たらばとデートに行くなら、こんな感じ
「あ~、スッキリするね~! やっぱカラオケって楽しいさ~!!」
一曲歌い終わり、大きく伸びをしたたらばの声がマイクによって拡大されて密室に響く。
本当に楽しそうにそう言う彼女の言葉に頷きつつも、枢の表情はどこか固いままだ。
唐突にカラオケに行こうと誘われて何の気なしにOKしてみれば、来たのは自分と彼女だけという状況。
別に変なことを考えているわけではないのだが、こういったシチュエーションで落ち着けるほど場数を踏んでいるわけでもない枢は、緊張をごまかすようにドリンクバーで注いできたウーロン茶を一気飲みする。
二人だけということで時間は短めに設定してあるが、どうしてだか一時間程度の時間が途轍もなく長く感じられてしまう。
とりあえず、このまま無言では緊張してしまうだけだと、そう考えた彼はたらばの歌を褒め、彼女と会話をし始めた。
「おおっ! 枢くん、お姉さんの好感度を上げにきたね~! 褒めても何も出ないよ~!! あはは~!」
枢が同期どころか事務所内でも指折りの歌唱技術を持つたらばを素直に褒めてみせれば、彼女は嬉しそうにはにかみながらおどけてみせた。
そうした後、自分が使っていたマイクを枢へと差し出した彼女は、満面の笑みを浮かべながら彼へと言う。
「はい! 次は枢くんの番だよ~! お姉さんがいっぱい盛り上げるから、張り切っていってみよう!!」
まあ、当然そうなるよなと納得しつつ、彼女の前で歌うことにまた別の緊張を感じてしまう枢。
あれだけ上手な歌を聞いた後だと、自分の歌など子供のお遊戯くらいにしか思えなくなってしまうよな……と思いながらも、ここでたらばに歌謡ショーをさせるわけにもいかないと考えを切り替えた彼は、慣れないながらも一生懸命に歌を歌ってみせた。
「いいぞ~っ! カッコイイよ~! 芽衣ちゃんが聞いてたら胸キュン間違いなしさ~!」
先の言葉通り、たらばもそんな枢の歌を一生懸命に盛り上げてくれている。
途中、なんだかただの茶々というか、彼女の言いたいことが入っていたような気もするが、そんなことを気にする余裕もないままに一曲歌い終わった枢は、気恥ずかしさに顔を赤くしながらテーブルの上にマイクを置いた。
「お疲れさま~! 上手だったよ、枢くん!」
ニコニコと笑いながら褒めてくれるたらばの様子を見るに、彼女も自分と同様にお世辞ではなく心からそう言ってくれているのだろう。
そのことに感謝しつつお礼を述べた枢が飲み物を飲もうとして、グラスの中身をついさっき飲み干してしまったことを思い出して苦笑する中、カラオケのメニュー表を眺めていたたらばが興奮気味に彼へと声をかける。
「ねえねえ! ここ、コスプレグッズ置いてるみたいだよ~! ちょっと興味があるから、着てきてもいいかな!?」
ぐりんっ、とその言葉に反応した枢が目を見開いて見つめる中、たらばは無邪気にメニュー表に書かれているコスプレグッズ一覧を確認していた。
声に出し、何を着るかを考える彼女は、実に楽しそうに迷い続けている。
「定番のセーラー服もいいな~! バニースーツ……は、この前見せたしね~! おおっ、チャイナドレスなんてあるんだ!? これはもう、お姉さんの脚線美で枢くんを悩殺するしかないさ~!」
微妙に嬉しいようで嬉しくない、だけれどもやっぱりちょっと嬉しいことを言っているたらばを、枢は唖然としたまま見つめていた。
ようやく彼の視線に気が付いたたらばは、そんな枢へと小悪魔のように笑いながら悩ましい質問を投げかけてくる。
「ねえ、枢くんはどれが見たい? 付き合ってくれたお礼に、今日はお姉さんがサービスしちゃうよ~!」
「……とまあ、こんなふうに一切の悪気もそういった目的意識もなく、無防備なことをする人間はいます。デートの相手がそうとは限りませんが、何をされても不動の精神状態でいられるように頑張りましょう」
【う~ん、これは確かにあり得る!】
【たら姉ならやりかねないって思える時点でヤバいんだよなあ……】
【そんなシチュエーションになったら、俺はもう我慢できん! スク水でお願いします!!】
なんだか聞いていると羨ましいが、実際にそうなったら胃が甚大なダメージを負うだろうなという妄想を枢の口から聞いたリスナーたちが各々の反応を見せる。
これはアドバイスになっているのか? と疑問に思うところではあるが、まあ役に立たないということもないからよしとしよう。
「初デートの注意点はこんなところかな? どんだけ役に立ったかはわかんねえけど、頑張って決めてこいよ!」
という感じで、十分にアドバイスを送ったと判断した枢がこの話題を締めにかかる。
リスナーたちからも相談を持ち掛けた若者に対してエールが飛び交う中、その張本人からこんなスパチャが飛んできた。
【ありがとうございます! 追加で申し訳ないんですけど、二度目のデートの時ってどうすればいいんですかね?¥2000】『ガラポンさん、から』
「二度目ぇ? いやお前、まずは初デートを成功させることだけを考えろよ。二度目があるかどうかなんて、そこを成功させなきゃ続かない話なんだからさあ」
気が早いその意見にご尤もなツッコミを入れつつも、なんだかんだで親身になって考えてしまうのが蛇道枢という男の性というやつだ。
スパチャまでしてくれた彼の質問に答えないわけにはいかない彼は、暫し悩んだ後でこう話を切り出す。
「とりあえず、二度目のデートがしたいんだったら最初のデートで伏線作っとけ。映画観た後、来月公開の別の映画に相手が興味持ってたら、また一緒に行こうって誘ってみるとか、そんな感じな」
【彼女が水着買ったら今度はプールか海に誘ってみるみたいな?】
【おや、なんだろう? 最初のデートで彼女が水着を買った男を俺は知っているような気がするぞ……?】
【お前は芽衣ちゃんと二度目のデートに行ったのか? 水着姿を見たのか? そこを話せ】
「お~い~、なんか飛び火したじゃねえかよ……! 別に関係ないだろ? 今は悩める青少年にアドバイスをする時間なんだからさ」
妙な流れになっていることを感じ取った枢が上手いこと話題を逸らしにかかる。
リスナーたちからの追及を逃れるため、彼はアドバイスにかこつけてこんな話をし始めた――
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