こんな感じで温泉に来ました

「あぅ、もう無理……」


「わーもう、お嫁さ行げね……」


「もういっそのこと、全員揃って零くんに結婚してもらおうか! なんてね!」


「沙織~……! 元はといえば、あんたが大事なことを忘れてたせいでしょ! どうしてあんたは毎回こう抜けてるのよ……!!」


 それからおよそ十分後、浴衣を着た女性陣は更衣室を抜けた先にある広間にて先ほどの失敗を振り返っていた。

 談笑というにはムードが暗過ぎる話し合いを続ける中、ちらりと遠くを見た有栖が小さな声で同期たちへと言う。


「あの、零くんはどうしたらいいんでしょうか……?」


「今はそっとしておいてあげなさい。男には色々あんのよ……」


 遠くの椅子で一人俯いたまま、微動だにしない零を見つめた天が言う。

 今の彼の心情が痛いほど理解できている彼女は、そこで話題を切り替えることで零が落ち着くまでの時間を稼ぐと共にお通夜ムードを払拭しにかかった。


「にしても、本当にいいところね~。紹介してくれた黄瀬さんには感謝だわ」


「人も全然いませんしね。普通の温泉施設だったら、さっきの失敗は自殺ものですよ……」


「見らぃだのが阿久津さんだげでほんにえがった……」


「まあ、こういうトラブルも思い出の一つってことで! ここからは気持ちを切り替えて、祈里ちゃんに感謝しながら温泉を楽しむさ~!」


 全ての元凶である沙織の笑い声が高らかに響き渡り、羞恥心皆無な彼女の言動に同期たちが若干げんなりとした表情を浮かべる。

 さて、この辺りで少し、どうして五人がここにいるのかという理由を説明しておかなければならないだろう。

 とはいっても理由は単純で、沙織の後輩である黄瀬祈里から紹介状を受け取ったからだ。


 ここは会員制の温泉施設で、祈里のような芸能人でも人目を気にせずにリラックスできるよう、様々な工夫がされている。

 沙織の首にある傷やどうしたって目立ってしまうスイといった二期生が揃ってお出掛けしにくい事情を知っている彼女は、夏休みの思い出作りの場所としてこの場所を沙織たちに紹介し、入場に必要な書類もプレゼントしてくれた。

 彼女の気遣いに感謝しつつ、せっかくだからと零たち五人はお泊り前提でこの施設を訪れ……先のトラブルが発生した、というわけである。


「温泉だけじゃなくって岩盤浴とかもあるし、朝にはレストランも開くみたいだよ~! 楽しみだね~!!」


「レストラン! ご飯、いっぱい食べられますか!?」


「へえ~、マッサージゾーンとかサウナもあるんだ。やっぱ色々揃ってんのね~……」


「零くんをひとりぼっちにしちゃって申し訳ないけど、いっぱい楽しみましょうね」


 女四に対して男が一人という状況のせいで基本的に零を一人にしてしまうわけだが、それが今は逆にいい方向に作用してくれている気がしなくもない。

 少なくとも、今の有栖には零と話をすることは無理だと、裸をバッチリと見られたことに対する羞恥が再び込み上げてきそうになる中、元凶である沙織が明るい声で言う。


「ささっ! 今の内にお風呂に入ってくるさ~! みんなで背中の流しっこでもしようよ~!」


「……まあ、そうね。それが目的で来たんだし、零は放置して、行きましょうか」


「わ~い、おっふろ~っ!」


 哀れな零を(敢えて)放置して、大浴場へと向かっていく同期たちからワンテンポ遅れて立ち上がった有栖が、再び彼の方を見やる。

 未だに俯き、肩を落としたままの彼を暫し見つめた後、三人に置いて行かれてはまずいと思い直した彼女は、小走りで沙織たちの後を追って走っていった。

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