・ヴァル子先輩がログインしました

「誰かーっ!! たーすーけーてーっ!!」


「あぁん? なんだぁ……?」


 静かな事務所に響く絶叫にも近しい悲鳴。

 おおよそ多くの社会人が仕事場として働く場所に相応しくないその声を聞いた零が顔を顰める中、休憩スペースへと小柄な女性が飛び込んでくる。


 息を切らせ、背後から迫る何かに怯えるような表情を浮かべていた彼女は零の姿を見かけると、藁にも縋らんばかりの勢いで彼へと助けを求めてきた。


「れ、零っ! ヘルプ!! 助けて!」


「はぁ? 何言ってるんですか? そもそも助けてって、何から――」


「まぁて~っ! 大人しく私に揉ませろ~っ!!」


「ひいっ! き、来たっ!!」


 こちらへと近付いてくるおどろおどろしい声にびくんと飛び上がった天が零の背後に隠れるようにして彼に縋りつく。

 いったい何が起きているんだと困惑する彼の前で、近年増えてきた走る系のゾンビを思わせる不可思議な動きを見せながらまた別の女性が休憩スペースへと飛び込んできた。


「ひっひっひ……! もう逃げられないよ~! 観念して私に尻を揉ませな~……!」


「ひっ、ひいいいっ! あ、悪霊退散! 悪鬼散滅!!」


「はぁ~……ヴァル子先輩かあ。そういうことね」


 手をわきわきと開け閉めしながら、じりじりと天との距離を詰めてくるヴァル子こと馬場流子。

 完全なるセクハラおやじモードへと突入した彼女の姿を目にした零は、全てを理解すると共に大きく深いため息を吐く。


「ヴァル子先輩、止めてあげてもらっていいっすか? 秤屋さん、完全に怯えてるんで……」


「嫌だね! 今日はロリっ子のケツを揉みしだきたくてうずうずしてるんだ! どうしてもっていうんなら、お前の嫁のケツを差し出しな!!」


「あ~、これ無理だわ。すいません、秤屋さん。観念して揉まれてきてください」


「てめぇ、零! 他人事だと思って!! どうにかして助けろよ! 私を見捨てんなよ!!」


 セクハラのターゲットになった天が半ギレ状態で零へと食って掛かる。

 そんな中、別のアプローチで彼女へと助け船を出そうとした沙織が、流子へとこんな話を持ち掛けた。


「流子先輩、天ちゃんは見逃してあげてほしいさ~。代わりに私のお尻だったら好きに揉んでいいですよ~」


「安心しな! 天のケツを揉んだら次はお前の番だ! たらばのスケベな桃尻は私が食い荒らしてやらあ! ゲヘヘヘヘヘヘヘヘッ!!」


「ねえ、あの人って本当にウチのNo.3なの!? あれが筆頭レベルの事務所って大丈夫なわけ!?」


「大丈夫なんじゃないっすか? 俺ら、無事に活動できてますし」


 強欲であり色欲に塗れた思考をしている流子の到底人間とは思えない邪悪な笑い声を耳にした天が怯える中、既に慣れた零は薄めなリアクションを見せている。

 加峰梨子こと柳生しゃぼんは怠惰の悪魔だが、流子の場合は一人で七つの大罪の半分くらいは満たしてくれそうだ。

 

 それはさておきこの状況をどうしたものかと迷う彼を挟んで、天と流子がじりじりとその距離を詰めていった。


「さあ、揉むぞ~! いっぱい揉むぞ~! ちょっと肉付きが薄いのが残念だけど、そこがええんや! グヒヒヒヒヒヒヒ……!!」


「肉が薄いのが嫌なら澪ちゃん先輩のお尻でも揉んでくださいよ! 私のはほら! 胸と同じぺったんこ尻ですから!!」


「私だってできたらそうしてるわ! 澪の奴、昔はあんなに気軽にセクハラさせてくれてたのに、最近は拒否されっぱなしで……! 強引にいくとあいつがすげー怖い目で見てくるし、何だったら手まで出てくるんだから仕方ないだろ!?」


「あ、暴力には屈するんですね、意外。凹られても尻は揉む! くらいのことは言うと思ってました」


「お前なら澪が絡んだ時のの恐ろしさがわかるだろ、零!? ワンタッチごとに手の指を順番に折りますよって笑顔で言われたんやぞ!? あれは笑ってたけど目がガチだったわ! 小指から一本ずつじっくりとへし折って私が悲鳴を上げるのを楽しむタイプのサイコパスだね、あいつは!!」


「いや、ヴァル子先輩にそこまで言われるのも心外だと思いますよ。少なくともヤバさにかけては先輩の方が圧倒的に上じゃないですか?」


 強いようで弱い流子の言葉に呆れた様子で苦笑する零。

 ちなみにであるが、彼女が基本的に有栖をセクハラのターゲットにしないのは手を出そうとすると彼から無自覚の不機嫌&怒りオーラが出るからであり、それもまた今の話に出てきた人物並みに怖いからなのであるが、そのことは脇に置いておこう。


「だから今日はロリっ子成分を秤屋のケツで埋めるって決めてるんだよ~! もう少ししたら薫子さんと玲央の奴が来ちゃうから、その前に全てを終わらせるんだ! さあ、退きな零! さもなきゃ、私はあんたの股間に顔を埋めながら秤屋のケツをも~みもみしてやるからね!」


「怖っ、んでヤバっ。マジでぶっ飛んでますね、ヴァル子先輩」


 どこまでもぶっ飛んでいる流子の発言に既にドン引きレベルを振り切らせている零が冷静な意見を口にする。

 さて、ここはどう立ち回るのが正解なのかと、同期のことは思いながらも大絶賛暴走中の大先輩を説得する方法を見いだせないでいる彼が迷い続ける中、唐突に天が動きを見せた。

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