黄瀬祈里、死す()

「ヌグゥッ!?」


 何かとんでもないダメージでも受けたのかと思わせるような祈里の呻き。

 それがくるめいのてぇてぇによって心臓に不調をきたした彼女が発した声であることをこの配信を通じて理解したリスナーたちが感じ取る中、復活した祈里が息を荒げながらポスターの感想を述べ始める。


「海デート! 彼シャツ水着に上目遣い! 更には頬を紅潮させる芽衣ちゃんと日差しが似合う男蛇道枢の姿!! 夏は過ぎたけれども問題ない! いい、実にいい!! 私はくるめいを包み込む海になりたい!! マザー・オブ・シー!!」


【いいイラストだ。だけどいのりんの感想で全てが吹き飛ぶ】

【本当にいい絵だと思う。絵師さんも頑張ったんだろうな】

【確かにしゃぼんは事務所の社長にケツ叩かれながら頑張ってたよ】


 夏コミフェスに合わせた季節感のある水着の二人の姿を描いたポスターに対して、大興奮の祈里。

 ……忘れてはいけないのだが、彼女はこれを見るのは二度目どころか何百回目レベルの話であり、その上でこれだけの興奮を見せているということだ。


 Pマンこと源田界人もそうだが、蛇道枢のガチ勢&くるめい過激派はヤバい連中揃いだなとリスナーたちが改めて理解する中、二枚目のポスターを取り出した祈里が狂気乱舞の叫びをあげる。


「ヒ~ヤッフ~ッ!! ああ、いい! いいなあ……!! 満天の星空の下、それを見上げる二人! ワレクラで初コラボした時にした、あのエモい会話を思い出します。へびつかい座あなたおひつじ座わたしの隣にいる、かあ……ヌ゛ッッ!! し、心臓が、心臓があ……っ!!」


【あ、死んだ】

【エモさの塊であることはわかるんだけど、後ろで狂気の塊が暴れてるから集中できないwww】

【替えの心臓、ここで使用しま~すっ!!】


 ドッタンバッタンと大騒ぎを繰り広げた祈里がまたしてもカメラの画角から外れ、リスナーたちから見えないところで暴れ始める。

 またしても放送事故を起こした彼女は、ゾンビのような緩慢な動きで這いずりながら戻ってくると、左胸を叩きながら口を開く。


「はぁ、はぁ……! し、死ぬかと思った……! やはりくるめいのてぇてぇは心臓にいいが心臓に悪いですね……!! 一枚目が明るくてキャッチ―だった分、二枚目のエモさが数倍に感じられてしまいましたよ。ふぅ……!」


【オタク全開にしてるいのりんは面白いしかわいいなあ……(脳死)】

【何やってもかわいいのズルい。顔が良過ぎる】

【心臓ここで使っちゃったけど、ラスト一枚のポスターは耐えられるのかな……?】


 もうこの程度では動じなくなったリスナーは、この配信を通じて立派に祈里のことを理解できるよう鍛え上げられていた。

 たった一時間足らずでここまで彼らを成長させた祈里はすごいというか、ヤバいというか……最初からそんなことを気にせずに暴れまくっている彼女は、ついに禁断の領域に手を伸ばす。


「さあ、行きますよ……! この衝撃に耐えられますか……!?」


【わくわく、わくわく!!】

【いのりんが耐えられなさそうなんだよなぁ……】

【とりあえず、救急車呼ぶ準備しておくか】


 既にこの時点で十分に興奮しているというのに、まだポスターは最後の一枚が残っている。

 なんとな~くではあるが……この先に待ち受けているオチをリスナーたちが想像する中、祈里は呼吸を整えた後でそのポスターをカメラの前に取り出してみせた。


【おお、これは……!】

【絵自体は知ってたけど、こうして大きいサイズで見ると感じるものが違うな】

【結婚式とかマジで攻めてるな~と思った】


 タキシードを着た枢とウェディングドレス姿の芽衣。

 教会をバックにお姫様抱っこという過激というか、イチャつきの極致ともいえるムーブを見せている二人の姿を描いた結婚式ポスターは、くるめいをよく知らない者たちの心にも響く何かがあったようだ。


 エモさもあるし、てぇてぇもあるし、普通にイラストとしてもクオリティが高いそのポスターに多くの人々が関心を寄せる中、それを見せている祈里が何をしているかというと――


「………」


【なんかいのりん静かじゃね?】

【あれ? もしかしてマジで心臓止まった?】

【本気で死んだの……!?】


 無言のまま、微動だにしない祈里の姿が画面に映し出される。

 配信開始前と同じくまばたき一つしない彼女の様子にリスナーたちが恐怖を抱く中、唐突に配信の画面が切り替わってエンディングが表示された。


【えっ!? 誰がPC操作したの!? 怖い怖い怖い!!】

【ってかいのりんどうなった? マジで大丈夫か!?】

【配信が始まった時にはこんなオチになるだなんて思ってもみなかったんだけど!?】

【本気でビビってる】

【救急車~! お巡りさ~んっ!! 誰か助けて~っ!!】


「……皆さんも【くるめいスペシャルセット】、買ってくださいね……!! ふふ、ふふふふふふふふ……!!」


【怖いよ~!! ママ~ッ!!】

【これで明日、いのりんが亡くなったなんて話になったら……】

【亡霊の囁きといっても違和感がない恐ろしさがある】

【ロボットなのか幽霊なのかはっきりしてくれ!(しないでくれ)】

【過激派のオタクだゾ】


 エンディングの際にぼそりと聞こえてきた祈里の声に安堵できないどころか恐怖するリスナーたち。

 本気の放送事故なのか、あるいは心霊現象なのか、本気で判断ができずに困惑し続けた彼らは、この日は眠れない夜を過ごしたそうな。


 ……なお、祈里は翌日、普通にSNSを更新して生存を報告した。

 くるめいの尊さで死んだがくるめいのてぇてぇで蘇生したという報告に、彼女のファンは安心するやら脱力するやらの反応を見せつつ、ずっこけたそうな。


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