指南役・緑縞穂香

「……なるほど、そんなことが……まさか、蛮族に住居を襲われるだなんて、災難でしたね」


「ええ。まあそれがこのゲームの醍醐味みたいな部分もあるし、仕方がないんだけどね」


 備蓄していた食料を穂香へと提供し、彼女と向かい合って会話する枢。

 彼女はどうしてこの不毛の土地に流れ着いたのか? 話をまとめるとこうだ。


 元々、穂香は中央エリアに近しい、緑あふれる土地に住居を構え、そこで生活をしていたらしい。

 同じ【VGA】や他の事務所、個人勢のVtuberたちと共に、初心者である彼らに『マッドワールドサバイバル』のいろはを教えながらゲームを楽しんでいた彼女たちであったが、その平穏を乱す者が現れた。


 徒党を組んだ盗賊(もちろんプレイヤー)たちが穂香たちの住処へと押し入り、略奪を始めたのである。

 集落のリーダーであり、熟練のゲームプレイヤーである穂香は必死に応戦したが、多勢に無勢。こちらの戦力が初心者ばかりということもあって、戦いに敗れてしまったそうな。


「リスポーン先に指定してあったベッドも破壊されちゃってたみたいで、何もかもを失った状態で砂漠のど真ん中に放り出されてね……なんとか生えてたサボテンを食べて飢えと渇きを満たしながら旅を続けてたんだけど、もう限界ってところまできちゃって……」


「そこで俺の家に辿り着いた、ってわけですね」


 こくり、とゲームキャラの首を動かし、頷いてみせることで枢の言葉を肯定する穂香。

 彼女の事情を理解した枢は、続いてこんな質問を投げかける。


「で? その蛮族もとい、盗賊のロールプレイをしてる人たちって誰なんですか? 結構恐れ知らずのメンバーだと思うんですけど……」


 略奪、破壊、なんでもありの世界である『マッドワールドサバイバル』において、暴力的なロールプレイを楽しんでいる恐るべき集団についての情報を穂香へと求める枢。

 ここにその集団が来るとは思えないが、とりあえず情報はあるに越したことはないだろうと考え、そんな質問を投げかけた彼に対して、穂香が自分が知る限りの盗賊団メンバーについて教えていく。


「リーダーはルピアね。あいつ、完全にこの世界に染まってるわ。いや、あいつなら絶対にそうするとは思ってたんだけど、流石にここまで容赦しないとは想像してなかったのよ……」


「ああ、やっぱり……夕張さん、そういう蛮族プレイが似合いますもんね……」


【流石は炎上を恐れない女www 今回も攻めたプレイしてんなぁwww】

【初心者蹂躙して物資を奪いまくる盗賊女王になってんぞ】

【やってることが完全に暴君のそれなんよなあ……】


 穂香と同じく【VGA】のFPS部門に所属している夕張ルピアの名を聞いた枢は、あまりにも予想通りの展開に乾いた笑みを浮かべた。

 強気で暴れまくる彼女ほど、山賊の親玉に相応しい女性もいないな、と……ここから遠く離れた土地を荒らし回るルピアの姿を想像して苦笑していた枢であったが、穂香の口から次いで飛び出してきた名前を聞いて、目を丸くする。


「それで、部下に愛鈴ちゃんがいるわね。上手いことルピアに取り入って、腹心の地位を確保してるわ」


「ぐえっ!? あ、あの三下、山賊やってるんですか!? ってか、マジで三下やってんの!?」


【ラブリーwww どこまでも期待に応えてくれる女よwww】

【あいつはどこの世界でも三下なんやなって……】

【そして地味に優秀なのが腹立つという】


 山賊として活躍するルピアの横でごまを擦る愛鈴の姿を想像し、何ともいえないフィット感を覚えた枢が納得したように何度も頷く。

 あの女、やっぱり三下が性に合ってるんだな……などというある意味失礼ながらもそれ以上なくぴったりな表現を頭の中に彼が思い浮かべたところで、咳払いをした穂香が話題を変え、こんなことを言ってきた。


「お水と食料、本当にありがとう。お陰で生き延びることができたわ。何かお礼がしたいけれど、今の私にできることといえば、この体を差し出すことくらいしか思いつかなくって……枢くんさえよければ、私のことを好きにしても――」


「はい、ストップ。そういう危ない発言は止めてください。間違いなく炎上するんで」


【枢「俺がいなくちゃお前はこの砂漠で野垂れ死ぬしかないんだぞ? それが嫌なら……わかってるな?」 穂香「はい……」】

【嫁の目が届かないところでスイカップに浮気するんじゃない。せめて手を出すのならパイナップルにしろ】

【これ以上やったら炎上する前に配信がBANされちゃう!】


 わざとらしいセクシーボイスを出しつつ、初期装備であるボロの服をはためかせ、露出している胸の谷間や太ももを強調する穂香。

 悪ノリによって炎上する未来を予知した枢があっさりとその申し出を断りながらツッコミを入れれば、改めて咳払いをした彼女が本格的な提案をしてみせる。


「枢くん、私はルピアたちに報復するためにも元のエリアに戻らなくちゃいけないわ。枢くんの方も何をするにしたってこの拠点を発展させなくちゃいけないわよね? ここらで一つ、協力体制を結ばない? 私は枢くんに生活の面倒を見てもらう代わりに、拠点を発展させていくためのアドバイスをする。私は生活基盤が整えられて、あなたはこのゲームを一層深く楽しむための手解きをしてもらえる、WIN-WINの関係だと思わないかしら?」


「いいっすね、それ! 俺もここからどうすればいいのかわからなかったんで、先生がいると助かります!」


【おっ!? まさかまさかの同盟締結か!?】

【くるるんタウン(仮)を発展させるための軍師誕生!!】

【他の箱と絡めるこのゲームだからこその絡みだな!】


 そこまで『マッドワールドサバイバル』に詳しくない枢と、知識はあっても他に頼れる人がいない穂香。

 この灼熱の砂漠の中で見事に利害が一致した双方は互いに協力することを了承し、手を結ぶことにしたようだ。


「決まりね。じゃあ、改めてよろしく。この拠点の発展に協力させてもらうわ」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 ゲーム内で用意されているアクションである『握手』を選択した枢と穂香がお互いに固く手を取り合う。

 紆余曲折ありながらも、この世界に未知の風を吹き込ませる新たなる関係性が構築された、記念すべき瞬間であった。

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