで機嫌が直るのならありがたいのだが、あと二時間ほどの鑑賞時間をこのまま過ごさなければならないと考えると、そこそこキツいものがある。


(絶対に加峰さんには部屋の掃除をしてもらうようにしよう。もう二度と、こんな目に遭って堪るか……!!)


 そもそも義母が部屋を汚くしていなければこうはならなかったと、騒動の元凶を思い返した零は梨子をもう二度と甘やかさないことを固く誓うと共に、アニメ映画へと意識を没頭させていく。

 ただ、やはり腰に当たる柔らかい感触を拭い去ることはできなくて、諸々我慢するために結構気苦労したそうな。

 ……なお、上映後に有栖の機嫌はほぼ回復したらしく、その点に関しては彼も喜んだようである。




※入江有栖の特徴


小さいけど平べったくはない。小っちゃい桃のような感じ。

形も結構いいらしい。(沙織、澪の談)

ぷりっとしてるかわいいお尻。結構零を(物理的に)敷いてる。


天は泣いていい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る