有栖、学生服を着る

 むか~し、むかし、あるところに柳生しゃぼんという煩悩に塗れたVtuberがいました。

 数々の仕事を抱え、その締め切りが目前にまで迫っていながらも完成まで程遠い状態の彼女は、ふとこんなことを思います。


「ああ、かわいい女の子の絵が描きたいなぁ……」


 正真正銘のダメ人間である彼女は、目の前の仕事を放り出して欲望のままに行動を始めました。

 インターネットサイトでコスプレ用の学生服を検索し、気に入った物を即購入。

 そしてその届け先を自宅ではなく、かわいいかわいい息子(義理)の嫁の家へと指定し、お急ぎ便でのお届けで注文します。

 後は簡単で、新衣装の参考にしたいから~、などというもっともらしい理由をつけて息子の嫁に自分が送ったコスプレ衣装を着た写真を送ってくれとお願いしたら、準備は完了です。


 仕事は何一つとして終わっていませんし、後で鬼社長である薫子さんにボッコボコにされることはわかっていますが、しゃぼんは元気に現実逃避をすることにしました。


 それから数時間後、彼女が指定した通りの時間に息子の嫁こと羊坂芽衣……もとい、入江有栖さんのお家に一着の学生服が届きました。

 これも仕事なのだからと届いた学生服に袖を通し、鏡の前で変なところがないかを確認した彼女がいざ写真撮影に臨もうとした時、夫である阿久津零くんが帰宅……ではなく、今夜の晩御飯のおかずをお裾分けしに彼女の家にやってきます。

 これ幸いにと恥ずかしがりながらも学生服を着たまま彼の応対をし、事情を説明した有栖さんは、零くんにお願いしてしゃぼんに送る写真を撮影してもらうことにしました。


 こうして、一人のダメ人間が欲望のままに行動した結果、偶然に偶然が重なり、夫婦のイチャコラが始まることになったのです。







「あ、改めてだけど……どう、かな?」


「え、えっと……かわいいと思う、よ?」


「そ、そっか、ありがとう……な、なんか完全にそう言わせちゃったよね? ごめんね。それはそうとして、加峰さん、サイズぴったりなのを送ってきて凄いなあ……!」


 そう言いながら有栖がくるりとその場で回ってみせれば、その動きに合わせて丈の短いスカートがひらりとはためいた。

 決してその中身が見えてしまうような浮かび上がり方ではなかったが、それを直視できるほど肝が据わっていない零は、咄嗟に顔を背けて見ていないふりをする。


 そうした後、改めて学生服を纏った彼女と対面した零は、ほんのりと頬を染めながらこちらを見上げる有栖の姿を目の当たりにして、ごくりと息を飲んだ。


(や~べ、想像の500倍はかわいい……!)


 白を基調としたブレザーと、その中に散りばめられた青色を主としたミニスカートという組み合わせの学生服を着た有栖は、彼女の小動物めいた雰囲気と相まって実にかわいらしく見える。

 中に着ているワイシャツやタイの色もスカートやブレザーのワンポイントに合わせたブルーにしていたりと、無駄にセンスのいい梨子が送りつけてきたこの衣装は、本当によく有栖に似合っていた。


 上下のセットだけではなく、学生服に合わせる革靴やハイソックスまで送ってくる辺り、梨子はこの服のセレクトを本気で行ったようだ。

 これは仕事だからというより、単純に本人の趣味と欲望が先走った結果なんだろうな~、と母親の思考を読み取った零が心の中で苦笑を浮かべる中、有栖がむんっと気合を入れながら言う。


「よ、よ~し! じゃあ、撮影お願いね……! ま、まずは、こんな感じかな……?」


 気合を入れても恥ずかしさは掻き消せなかった有栖が、弱々しくピースをしながら零と向き合う。

 彼が構えているカメラから視線を逸らし、明らかに無理をしている感を出しながら撮影に臨んでいる彼女の姿をこれはこれでありだと判断した零は、とりあえずその姿をカメラに収めた。


「つ、次は……どうしよっか?」


「えっと、少し近付いて撮影してみる?」


 全体像を撮影した後、次の構図に悩みながらも近付いて写真を撮るという月並みな提案をした零は、それを承諾した有栖へと数歩近付いてスマホのカメラを構えた。

 画面にはいつもと同じように自分を上目遣いで見つめる有栖の姿が映っているが、学生服を着ているせいか雰囲気が普段と全く違うように思える。


 真正面からバストアップの写真を撮り、その後で横に並んでもう一枚の写真撮影を行った零は、どんどん高鳴っていく自分の心臓の鼓動にちょっとした違和感を覚え始めていた。


(な、なんか、やってることは健全なはずなのに、この間の喜屋武さんの時よりも緊張してんな……)


 コスプレ用とはいえ、今の有栖が着ているのは世の大半の人間が袖を通したことのある学生服であるし、彼女の年齢から考えても制服を着ることに大した問題があるとは思えない。

 少なくともバニーガールになった沙織のコスプレよりかはかなりまともで健全であるはずなのだが……写真撮影という要素が原因なのか、どうにも気分が落ち着かないでいる。


 一枚、また一枚と増えていく学生服姿の有栖の写真を見ながら、女っ気があまりなかった自身の学生時代を振り返った零は、こんな彼女がいたら毎日が楽しかっただろうなという妄想に耽りながら撮影を続けていく。

 立っている姿だけでなく、椅子に座ったり床にお尻をつけて足を伸ばしている姿を撮影したり、同封されていた学生鞄を持つ姿を写真に収めたり、何かにもたれ掛かる有栖の姿を斜め後ろから撮影したり……と、様々な構図で写真撮影を続けていく間に、有栖も緊張が解れてきたようだ。


 逆に、有栖のぎこちなかった笑顔がどんどんはつらつとしたものに変化していく様子を間近で見続ける零は緊張しっぱなしで、傍から見るとその差が結構面白く思えただろう。


 モデルもカメラマンも素人であるため、左程凝った写真が撮影できているわけではないが……それでも二人が楽しく撮影会を行っていく中、笑顔の有栖がこんなことを言い始めた。


「いつかさ、二期生のみんなで学生服の新衣装を揃えてお披露目したいね。そしたら、秤屋さんに頼んで高校生のシチュエーションで台本書いてもらって、みんなで声劇するのも楽しそうでしょ?」


「おお、いいね、それ。確かにそういう企画も面白そうだ」


「でしょ? ……ふふっ、私たちが同じ学校に通ってたら、どんな風になってたのかな?」


 自分の案に賛同してくれた零の言葉に、嬉しそうに微笑む有栖。

 そのまま、もしも二期生が高校生だったら……という想像を膨らませていった彼女は、自分なりの考えを零へと話していった。


「喜屋武さんは……三年生のお茶目な先輩だよね。運動部の部長とかやってて、ファンも多くて、男女どっちにも人気のある学園のアイドルっていうポジションがぴったりだと思わない?」


「ああ、うん。確かにそうだね。バレー部とか、水泳部とかが似合いそう」


「秤屋さんも三年生で、だけどそうは見えないって友達からからかわれてそう。風紀委員とか生徒会とか、そういうポジションが似合いそうだよね」


「あ~、わかるかも。でも委員長とか会長とかじゃなくって、誰かに指示してもらう立場の人間っぽい」


「ふふふ、そうだよね。それで、三瓶さんは――」


「一年生の合唱部なのは間違いない。で、個人的には大食いで有名であってほしいな」


「あははっ、それもいいかも! 綺麗でかわいいから、きっとクラスメイトたちからも可愛がられてるんだろうなあ……」


 一人ずつ、同期たちが学生だった場合の妄想を話して楽しむ零と有栖。

 そうやって話を進めていった二人は、遂に自分たちについての設定を固めていく。


「零くんは……運動系の部活が似合うけど、料理部に所属してそうだよね」


「そういう有栖さんは吹奏楽部とかが似合いそう。フルートとか、そういう楽器を演奏してる姿が想像できるよ」


「ふふっ、ありがとう! ……みんなの年齢から考えると、私たちは二年生だよね? そしたら、きっと私たちはクラスメイトで、それで――」


「……それで?」


 自分たちが所属していそうな部活を挙げ合った後、関係性についての話に移る有栖。

 同じ二年生で、クラスメイトで……という部分まで語ったところで言葉を区切った彼女に続きを促すように零が声をかければ、有栖は少しだけ口をもごもごさせた後、こんなことを言ってのけた。


「――クラスメイトで、仲が良くって……恋人とかに、なるのかな……?」


「んぐっ……!?」


 有栖の大胆な発言に妙なうめき声を上げながら息を飲む零。

 今、この場には自分たち以外の誰もいないのだからこんな冗談を言っても何も問題はないのだが、ここまでの写真撮影の影響か、どうにも今の有栖の発言を冗談として受け取ることができないでいる。


 というよりも、お互いに部活が終わるまで相手のことを待ってから一緒に下校したり、そのまま制服姿でどこかに遊びに行ったり……という、学生デートをしている自分たちの姿が容易に想像できてしまっていることが、零の羞恥心を掻き立てていた。

 そしてそれは有栖も同じであるようで、自分で言ったのにも関わらず、彼女は本当に恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いている。


「あ、あははははは! そ、そういう設定も面白そうだけど、流石に俺が炎上しちゃうんじゃないかな~? やっぱ恋人設定はマズいって~!」 


「そ、そうだよね! 面白そうかなって思ったけど、私も零くんも炎上しちゃうよね! 考えが足りなかったな~!」


 そうやって、甘酸っぱい沈黙が漂う部屋の空気に耐えられなくなった零が、これはあくまでVtuber活動の中で声劇の台本を書いてもらう場合の設定の話であるということを全面に出しながら明るく笑い飛ばすかのように有栖に突っ込みを入れた。

 有栖もまたそんな彼の発言に笑って応えた後、何事もなかったかのように彼へと言う。


「しゃ、写真撮影はもう十分だよね? これだけあれば、加峰さんも資料には困らないだろうし……終わりにしよっか」


「そ、そうだね。じゃあ、俺はこの辺で……」


「あ、ありがとうね、零くん! 晩御飯のおかずだけじゃなくって、写真撮影にまで付き合ってもらっちゃって……」


 撮影会をお開きにした後、帰宅しようとする零を見送りに玄関まで一緒に向かう有栖。

 扉を開け、家を出て行く彼に手を振りながら、彼女はまだ赤みが差している顔を見せながら、別れの言葉を口にする。


「じゃあね、零くん。また明日……」


「あ、うん……また、明日……」


 ゆっくりと扉が閉まり、お互いの姿が見えなくなるまで、有栖と零は相手のことを見つめ続けていた。

 バタン、という音と共に扉が閉まった後、先程の彼女と同じように段々と顔を赤らめていった零は、口元を手で覆いながらぼそりと呟く。


「なんか、彼女を家まで送った時の別れ際みたいだったな……」


 そう呟いた後、自分の思考が先程の有栖の言葉に引っ張られていることを自覚した彼は、ぶんぶんと頭を振ってその妄想を追い出した。

 気を取り直して、何事もなかったと思い直して、どこかぎこちない動きで家へと帰る彼の顔は、夕日のように真っ赤だったとか。


 ……余談ではあるが、それから暫く後に薫子によって梨子の現実逃避が露見した結果、有栖の学生服姿の写真は彼女に絶対に送るなというお達しが零の下に届くこととなった。

 自分のスマートフォンにのみ記録されている有栖の写真をどうすべきか悩む零は、それを消すこともできずに日々悩み続ける羽目になったそうな。


 めでたし、めでたし。

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