一年後の同じ日の話
「うっは~! 飲んだ、飲んだ~! 澪ちゃんご機嫌だにゃ~ん!」
「もう、飲み過ぎですよ。足元、おぼついてないじゃないですか」
「止める間もなくがぶがぶいってたもんね……ボクもあれは流石に飲み過ぎだと思うなあ」
「気が付いたら飲んでるタイプの人間だって聞いてはいたけど、まさかここまでとはねえ……」
翌年のある日のこと、天は【☆Minutes☆】のメンバーと食事に出掛けていた。
なんだかんだで息が長いユニットのなった四人は、コラボもしたり一緒に歌ったりとちょくちょく一緒に活動している仲間たちである。
今夜も四人揃ってご飯でも……ということで食事をしてきたわけだが、この時点で既に澪は大分ご機嫌モードに突入していた。
「にしてもさ~、どこ行っても年齢確認されるのは面倒だよね~! あたしたちは立派に成人した大人だってのにさ~!」
「仕方ないですよ。私たち、こんな見た目ですし……」
「背丈だけでしょ~!? こんな大きな胸とお尻した子供がいるかってんだ~! うお~!」
「お、落ち着いて、須藤さん。街中だから、周りに人がいるから……」
「だめだこりゃ。タクシーでも探して、乗り込むしかないか」
随分とお酒を飲んだであろう澪はふにゃふにゃしていながらも元気いっぱいという面倒な状態になっている。
酔っぱらっている彼女を連れて歩くのは困難だと判断した天は、とりあえずタクシーでも探すかと駅まで澪を連れて行こうとしたのだが、そこでスマホを確認していた有栖が待ったをかけた。
「あっ、大丈夫だと思いますよ。多分、迎えが来ると思うんで……」
「迎え? どうしてそう思うわけ?」
迎えが来ているという有栖の言葉に怪訝そうな表情を浮かべた天がその理由を尋ねてみれば、彼女は言葉を選びながらそれを説明してみせる。
「えっと、澪ちゃん先輩のことだから、今日、私たちとご飯を食べに行くって話はしてあると思うんです。あの人のことだからこうなることを予測して、迎えに来てくれるんじゃないかなって……」
「あ~、なるほど。だといいけど、いつ私たちが店を出るかなんてのは流石にわからないんじゃない?」
「そこも大丈夫だと思いますよ。ちょっと前、連絡しておいたんで」
今夜の予定を迎えに来る人間に話していたとしても、どのタイミングで自分たちが店を出るかはわからないじゃないかという天のご尤もな指摘に対して、そう答える有栖。
連絡しておいた、とは随分と手回しが早いなと彼女が考える中、背中にずしっと重い何かが圧し掛かってきた。
「んふ~! 二軒目どうする~? どこ行く~? カラオケとかどうですかにゃ~!?」
「す、須藤さん、もうべろんべろんなんだから、帰ろう? ねっ?」
「や~ら~! もっともっとにょむの~! ふにゃ~!!」
陽彩の説得にも耳を貸さず、バタバタと足をばたつかせる澪。
そんな彼女に圧し掛かられている天が背中に当たる大きくて柔らかい重量たっぷりの何かの感触にうぐぅと呻く中、人ごみから飛び出してきた男性たちが声をかけてきた。
「何々? 君、まだ飲み足りない感じ?」
「じゃあさ、俺たちと一緒に遊びに行こうよ!」
(うわ、面倒なのが来ちゃったよ……)
明らかにナンパを仕掛けてきた男たちの姿に、辟易とした表情を浮かべる天。
まあ、かわいい女の子たちが揃って騒いでいたら人目も惹いてしまうかと彼女が若干自慢気な気分を抱く中、男たちはあれやこれやの口説き文句を投げかけてくる。
「っていうか何? 君たち、本当に成人? お酒飲んでもいい歳には見えないんだけど?」
「こりゃあ、お兄さんたちがチェックしなきゃいけないな~! 特にご機嫌な君! ボディチェックもしなくちゃだね!」
「うわっ、わかりやすいセクハラじゃ~ん! 悪いけど、お兄さんたちはお呼びじゃあないかにゃ~! あたしら全員、彼氏持ちだしさ~!」
酔っぱらってはいるがまだナンパを拒む思考能力は有している澪がケタケタと笑いながら言う。
さらっと全員が彼氏持ちだという嘘をついた彼女の言葉に男たちは若干怯むも、ここまでの上玉たちを逃したくはないという気持ちが勝ったのか、しつこく食い下がってきた。
「今日だけ! ちょっとだけ遊ぼうよ! ご飯食べて、お酒飲んで、それ以上はしないからさ!」
「絶対に変なことしないって! だからお願い! ねっ!?」
こうなると面倒だぞと思いながら、ため息を吐く天。
暴力を振るったり強引に拉致したりするような男たちではなさそうだが、そう簡単には引き下がってくれなさそうな彼らをどう諦めさせるかなと考えていると――
「お待たせ、有栖さん。遅くなってごめんね」
「あっ、零くん!」
どこからかひょっこりと姿を現した零がナンパ男たちを無視して会話に割って入りながら、有栖へと声をかける。
突然の彼の登場に天たちが驚く中、女性陣に声をかけていた男たちへと振り向いた零は、苦笑を浮かべながら二人へとこんなことを言った。
「すいません、連れです。ナンパは諦めてもらってもいいですか?」
「あ~……まあ、しょうがないっすよね。彼女さんに面倒なことして、すいませんっした」
「いえ、俺はいいんですけど……そこの酔っ払いの彼氏さんが来る前でよかったですよ。本当にもう、怖い人なんで」
「げっ、マジっすか!? うわ、それはヤバかったな……すいません、怖い人が来る前に退散させていただきます。んじゃ、また縁があればどこかで!」
変に脅すこともなく、普通に友人と会話するような気さくさで話をつけた零が退散するナンパ男たちに手を振って彼らを見送る。
そうした後でこちらへと振り返った彼へと、女性陣が次々と言葉を投げかけていった。
「れ、零くん、ありがとうね。ボク、ナンパの対処とかしたことなかったし、どうしようかと……」
「気にしないで。あっちも悪い人じゃあなさそうだったし、簡単に退散してくれてよかったよ」
「誰の彼氏が怖い人だって~? 後で言いつけちゃうぞ~! む~っ!」
「須藤先輩はもう少し自重してください。別に言いつけてもいいですけど、おしおきされるのは先輩の方だと思いますよ?」
「ってか、なんであんたがここにいんのよ? 偶然通りがかったとか、そんなわけないわよね?」
「なんでって、有栖さんから連絡受けて、迎えに来ただけですけど?」
そう言いながら、ひょいっと有栖にヘルメットを放り投げる零。
それをキャッチした有栖は恥ずかしそうにはにかみながら、彼へとお礼を言う。
「あっ、わざわざありがとうね、零くん……」
「いいって。さっきみたいな人たちもいるわけだし、須藤先輩と一緒の時は声かけてもらえた方が俺たちも安心だからさ」
二人乗り用にカスタムしてある赤色のバイクに乗ってきた零がさらりとそう言いながら有栖がしっかりヘルメットを着用できているかを確認する。
そうした後で天たちの方を向いた彼は、時間を確認すると口を開いた。
「俺から連絡してあるんで、もうすぐに迎えが来ると思いますよ。さっきみたいにナンパされるのもあれでしょうから、来るまで一緒に待ちましょうか?」
「いや、いいよ。とっとと嫁をお持ち帰りしな! イチャついてるあんたたちを見てるだけでなんかこう、心臓が痛くなるんだよ!」
「べ、別にイチャついてなんかないですよぉ……」
「イチャついてるって、自覚がないのが一番問題なんだって……!」
しみじみとそう語る陽彩の言葉に、天は頷くしかなかった。
澪も爆笑しながら手を叩いており、当事者を除く全員が二人のことをイチャついてると判断しているようだ。
「……ねえ、確認なんだけどさ、二人って付き合ってないんだよね?」
「え? あ、うん、そうだけど……?」
「付き合ってないのにわざわざあんたは買ったバイクを二人乗りように改造して、ヘルメットを買いに行くという名目でデートして、二人でよく出掛けて、今もこうして嫁からの連絡を受けて迎えに来た……って、コトォ?」
「何年前のネタを使ってるんすか。別に普通でしょ、普通」
「う~ん、見てて楽しい! なんかこう、これが普通っておかしい気しかしないけど、まあいっかってなっちゃうよね!」
そうなるのはあなただけだと、天と陽彩が心の中で澪にツッコミを入れる。
彼女の場合はそうなるのも理解できるが、こちらとしては堪ったもんじゃないと思う中、道路を見つめていた有栖がとある一点を指差しながら口を開いた。
「あ、来たみたいですよ。よかった、思ったより早くて……」
「んじゃ、俺らは先に失礼します。気を付けて帰ってくださいね」
見覚えのある黒い車がこちらへと向かってくる。
迎えが来たからもう安心だと、そう判断した零は天たちに挨拶をすると、一足先に帰路に就いていった。
「しっかり掴まっててね。風が冷たいから体感温度かなり寒いかもだけど、我慢して」
「大丈夫だよ、厚着してるし……もう、慣れたから」
ぎゅううっ、と両腕を零の胴体に絡め、小さな体を彼の背に押し付けるようにして抱き着く有栖。
完全に当ててんのよ状態だよなあ……と思いつつ、あれで理性が動かないのは有栖がちっぱいだからなのか厚着のせいでわかりにくくなっているのかそれとも零も慣れてしまっているのかのどれだと思いながら、天が二人を見送る。
そうして残された三人は走り去っていく原付バイクの後ろ姿を見つめながら、思い思いの言葉を口にしていた。
「……なんで付き合ってないんだろう、あの二人……【CRE8】七不思議の一つだよ……」
「もう付き合う段階を飛び越して結婚してるって言われたら納得なんですけどね、はい」
「にゃははははっ! あり得る、あり得る! いいじゃん、もうそれでいこうよ! あはははははっ!!」
年々、甘さが増していくやり取りを見せながらもそれを平然とこなしている二人の姿を見てきた天と陽彩からすれば、零と有栖が恋愛関係に発展していないという事実がとても不思議でならない。
大爆笑している澪もその気持ちは同じらしいが、抱いている感情というか印象に関しては大分違っているようだ。
まあ、彼女に関しては仕方がないか……と、天と陽彩が諦めに近しい思いを抱く中、その澪が自分たちの近くに止まった車を指差して言う。
「さあ、お迎えが来たよ! 乗ろう、乗ろう!」
元気いっぱい、瞳キラキラな彼女も結構大概だぞと、心の底から思う天。
同期の甘ったるいやり取りを見せられた後はこっちのカップルかと、二連発で見せつけられるのとナンパを覚悟して歩いて帰宅するのどちらがマシかなと考えながら、彼女は深いため息を白いもやとして吐き出しつつ、迎えの車に乗り込むのであった。
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車の中の話はサポーター限定の方で投稿予定です!短いです!
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