配信開始から五時間後……

 ――配信開始から五時間、流石に二人にも疲れが見え始めてきた。

 まだ眠気こそ襲ってきてはいないものの、長い時間ずっと喋り続けるという行為は地味に体力を削っており、最初の頃に比べると声のトーンも若干落ち気味ではある。


 が、しかし……それでも頑張らなければならないのがVtuber、ひいては配信者という職業の運命。

 作業を整地のような単純なものから冒険に変えた二人は、その道すがら色々な話をし続けていた。


「枢くんは凄いよね~。くるるんキッチンみたいなお仕事を事務所の方から任されてるし、薫子さんたちからも信頼されてるっていうのがわかるよ」


「たまたま運営がやりたいことと俺の特技が合致しただけだって。それを言うなら、芽衣ちゃんの動画制作の技術の方が凄いと俺は思うよ」


「本当? ありがとう……! あっ、そういえばなんだけど、明日の朝と昼のごはんも用意してくれてありがとうね。本当に助かってます」


【くるるん、既にご飯渡してるのかあ……】

【ちなみに何を作ってもらったの?】


「えっとねえ……朝ご飯がピザトーストで、昼ご飯はおうどんだったかな? つゆとうどんをレンジで温めて入れればそれで完成するやつ」


「二十四時間配信とはいえ、ご飯は食べないとしんどいからね。サクッと用意できるものを準備させていただきました」


「本当にありがとう。いつもいつも、助かってます」


 眠気覚ましのコーヒーやエナジードリンクばかりを接種していては体に悪いと、しっかり食事を取ることも考えていると言いつつ、自分が作った料理を既に芽衣に渡していることをリスナーたちへと告げる枢。

 やっぱり嫁の体調を守るために夫も頑張っているのだなと、そう考える彼らの中に、とある事実に思い至る者が現れる。


【ということは配信中に朝とお昼ご飯を食べるってことですか!? 夫婦そろっての食事風景を生配信するってことですかぁ!?】

【えっ……? つまりは俺たち、くるめい家の壁とか天井とか屋根とかテーブルになれる……って、コトォ!?】

【待ってくれそんな刺激的過ぎるあれを配信で流していいのか? いや俺たちは嬉しいんだが、下手をすると大量破壊兵器が誕生するぞ?】

【タイムスケジュールを教えてください。絶対にその時間には配信にいるようにするので】


 食事風景を配信上に垂れ流すという、滅多にないシチュエーションに興奮するリスナーたち。

 直接顔を合わせているわけではないとはいえ、枢と芽衣が同じ料理を食べながら会話する場面に立ち会えるというのは、常日頃からくるめいを見守る壁(とか屋根とか天井とか)になりたいと言っている彼らの夢といって差し支えない。


 その夢が、唐突に叶う機会がやってきた。

 にわかに湧き立つコメント欄の様子を見ながら、多少疲れで頭がぼんやりしている二人がそのタイムスケジュールを話し合って決めていく。


「どうする? 何時ごろに朝ご飯食べる?」


「私は何時でもいいけど……どうせなら、花咲さんの朝活配信に合わせて食べる?」


「それいいね。じゃあ、七時半くらいからたら姉の朝活配信を同時視聴することにして、そこを朝食タイムにしようか」


「うん、わかった!!」


【七時半、七時半ね? その時間には絶対に起きなきゃ……!】

【俺はもうずっと起きてるわ。くるめいと一緒に二十四時間過ごす】

【緊急警報・朝七時半より、てぇてぇが大量に溢れる可能性があります! リスナー各位は替えの心臓を用意するなどの十分な対策を!!】


 騒ぎ過ぎのようにも思えるが、リスナーたちからしてみれば、これは本当に楽しみ以外の何物でもないのである。

 現在時刻、日付が変わって間もない頃。リスナーたちの活動も活発になっている深夜帯に発表された何気ないこの一言が、彼らを熱狂させたということを枢も芽衣も気が付かないでいるようだ。


 そんな二人の反応をよそに、リスナーたちはたらばの朝活配信とくるめいの食事風景の放送を心待ちにしながら、時間の到来を今か今かと待ち侘びるのであった。

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