宴会が終わった後の話。あるいは、月に手を伸ばす男の話

――数時間後……


「スタジオと使った器具の掃除、終わりました。急な話だったのに使用許可出してくれてありがとうございます。これ、お肉のお裾分けです」


「きゃっほ~っ! ありがとうね、零! 今夜はワインとステーキの黄金コンボを楽しめるよ!!」


「偶然手に入った肉でここまで喜んでもらえて俺も嬉しいです。宴会、普通に楽しかったですし」


「お前がそう言ってくれるならそれで何よりさ。まあ、一部羽目を外し過ぎた奴らもいるけどね……」


「大丈夫っすか、加峰さんと須藤先輩。結構べろんべろんに酔い潰れてましたけど……?」


「あ~……まあ、マネージャーとか信頼できる奴に頼んで家まで送らせたから大丈夫だと思うよ。それで、お前らはこの後どうするんだい?」


「女性陣はこのまま喜屋武さんの家でお泊り会することになったらしいっすよ。秤屋さんと陽彩さんは一旦家に帰って、荷物を取ってくるそうです。俺は流石に参加できませんけど、少し喋ったり遊んだりはするかな?」


「そうかい。まあ、そっちでもあんまり羽目を外し過ぎないように……悪い、電話だ。はい、もしもし? ……はぁっ!? 梨子がリバースした!? あの馬鹿、何やってんだ!?」


「あ、あははははは……俺、そろそろ帰りますね。その、加峰さんのマネさんにご愁傷様ですと伝えておいてください」


「ああ、わかった。……で、そっちは大丈夫なのかい? シートのクリーニングとかが必要なら、きちんと報告を――」


「はぁ~……義母さん、本当にダメ人間だよなぁ。ってか、須藤先輩の方も大丈夫なのかな? あの人も結構飲んで……うん?」


「水飲ませろ! あと、エチケット袋も多めに用意しておけ! 家まであとどのくらいだ? 必要なら応援を送るよ!」


「……マネージャーとかスタッフじゃなくって、ってどういうことだ……?」



―――――――――――――――



―――――――――――――――


 ……思っていたよりも重かったって言ったら、君は怒るだろうか。

 いや、君のことだからどうせ「おっぱいとお尻が大きいからですな!」とか言っておどけるんだろう。


 まさか、こんな形でまた顔を合わせることになるとは思ってなかった。

 再会という表現は相応しくないだろう。酔い潰れた君は夢の世界にいて、僕が傍にいることに気付いていないんだから。

 でも……別れから今日までの長いようで短い日々を思うと、どうしても心が震えてしまうんだ。


「ん、んっ……」


 君を家まで連れて行って、小さな体を抱えてベッドまで運んで、すやすやと寝息を立てる横顔を見つめていると……どうしても、君と話がしたくなってくる。

 今はまだ再会の時じゃないと、完全に眠っているのならその役目を引き受けると星野社長に言っておきながら、本心では君が目覚めてくれることを期待しているんだ。


 ……でも、だめだ。君が目を覚ます前に行かなくちゃ。


 さっきの配信でも寂しそうにしていた君のことを元気付けたい気持ちはあるけれど、どうしても今は言うことができない。

 もう少し、あと少しだけ待ってほしい。そうしたら、きっと……胸を張って、君たちの前に帰ってくるから。


 だからそれまで、再会はお預けだ。そう自分に言い聞かせながら僕が部屋の扉のノブに手をかけた時だった。


「行かないで」


 びくりと、体が震えた。

 君が目を覚ましたのかと、驚きと共に振り返った僕の目に映ったのは……悲しそうに目を閉じたままうなされている、君の横顔だった。


「行かないで、行かないでよ……! あたしを、一人にしないで……!!」


 ……誰の夢を見ているのか、これほど簡単にわかってしまう寝言はない。

 そして、わかった時に胸を抉られるような痛みを味わう寝言も、この他にないと断言できる。


 そうか、まだ……君も、引き摺っているんだね。

 僕が思っている以上に苦しんで、つらいという感情を胸の中に押し留めていたんだ。


 再び彼女の傍に歩み寄った僕は、そっとその目元に浮かぶ涙を指で拭った。

 そして、何かを求めるように開いている手を強く握りながら、静かな声で言う。


「大丈夫、僕はどこにも行かないよ。いつだって僕は、君の傍にいるから」


「……ん」


 きゅっと、小さな手が僕の手を握り返す。

 僅かに微笑みを浮かべた唇から、嬉しそうな声が漏れる。


 布団から飛び出している手をしまい直し、最後に優しく彼女の頭を撫でて、今度こそ、僕は部屋を出ていく。

 その寸前、まだ少しだけ涙の跡が残っている彼女の横顔を見つめながら……僕は独り言を彼女に向けて呟いた。


「……愛してるよ、澪。君が、世界で一番大切なんだ。あと少し、もう少しだけ待っていて。約束する、もう二度と君を泣かせたりなんてしないから」


 それだけを言い残して、僕は部屋を、家を出ていく。

 いつか、この言葉を目を覚ました彼女に言える日が来るのだろうか?

 いつかまた……ゆーくんって、僕のことを呼んでもらえる日は来るのだろうか?


「……だろうか、じゃないよな。絶対に来させるんだ。そのためにも――」


 止まるわけにはいかない。あとほんのちょっとで、約束を果たすことができる。

 その時には彼女に流させた涙の数だけ、笑顔にしてみせると誓いながら、僕はアクセルを踏み、車を走らせていった。


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