ジョーク、広まる
本当に軽い気持ちだった。こんなことになるとは思ってもみなかった。
軽く笑われて、少し喜んでもらえて、明日の昼頃には全てを元通りにすれば済む話だと思っていた有栖であったが、事はそう単純ではないようだ。
未だに治まる様子の見えないSNSの反響に怯えながら、彼女は通知のアイコンをクリックして自分の下に寄せられているコメントを確認していく。
【遂に、遂にですか! 本当におめでとうございます! 夫婦で末永くお幸せに!!】
【結婚式の配信はいつですか? ご祝儀スパチャ送りまくります!】
【くるるんは嘘つかないって言ってたし、これも本当だな! ヨシ!!】
「ぴえぇ……!?」
ざっと確認しただけでこんな感じ。似たようなコメントが100件も200件も送られてきている。
これだけでもマズいというのに、同僚たちが面白おかしく(半分以上本気で)このことを弄っているのも問題を加速させていた。
【結婚おめでとう! お姉さん、チップを沢山稼いでご祝儀として贈るね!】
たらばはロールプレイをしながらいつも通りの底抜けに明るいコメントを送ってきているし――
【同期が結婚ってマジ? うわ、スーツ仕立てなくちゃ……】
愛鈴も男性っぽいコメントで有栖の投稿に触れてくるし――
【わーの、ぱぱとままです! いつもらぶらぶで、ふたりともだいすきです!】
リアに至っては名前を【くるめいの娘】に変えつつ思いっきりこのネタに乗ってくる始末だ。
それだけではない。有栖が見知った面々もまた、自分のジョークを放置してこの嘘に便乗してきている。
【結婚式の余興として1曲歌おうか? 遠慮はいらないよ@獅子堂マコトのギターのピック】
【3分前まで赤ちゃんになったオギャってたけど気が付いたらおばあちゃんになってたっす@柳生しゃぼんおばあちゃん】
【急募・友人代表スピーチを恙なく完遂する方法&結婚式でのマナーを学ぶ手段@魚住しずく】
【くるめいの子供に生まれ変わるためにちょっと来世にジャンプしてきます@黄瀬祈里(SunRise公式)】
【オギャー! オギャー! オギャー! オギャー! @くるめいの子供に転生したPマン】
この他にも1期生の先輩たちから祝福のメッセージだとか、少し前にデビューした後輩たちからのお祝いの言葉だとか、そんなコメントが次々と送られてきている。
およそ1年前に発売された『くるめいスペシャルセット』の結婚式ポスターの画像を【これは今日という日の伏線だった……?】というコメントと共に投稿するユーザーも出てきてしまえば、興奮は留まることを知らずに高まり続けてしまう。
もう無理だ、どうしようもない……幸いなことに悪い意味での盛り上がりではなく、祝福や応援のコメントだけが送られている状況ではあるが、それにしたってこの熱狂は何時まで続くのだろうか?
もしも零が起きていたら現在進行形で頭を抱えているんだろうな~だとか、もしかしなくともこんな不用意な発言をしてしまった自分に怒ってるよな~だとか、他にも色々な不安点があるものの、最大の問題に比べればそんなものはどうだっていい。
目下最大の問題は、どうやってこの嘘を終わりにするか? だ。
当初の予定では【離婚しました】とでも投稿すれば全てが終わりになると思っていたが、そんなコメントをした暁には自分ではなく枢が大炎上する羽目になるだろう。
かといってこのネタを引っ張り続けることは不発弾を抱え続けることと同じであるし、早急な解決が必要だ。
有栖は考えた。自分がやってしまったことに対する責任を取る方法を必死になって考え続けた。
そして……自分の力ではどうしようもないことを悟ると、何よりも優先すべきこととして零への謝罪のメッセージを打ち始める。
【本当にごめんなさい……許してください……】
明日の朝、起床した零がSNSの賑わいを目にしたらどんな反応を見せるのかと不安に思いながら、彼へと謝罪文を送信する有栖。
その後、どうにかして問題を解決できないかと考える彼女は、PCの前で唸り声を上げ続けたのであった。
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