牛乳に相談だ

(男の人って、やっぱりおっぱいが大きい人がいいのかな……?)


 ぼんやりとそんなことを考えながら、有栖はやや暗めの廊下を歩いていた。

 マッサージルームであれやこれやの大騒ぎを繰り広げる同期たちから一旦離れた彼女は、現在飲み物を買うべく自動販売機が並ぶエリアを目指して移動の真っ最中である。


 そういう時に考えてしまうのは先ほど、マッサージを受ける沙織とスイの姿を見た零の反応についてのことで、決して大きいとはいえない自身の胸の膨らみを撫でた有栖は、小さくため息を吐いてからぼそりと呟く。


「零くんのむっつりすけべ……」


 ここにはいない彼へと怨嗟の言葉を漏らす有栖であったが、別に彼が悪いことをしたわけではないというのはわかっている。

 あれは健全な青少年であれば誰だって見せる反応で、逆に零は正直者として普通の反応を見せたに過ぎないのだから。


 マッサージチェアの件もそうだが、この温泉施設を訪れた際に起きたトラブルに関してもそうだ。

 彼に裸を見せることになったのは自分たちの不注意が原因だし、そうなった時に自分たちの中で誰が一番目を引くかなんていうのもわかりきっている。


 そもそもの話ではあるが、体を隠そうとした自分たちよりも堂々と見せつけるように立っている沙織を見た方が罪悪感はないわけだし、有栖たちにしてみても受けるダメージが軽減されるのだから、そちらの方が正しい選択だといえるだろう。

 ……まあ、普通に零が抜群のプロポーションを誇る沙織の体に見とれていた可能性も否定できなくはないが、それでも零はどちらかといえば被害者の方に立つ人間であり、その中でも最適に近しい行動を取ったことは間違いない。


 だがしかし、頭ではそう納得していても心の方がそうはいかないことがあるというのが人間の面倒くさいところで、先の零の反応を思い返す度に、有栖の小さな胸はどうしてだかチクチクと痛みを覚えてしまうのだ。


 零が悪いわけではないし、むしろ自分たちのミスのせいで彼の胃に負担をかけた上に気まずい思いをさせてしまったことはわかっている。

 それでも、込み上げる嫉妬心を抑えることができない有栖は、目の前に並ぶ自動販売機の中から瓶の牛乳をチョイスすると、腰に手を当てて一気にそれを飲み干してみせた。


「んくっ、んくっ、んくっ……ぷは~っ!!」


 今からでもカルシウムを取れば、多少はマシな胸になるだろうか?

 沙織も成長していると言ってくれたし、彼女と同等は無理でもスイと同じくらいのサイズにはなれるかも……と考えたところで、自分は何をしているんだろうかと冷静になった有栖がため息を吐く。


 自分も、沙織も、スイも、零と付き合っているわけではない。

 彼がどんな女性に魅力を感じようとも、どんなおっぱいを好もうとも、自分には嫉妬するだけの正当な理由などないではないかと、せめて嫉妬するなら天のように彼にではなく巨乳な女性陣に対してするべきだと、そう考えながらベンチに腰を下ろした有栖は、再び大きなため息を吐いた。


「困らせてばっかりだなあ、零くんのこと……」


 今日一日だけでも随分と気まずい思いをさせたり、困惑させたりしてしまったなと、自分の行いを反省する有栖。

 これに関しては彼女というよりも無防備が過ぎる沙織が悪いような気しかしないのだが、ネガティブな有栖は自分の失敗ばかりを思い返してしまっている。


 ただ、ここで変に謝ったとしてもそれはそれで零に気を遣わせてしまうし、かといって何もなかったかのように振る舞うのもそれはそれでおかしな気がしてしまう。

 コミュニケーション能力が低いと正しい反応というか、相手への接し方がわからなくて困るなと、有栖が三度目のため息を吐こうとした時だった。


「うん……?」


 暗い廊下の向こうから、何か物音がする。

 零たちがいるマッサージルームとは反対側のそこから聞こえてくる微かな声を耳にして視線を向けた有栖は、奇妙に思いながらそちらへと近付いていった。


 この施設は会員制であり、夜遅い時間帯ではあるものの、別に自分たち以外の利用者がいないというわけではない。

 おそらくはここまで出会わなかった客たちがあちらにいるのだろうなと予想しながら興味本位で顔を出した有栖は、そこで驚くべきものを目にしてしまった。

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