配信開始から二十時間後……
「……配信開始から二十時間、ついに恐れていた事態が起きました。どうですか皆さん、この状況は?」
そろそろ本格的に疲労を隠せなくなってきた枢のあくびをかみ殺した声が配信を見守るリスナーたちの耳に響く。
肩や首の凝りを解すように体を動かす彼の画面には、ワレクラ内のベッドの上で横になる芽衣のキャラクターの姿が映し出されており、彼女は微動だにしていない状況だ。
「くぅ、くぅ……」
「え~、限界だったようです。芽衣ちゃん、おやすみモードに突入しました」
【寝息がこちらまで聞こえています、現場からは以上です】
【ここまでよく頑張ったよ……】
【一人残されたくるるんが可哀想ではある】
シャワーを浴びて体が温まったところに昼ご飯で腹が膨れ、更にそこから数時間の配信を続けて疲労のピークを迎えた結果、どうやら芽衣は夢の世界に旅立ってしまったようだ。
彼女の配信画面はキャラクターがベッドに寝転がっている際の暗転状態で固定されており、脇に表示されている芽衣自身の立ち絵も一切動かないことから、彼女が如何に深い眠りに就いているかがわかるだろう。
「いや~、惜しかったなあ……! あと四時間だぜ、四時間。それで無事に二十四時間配信達成だったのに、ここでかあ……って感じだわ」
【確かに惜しい。でもくるるんが生き残って配信してくれれば、達成したことにはなる】
【ここからソロでラストスパートって厳しいものがあるな……】
【芽衣ちゃ~ん! 起きてくれ~っ!!】
ゴールが見えてきたこの段階での寝落ちという実に悔しい事態に、眠ってしまった芽衣よりも共演者である枢やリスナーたちが無念の言葉を漏らしている。
そういったふうに芽衣の脱落を残念がる一同であったが、ここでとあるリスナーがふと気になったことをコメント欄に打ち込んで枢へと質問を投げかけてきた。
【このまま芽衣ちゃんが二十四時間経っても目を覚まさなかったらどうするの? くるるんの方は配信終了できても、あっちは無理じゃない?】
「ん? ああ、それね。大丈夫、マネさんに家の鍵預けてあるから、代わりに切ってもらうことになってる。まあ、そうなる前に起きてもらえると助かるんだけどさ」
万が一の寝落ち対策も万全であると、その質問に答える枢。
そんな彼に対してリスナーたちは無理難題とも思わしき要求を投げかけ始める。
【お前が行け! そのまま芽衣ちゃんちで眠れ!!】
【すやすや芽衣ちゃんをベッドに運んでお前も一緒に寝るんだよ!!】
【二十四時間耐久配信の後は夫婦そろってのおやすみ配信してください】
「はぁ~……お前らさ、やっぱ俺を燃やす気満々だろ? 普通に考えてできません。ってか、大昔にそれに近いことをやって盛大に燃えただろうが!」
芽衣の家に自ら入って配信を切れという無茶を言ってくるリスナーたちへと、苦笑を浮かべながらツッコむ枢。
そう自分で言っておきながら、どうにも懐かしいことを思い出した彼は、しみじみとその時のことを思い返しながら今の状況に対する感想を述べる。
「やっぱどうしてこうなったって感じだよな。昔はやったら大炎上したことを今はむしろやれって言われるのは不思議でしかねえわ」
シャワーの時にも同じことを言ったような気もするが、今の枢にそれを振り返る余裕はない。
半分ほど脳が死んでいる状態で必死に一人話を続ける彼は、うんうんと何度も頷きながら呟く。
「この状況なら、あれやっても怒られねえかもなあ……?」
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