配信開始から十五時間後……
「え~……この二十四時間配信も朝食を食べている間に折り返し地点を突破してました。只今芽衣ちゃんはシャワーを浴びているところです。芽衣ちゃん目当てで配信観に来た人、悪いな」
配信開始から十五時間、いつの間にか予定していた時間の半分以上が経過したことになる。
朝食を終え、小休止となったところで芽衣に眠気覚まし兼体を綺麗にするための朝シャワーを浴びにいかせた枢は、彼女がいない時間を一人トークで繋いでいた。
一人で話すこと自体は普段の配信で慣れているおかげで何も問題ないが、流石に初の長時間配信に彼もところどころに疲れを見せ始めている。
だがまあ、大きなボロは出さずに普段と変わらない安定っぷりを見せつける枢へと、コメント欄のリスナーたちが何を言っているかというと――
【芽衣ちゃんと一緒にシャワー浴びてこい】
【くるめいシャワー配信やれ、やれ!】
【体洗いっこしろ! えっちなこともしてくれ!】
「よ~し、お前らも深夜テンションに突入してるな~。そろそろ限界が近い奴は寝た方がいいぞ~?」
――とまあ、こんな感じだ。
半分はネタで言っているのだろうが、もう半分は眠気もあってか本気でこうコメントしているのがくるめい過激派の恐ろしいところである。
そんな彼らにツッコミを入れつつ、器用に場を回して軽快なトークでリスナーたちを楽しませつつ……そうして話し続けていた枢が、ふと妙な笑みを浮かべて喉を鳴らした。
その反応にどうした? と質問を投げかけるリスナーたちに対して、彼はこう述べていく。
「いやさ、ネタとはいえこんなことを言われるような日がくるだなんて、デビューした頃は思わなかったなって……あん時は【CRE8】に男はいらねえ! ってボッコボコに叩かれてただろ? それがどうなったら同期の女の子と一緒に風呂入ってこいだなんて言われるようになるんだって話だよな」
【ああ……言われてみるとその時期が懐かしく思える……】
【俺はくるるんをたら姉事件の時に知った人間だからその時期を知らんけど、やっぱ荒れてたんだね】
【ヤバかったよ。何やっても荒れたし、芽衣ちゃんと初コラボするって発表があった時もすごい批判されてその話がなくなったくらいだもん】
「うわ、懐かしい! そんなこともあったなあ……!! それが今や二十四時間耐久配信を一緒にやる仲っていうか、もっとイチャつけって言われるようになったんだぜ? 冷静に考えてみるとヤバいよな……」
【ヤバいのはお前じゃい! この半年でどんだけの信頼を勝ち取ってきたと思ってる!?】
【最古参としていわせてもらうとやっぱお前は凄いよ。あの状況で続けられたこと自体がまず凄い】
【今や【CRE8】の盾と呼ばれるVtuberになっちゃったからなあ……振り返ってみると、波乱万丈な道のりだったじゃろうて】
「本当だよ。もう炎上キャラが染みついてるお陰で何やっても燃えるんだから笑えねえよ。いや、燃えてネタになるんだからありがたい部分もあるんだけどよ、俺が悪くなかったり、俺のあずかり知らぬところで燃やされるのだけは勘弁だわ」
【ついさっき枢を燃やす人が朝活配信してましたね……】
【この配信に顔を出してた火種ママもいたわ】
【#出てこいしゃぼん】
【#逃げるなしゃぼん】
【#働けしゃぼん】
Vtuberとしてデビューしてからのことを振り返りつつ、今と昔の自分の周囲からの見られ方を思い返した枢がその変わりっぷりに驚きながら笑みを浮かべる。
そうやって、そう遠いわけではないがここまでの激動の日々のお陰で随分と昔のことのように思える過去の出来事を追憶した彼は、その総括としてこんなことを述べた。
「……やっぱ芽衣ちゃんだよな~。一歩目を踏み出すきっかけになったのは、芽衣ちゃんの存在だわ。Vtuberをやる理由とか、この世界で何をしたいとか、夢とか……そういう大事なものは全部芽衣ちゃんから教わった気がするよ。うん、だから特別に思えるんだろうな」
【おおっとぉ!? これは告白かぁ!?】
【くるるんにとって芽衣ちゃんは特別、言質取ったぞ!!】
【唐突にデレるな、心停止しただろうが】
「なんか騒いでるけど、俺、前から言ってただろ? 芽衣ちゃんが特別だとか、一番大切だとか……二期生ウィークで散々話した気がするぞ?」
【嫁への愛はきちんと言葉にする、いい夫ポイント一万点!!】
【なんかもう忘れそうになるけど枢の方が芽衣ちゃん大好きなんだった……】
【これに関しては炎上恐れてなくて草】
「まあ、こういう配信やってる時点で、なあ? 芽衣ちゃんの要望はできる限り応えたいし、叶えたいと思うもの。その過程で燃えるのはそこまで気にならねえわ」
そもそもこの過酷な二十四時間配信を行った理由も芽衣がやってみたいと言ったからだし、それに付き合おうと決めたのも枢が彼女のことを大切に想っているからだ。
周囲がはやし立てるような恋人関係ではなく、それよりももっと純で尊い感情を芽衣に向けていることを言葉として枢が語る中、我慢しきれなかったように咳払いの音が響く。
「んっ、んんっ……! あの、ただいま戻りました……」
「ああ、おかえり。目は覚めた?」
「うん、たった今、バッチリ覚めました……」
【悲報・枢の愛の言葉、全部嫁に聞かれてた】
【あらあらあらあら? おやおやおやおや?】
【あっ、ふ~ん……俺たちはちょっと黙っておこうか】
シャワーを浴びるために離席していた芽衣がいつの間にか戻っていることに気が付いたリスナーたちが慌てと興味を半々にした感情を抱く。
ここまでこっぱずかしい想いを語っているところをその感情を向ける本人に目撃された枢がどんな反応を見せるのかと楽しみにする彼らであったが、意外なほどに枢は全く動揺を見せないでいた。
「んじゃ、また冒険を再開しますか。ワレクラにログインしよう」
「あ、うん……」
「目標はどうしようか? ダイヤを一定数見つけて、持ち帰るとかにする?」
「う~……あの、どうして枢くんはそこまで平然としていられるの? 聞いてた私の方が恥ずかしくなるとか、悔しいんだけど!」
相手への真摯な想いを聞かれるという恥ずかしさこの上ない状況に遭遇したというのに、枢はそのことをなんとも思っていないようだ。
逆に、想いを聞かされた側である自分の方が恥ずかしさに耐え切れなくなっているだなんて不公平じゃないかと文句をつける芽衣へと、枢はこれまた平然とした様子で言う。
「だから、表でも裏でも言ってるじゃん。俺にとって芽衣ちゃんは特別は特別で、一番大切な存在だって。今更でしょ、そんなの」
「あうぅ……ん~っ、うぅ~っ……!!」
【あ~もう滅茶苦茶だよ~(俺たちの心臓が)】
【なんだこの嫁が大好き過ぎる夫、最高かよ】
【悶え芽衣ちゃんかわよ。もっと恥ずかしがらせて】
正直者というか、好意を隠さないというか……こういう部分は枢の美点であり、悪い部分でもある。
彼自身はこれを普通のことと思っているのだろうが、やられている側からしてみればとんでもない恥ずかしさだぞと思いながら、それでも正直そう言ってもらえることが嬉しい芽衣は何も言い返さず、暫しこの心地良い羞恥に悶え続けるのであった。
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