芽衣とデートに行くなら、こんな感じ

「ど、どう、かな? このお店、しずくちゃんから教えてもらったんだけど……気に入ってもらえた?」


 とある料理店に芽衣と一緒にやって来た枢は、対面に座る彼女からそう問いかけられて曖昧な笑みを浮かべる。

 雰囲気もいいし、値段もお手頃なのだが、何より大事な料理をまだ食べてないから答えるのも難しいなという彼の考えに気付いたのか、芽衣は大慌てで両手を振りながら自分の発言を謝罪し始めた。


「あっ、ごご、ごめんね! まだ何も食べてないんだから、気に入るも何もないよね? あぅぅ、落ち着きがないな、私……」


 シュンとしてしまった彼女へと、フォローの言葉を投げかける枢。

 料理の味や店がどうこうというよりも、芽衣が自分をお勧めの店に誘ってくれたことが嬉しいと伝えてみせれば、彼女は恥ずかしそうにはにかみながらこう返してきた。


「だって、いつも枢くんにはお世話になってるしさ……特にご飯は毎日のように作ってもらってるし、二人で外食した時も毎回奢ってもらってるでしょ? だから、今日くらいはそのお礼として、私が選んだお店で枢くんにご馳走したかったからさ……」


 日頃の感謝を込めての食事会であると、常々口にしている枢へのありがとうの気持ちを改めて伝えながら今日の目的を話した芽衣が薄っすらと頬を赤く染める。

 彼女の気遣いに感謝しつつ、ならば今日はその厚意に甘えてしまおうと考えた枢は、小さく頭を下げてから芽衣と一緒にメニューを見ていった。


「いっぱいメニューがあるね。定食屋さんなのか、ご飯とおかずがセットになってるのが多いや。枢くん、何食べる?」


 肉や魚、小鉢に至るまで結構豊富なメニューを誇る定食屋の料理の数々を眺めた枢は、暫し悩んだ後で芽衣と共にから揚げ定食を頼むことにした。

 ただ同じ物を食べても面白みがなさそうだということで、枢の方は辛いヤンニョムソースがかかったものを、芽衣の方はさっぱりとした味付けのおろしポン酢がかかったものを頼むことにした二人は、思ったよりも早く届いたその料理の味を楽しみ始める。


「ん、んっ……! このから揚げ、ジューシーで味がしっかりしてて美味しいね! ポン酢のさっぱり風味もすごくマッチしてるよ!」


 大きめのから揚げを大きく口を開けて頬張り、はふはふと熱さに吐息を漏らした芽衣が満面の笑みを浮かべて言う。

 枢の方もヤンニョムソースの辛さとから揚げのジューシーさに満足しながら頷いてみせれば、芽衣はあまり聞き馴染みのないそのソースの味に興味を持ったようだ。


「枢くんのそれ、美味しいの? ちょうどいい辛さなんだ? ふ~ん……」


 少しドロッとした、甘辛い味が特徴的なヤンニョムソースは、確かにあまり聞き慣れない存在だろう。

 芽衣の目が、少し味見してみたいと言っていることに気が付いた枢は小さく笑みを浮かべると、彼女とから揚げの交換を申し出た。


「あっ、枢くんもこっち食べてみたいの? じゃあ、一個ずつ交換しようか」


 大喜びで枢の提案に同意した芽衣は、実に嬉しそうだ。

 彼女の笑顔を見ながら、これが一番のごちそうかもしれないな……と思う枢は、早速小皿に自分のから揚げを乗せて、芽衣へと差し出そうとしたのだが――


「はい、枢くん。あーん」


 その眼前に、から揚げを摘まんだ箸が差し出された。

 驚いて目を丸くする枢に対して、無垢な笑みを浮かべる芽衣が再度言う。


「交換するんでしょ? これ、食べていいよ!」


 ……時折、彼女はこんなことをするよなとしみじみ思う枢。

 距離が近いというか、詰め方が下手をするとたらばよりもすごいというか、自分でも意識しない内にとんでもなく大胆なことをしでかす芽衣の行動に困惑しながらも、彼は必死に最適解を解析し始める。


 そういうのは止めた方がいいと伝えるのもいいが、なんだかこの後微妙な雰囲気になる気しかしない。

 ならばいっそ乗ってしまおうかとも考えたが、この箸は芽衣が既に使用したもので、仮に彼女が自分のしたことのマズさに気が付いた時にはもっとヤバい雰囲気になる未来が見える。


 正しい道はどれなのか? どうするのが正解なのか? 枢は脳をフル回転させてその答えを探り続ける。

 芽衣の笑顔は見ていて本当にほんわかするものであることに間違いはないのだが、時々こうして自分を追い詰める無邪気さの象徴にもなるよな……と強く実感した彼は、その後も必死にこのシチュエーションでの正しい行動を模索し、超高速で思考を働かせ続けるのであった。






「……とまあ、こんな感じで普段から相手に良く接しておけば、向こうから誘ってくれることもあるわけですね。最適なのは自然な流れで次のデートが決まることなので、あまりがっつくのは危険だと俺は思いますです、はい」


【これはアドバイスなのか……?】

【ただの夫婦のイチャイチャを聞かされただけじゃねえか!】

【お前がこの後どうしたかによって俺たちの次の行動が決まる(火炎瓶を構えながら)】


 どうにもこの先の展開が気になってしまうところで話を切った枢が適当なようで真を突いているアドバイスを送れば、リスナーたちから激しいブーイングが巻き起こる。


 こうなる気しかしなかった彼は盛大なため息をついてから、大声でリスナーたちへと叫びかけた。


「うるせ~! もう今日の配信は終わりだ、終わり! デート頑張れよ! 俺の話が参考になるかどうかはわからねえけど、ファイトな!!」


【逃げるなー! この卑怯者ーっ!! 戻ってくるめいのてぇてぇを聞かせろーっ!!】

【どこへ行くんだ、オヤジィ……!?】

【お前が逃亡した瞬間っ! 俺はお前を敵とみなすぜっ!!】


「知るか! おやすみ! いい夢見ろよ!!」


 超強引に配信を終了し、マイクを切った後、再び大きなため息を吐く枢。

 コメント欄では逃亡した彼に対する怨嗟の声が巻き上がっており、中途半端なところで話を止めるなという意見が次々と流れている。


 多分だが、明日の朝くらいにはまた自分は燃やされる羽目になるんだろうな……と考えながら椅子から立ち上がった枢は、PCの電源を落として本日のお仕事を完全に終わらせると就寝の準備に取り掛かった。


 ……さて、ここで大事なことを一つ言わなければならない。

 ここまでこのお話を読んだ皆さんも、何か違和感のようなものを覚えているのではないだろうか?


 あの枢が、決して女性経験が豊富だとは言えないあの男が、よくもまあアドバイスのために同期たちを例に出してこんな話ができたなと、彼の想像力の逞しさに驚いた方もいらっしゃるのではないだろうか。

 確かに考えてみればこれは変な話で、ぽんぽんと四つのアドバイス(中にはそう取れないものもあったが)の例え話を繰り出せた彼の想像力には、驚きの一言しか出ないはずだ。


 だがしかし、よく考えてみてほしい。

 この配信で枢は自身が語った話を例え話とは言っていたが、のである。


 まあ、要するに……そういうことだ。

 本人たちがデートと認識していないだけで、男女が二人きりで出掛けたという事実がそこにある……のかもしれない。


 真実は全て闇の中、明らかにならない方がいいこともある。

 全てが明らかになった時、間違いなく不幸になる(炎上する)人間が一人はいるのだから――


(なお、この配信の切り抜き動画を観たリアとたらばが口を滑らせた結果、枢は無事に炎上した) 



――――――――――


公約SS四本、無事に投稿が終わりました!

皆さんにお題を頂いてお話を書くという、今までやったことのない書き方は大変ではありましたが、すごく楽しく、発見も多くありました!

機会を頂けたこと、そして【Vtuberってめんどくせえ!】を購入してくださったこと、本当に感謝しています!


皆さんのご期待に応えられたかはわかりませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです!


まだまだ、【Vtuberってめんどくせえ!】の二巻出版を目指して、烏丸は足掻き続けております!

またAmazonさんの在庫がなくなったら同じような企画をやろうと思ってますので、まだ購入してない方は是非とも購入を検討してやってください!

買った人は宣伝してくれるとすごく嬉しいです!


というわけで、今回もお付き合いいただきありがとうございました!

また次回の短編でお会いしましょう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る