・秤屋天の場合

「ちょっと、零! あんた、そこに座って!」


「は? いや、なんでそんなことを? あの、秤屋さん?」


 背後から零の背中を押し、つい先ほどまで彼が座って……もとい、寝転がっていたソファーへと追いやる天。

 強引に零をそこに座らせた彼女は、素早い動きでその膝に腰を下ろすと共に防御態勢を取る。


「よっし! これでなんとかなる!!」


「いやいやいや! 何が!? なんでこの状況!? 何がなんとかなる、ですか!?」


 膝の上に小さく平べったいお尻を乗せた天の言葉に当然のツッコミを入れる零であったが、彼女の方は聞く耳を持たないようだ。

 全く退く気配がない彼女は、そのまま困惑する零へとこの行動の真意を語る。


「これならヴァル子先輩の魔の手から私のケツが守られるだろ!? あんたも股間に顔を埋められずに済むんだから、良しとしなさいよ!」


「普通に座ればいいじゃないっすか! なんで俺の膝の上に乗る必要が!?」


「だって、普通に座っただけだと持ち上げられたら終わりじゃない! だからほら! あんた、私のことを抱き締めて抱え上げられないようにしなさい! そうすればヴァル子先輩もお手上げでしょ!?」


「抱き締めるって……なんつー無茶振りしてくれるんですか!?」


 自分にチャイルドシートの役目を果たさせようとする天の発言に顔を真っ赤にして抗議する零。

 しかし、天の方は大真面目なようで、必死さをにじませた表情を浮かべながら彼女は言う。


「私だって恥ずかしいわよ! でも、このままヴァル子先輩にケツ揉まれる方がヤバいことになるからこうしてるの! あんたも協力しなさいって!」


「あんた一人が犠牲になってくださいよ! 俺まで巻き込まないでくださいって!!」


「うっせぇ! こうなったらもう自棄だ、自棄! こっちも尊厳がかかってるんだから、ガチでいくわよ!!」


 わーぎゃーと騒ぎ、喧嘩する零と天。

 流子の方はそんな二人の様子を窺いながら、苦々し気な表情を浮かべている。


「ちいっ……! 小癪な真似を……! 阿久津零、やはり私の野望を邪魔するのはお前だったか!」


「邪魔するつもりなんてないっすよ! ってか、意味不明な八つ当たりをするのは止めてもらっていいですか!?」


「私が揉みたいロリケツを膝に乗っけておいて何を言いやがる! 肉付きの薄い合法ロリのちっこいお尻の感触は素晴らしかろう!? 私にも味わわせんかい!!」


 普段通りに意味不明のことを言いながら自分へと食ってかかる流子の態度に、盛大なため息を吐いた零が口の端をひくつかせる。

 なんだか今日は本当に女性の尻に敷かれることが多い日だな……と思いながら、彼は膝の上に乗る天の尻の感触へとほんの少しだけ意識を向けた。


 ぶっちゃけ、そんなにありがたみはないというか……これまで敷かれてきた二人のお尻よりかはずっと軽いせいでそこまではっきりと尻の感触がどう、というふうに語ることはできない。

 平べったいというか、薄いというか、小さいというか、胸と同じでそこまで柔らかさが感じられないというのが正直な感想だ。


 自分の膝に女性が腰を下ろしているという状況には多少の緊張を覚えるが、沙織の後だと尻がどうこうという気持ちにはならない。

 順番が悪かったかな……と、天に対して失礼な感想を抱きながら、彼女のためにそれを黙っておくことにした零が引き攣った笑みを浮かべていると――


「……何か、楽しそうなことをしてますね」


 ――不意に、空気が冷たく、そして重くなった。

 その事態を引き起こした声が響いた方向へと顔を向けた一同……特に零は、小さな悲鳴を上げると共に恐怖に顔を染める。


 休憩スペースの入り口付近に立ち、笑顔でこちらを見つめる少女……入江有栖は、顔こそ笑っているが背後からは怒りのオーラが噴き出ている。

 自分の方をじっと見つめている彼女の視線に気が付いた零が状況を説明しようとする中、いち早く動いた流子が本当に余計な真似としか言いようがない行動を取ってみせた。


「あ~りすちゃ~ん! 聞いて聞いて! 零の奴、あんなふうに天を膝に乗せて抱っこしようとしてるんだよ~! 天も私を抱け! とか言ってノリノリだったし、あれは完全に浮気だよね~!?」


「ちょっ!? ヴァル子先輩!? 何を言って――」


「へぇ~……そうなんだ? 零くんも秤屋さんも、楽しそうだと思ったらそんなことしてたんだ……!」


「あっ、ちがっ! 違うよ? 全部勘違い、勘違いだって! だから黒羊さんの登場はやめてください! お願いします!!」


 全く目が笑っていない笑みをこちらへと向けながら言葉を発する有栖の姿に、零と天が恐れ戦く。

 あの沙織ですら微動だにせず状況を見守る中、一切の怯えを感じていない流子が周囲にハートマークを散らしながら有栖へと口説き文句を口にしていった。


「ねえ、有栖ちゃん……! あんな浮気男なんて放っておいて、私と一緒に遊ぼうよ。大丈夫、女の子への苦手意識なんて一瞬で吹き飛ばしてあげるからさ……とりあえずそのかわいい小尻を思いっきり揉ませておぎゃんっ!?」


 言葉の途中で我慢しきれずに有栖へと飛び掛かった流子であったが、右手をチョキの形にした彼女にピンポイントで目潰しを食らって撃沈してしまった。

 完全に余計なことをして事態をややこしくしてくれた流子であったが、暴走状態の彼女を一瞬で鎮圧した黒羊さんの恐ろしさに息を飲む一同に対して、笑顔の有栖が言う。


「いつまでそうしてるつもりなんですか? イチャつくのもいいですけど、ここは事務所ですよ?」


「はいっ、すいませんでしたっ!!」


 有栖からの指摘を受けた天がビシイッ! と音がせんばかりの勢いで立ち上がると共に背筋を伸ばし、敬礼の姿勢を取る。

 その間に倒れ伏した流子を引っ張った沙織は、我先にと混沌を極める現場から逃走し始めた。


「あ~、流子先輩は私が引き取るから! じゃあ、あとはごゆっくり!!」


「待って、沙織! 私も行くから! 置いていかないで!!」


「ちょっと! ズルいぞ、あんたら! 俺は完全に巻き込まれ損であって、何も悪くない――」


 ずりずりと流子を引き摺りながら逃げる沙織と、その後を追って駆けだす天。

 自分を放置して逃亡した二人へと叫びながら、自分もまた逃げ出そうとした零であったが……その腕を、いつの間にか距離を詰めていた有栖が掴む。


「……零くん? ちょっとお話があるんだけど、時間もらえるかな? 言っておくけど、拒否権はないよ?」


「は、はひ……」


 今日は厄日だ、間違いない。

 完全に怒っていることがわかる有栖の笑みを見つめながら、零はそう思った。




※秤屋天の特徴


小さい、平べったい、薄い。俗にいうピーマン尻。

普段から座りっぱなしなせいか硬い。

形は悪くないような気もするが、良くもない。

思いっきり乗られるとぶっちゃけ痛い。


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