なんか、誰か来たんだけど

「いや~! なんとかなった、なんとかなった! もうこれ勝っただろ? がっはっはっはっは!」


 それから数十分後、枢は砂岩で作った家の中で満足気に大笑いしていた。

 昼夜で寒暖差が激しい砂漠の気候をものともしない彼は、パチパチと音を立てて燃える炎の中に突っ込んでおいた魚を取り出すと、オアシスの水と共に美味しくいただき始める。


「か~っ! 美味いっ!! サボテンも火にかけるとサボテンステーキになって回復量が増すんだな! ってかやっぱ炎って偉大だわ。大体の物が食えるようになる。サンキュー、ファイヤー! いつもは憎いが、今日は心の底から感謝してるぜ!」


【マッドワールド史上最高の生活をしている男がここに】

【流石は炎使い、文明を進歩させるのも楽勝だな】

【ほへ~、炎って枢を燃やす以外に使い道あったんやな】


 この一時間足らずで大きく変化した枢の順風満帆な生活に、リスナーたちはある種の感動を抱いていた。

 食料、住居、道具と、生きていくために必要なものを揃えた彼は、見事に生活基盤を築くことに成功し、こうして自給自足の生活を送っている。


 家を作るための建材は砂漠に山のように存在している砂を固めて作った砂岩を用いており、木材不足でドアなどは作れないものの火に強い立派な拠点が完成した。

 食料に関してもリスナーたちからのアドバイスに従ってサボテンを集め、ヤシの実を植え、更に少量の木材を使って作った釣り竿をオアシスで使うことで魚を確保することにも成功したため、これまた解決している。

 文明を進歩させるための炎もあっさりと着火でき、そのお陰でできることの幅も大きく広がり、回復量の大きい料理を作ることもできた。


 この過酷な砂漠の中、オアシスという数少ない安全地帯を確保した枢は、そこに活動の拠点を作り上げ、ここで生き延びられるだけの体制を整えることに成功している。

 ボリボリと焼き魚を平らげ、骨の欠片をストックした彼は、窓代わりに開けておいた壁の穴から夜空に浮かぶ月を見上げながらしみじみと呟く。


「最初はどうなるかと思ったけど、どうにかここでも生きていけそうだな。自給自足の生活っていうのも悪くねえ」


 スタート直後は神を呪ったが、これはこれでいい感じの録れ高を作ることができた。

 このままこうして砂漠の中で悠々と生活していくというのも悪くはな――


「……って違うっ! そうじゃないっ! これが目的じゃないだろ、俺っ!?」


 ――と、この生活に順応しそうになったところではっとした枢が自分自身を叱責する。

 ごろりと枯草で作ったベッドから起き上がった彼は、夜空に向けて大声で自分のすべきことを叫び始めた。


「どうして数十人単位でVtuberが参加してるゲームの中でぼっちプレイをしてるんだ、俺は!? このまま誰とも交友せずに砂漠の中で生き続けるだなんて、このゲームの醍醐味を放棄してんだろうが!!」


【あ、気付いたwww】

【そうだった。これ、スローライフゲームじゃなかったわ】

【他のVたちから隔絶されてるくるるんの不憫さに涙が止まらない……】


 このサーバーには数えきれない程のVtuberたちが存在し、各々が好き勝手に生活し、絡み合っているというのに、どうして自分は砂漠のど真ん中に放り込まれた上にソロでサバイバル生活を送らなければならないのか?

 多人数プレイの醍醐味を全て放棄するようなプレイ方針に自らツッコミを入れた枢は、状況を整理しながらここからの行動を決定していく。


「まずはこの砂漠から脱出しなくちゃ話が始まらねえ。問題は、今の俺の文明レベルじゃあ、何かあった時に即お陀仏ってことだ」


【それはそう。食糧と水の保存はある程度できるけど、この広い砂漠を踏破できるだけのステータスも装備もないよな】

【もうちょいアイテム保有枠ほしいね。あと、砂漠用の乗り物。そうなるとこの拠点をもう少し発展させた方がいいとは思うけど……】

【でも俺たちもそこまで詳しくないし、コメントでアドバイスするのにも限界があるよな。厳しいわ】


 生活基盤は整った。次は、砂漠から脱出するためにも、文明を進歩させる番だ。

 だがしかし、ここから先に関してはリスナーたちもあまり詳しくなく、コメントで助言するのも難しいものがある。


 砂漠から抜け出したいという大きな目標はあるが、そこに辿り着くまでどうしたらいいのかがわからない。

 今を生き延びる余裕ができてしまったが故の悩みを抱いた枢が、夜空を見上げながらため息を吐いたその時だった。


「だ、だれ、か……誰か、いませんか……?」


「ん? あれ……?」


 自分しかいないはずのこのオアシスに、自分以外の誰かの声が響いたことに気が付いた枢が顔を上げる。

 リスナーたちも不意の来訪者にざわめきたち、予想外の事態にコメント欄も盛り上がりを見せていた。


【誰だ!? 誰か来たぞ!!】

【女だぁ! 女がいるぞぉ!】

【いったいどうしてこんな砂漠に放り込まれたんだ?】


「やっぱ誰かいるよな!? えっ、どこだ!? 声を出してる人、どこにいますか~っ!?」


 この声が幻聴ではないことをコメント欄の盛り上がりから確認した枢が家を飛び出し、声の主を探し始める。

 ぱっとは思い出せないが、この女性の声はどこかで聞いた覚えがあるな~……と思いながらオアシス付近を探索していた彼は、水場に程近い場所でボロ雑巾のように倒れ伏しているプレイヤーキャラクターの姿を発見し、彼女の下へと駆け寄っていった。


「あの、しっかり! 大丈夫ですか!?」


「う、うう……た、体力が、限界……! 死ぬ、死ぬぅ……!!」


 緑色の髪が特徴的な豊満なボディをしたその女性キャラは、初期装備であるボロの服だけを纏った状態で苦しそうに呻いている。

 急いで水を汲み、彼女へと手渡した枢は、その際に表示された【VGA-WaterMelon】の名前を目にして、彼女の正体に気が付いた。


「【VGA】のスイカ……って、もしかしてあなた、緑縞さんですか!?」


「ぷはぁ~っ! はい、仰る通りです。そういうあなたは【CRE8】の蛇道枢くんよね? その節は本当にご迷惑をおかけしました……」


「ああ、いえ。お気になさらず。その、緑縞さんはどうしてこんな辺鄙な場所に? もしかしてゲームスタートからここに放置された感じですか?」


「ううん、違うわ。話せば長くなるけれど、本当に涙無しでは語れない複雑な事情があるのよ……」


 水を飲めたことで危険状態から脱することができた穂香は、すっくと立ちあがると枢とそんな会話を交わし始めた。

 そうした後、近くにある彼の家を発見した彼女は、枢へとお願いのモーションを取りながら言う。


「本当に申し訳ないんだけれど、食料を分けてもらえないかしら? 私、お腹ペコペコでこのままだと死んじゃうのよ。どうして私がここにいるのかっていう説明もあるし、お願いっ!」

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