後編
「できればキャンディを持って帰ってもらえると助かります。沢山余ってるし、食べるのにも時間がかかるんで」
「坊やがお願いするのならそうするっす! ちなみに、お返しとしての意味は?」
「あなたのことが好き、ですよ。これはマシュマロと逆の意味ですけど、同じく炎上しそうなんでお返しには使えなかったんです」
「ああ、なるほど……」
嫌悪感を伝えるマシュマロとは正反対の意味を持つキャンディだが、それもそれでお返しに使うと火種になってしまう。
うっかり沙織にこれを渡してしまおうものなら、大量の火炎瓶が零の下に投げ込まれることになるだろうと想像した梨子は納得すると共に頷くと、大量に余っているキャンディを袋に詰め込みながら他のお菓子を指差して言った。
「クッキーも大量に余ってるっすね? こっちはどうしたんすか?」
「いや、メジャーなお返しだし意味もいい感じだったから、ついつい買い過ぎちゃって……ちなみに意味はあなたはいい友達ですよ」
「ははあ、なるほど。取り扱いしやすそうでいいっすね! スタッフさんとか2期生のみんなにはこれかな?」
「まあ、そんな感じっす。秤屋さんもそうですけど、三瓶さんの場合は賞味期限が長いお菓子の方が郵送しやすいんで」
トントンと余ったクッキーをまとめ、段ボールの中に放り込みながら零が答える。
梨子を手伝ってお返しの品を梱包する作業に着手した彼は、また別のお菓子を指しながら話を続けた。
「来栖先輩と薫子さんにはバウムクーヘンにしました。これからもよろしくって意味合いなんで、2人にはぴったりかと」
「ああ、年輪重ねてるみたいなイメージありますしね! 豪華ですし、目上の立場である相手にちょうどいいお返しじゃないっすか!」
お返しの定番ともいえるバウムクーヘンの意味に納得しつつ、それを渡す相手のセレクトにも感心した梨子が大きく頷く。
そうした後、自分の目の前にバウムクーヘンと同じ焼き菓子が転がっていることに気が付いた彼女は、零にそれについて質問した。
「マドレーヌにも意味はあるんすかね? お祝いのイメージ強いっすけど、こいつは誰かに送ったんすか?」
「マドレーヌの場合は、あなたともっと仲良くなりたいですね。陽彩さんに贈らせてもらいました。同い年ですし、もっと打ち解けられたらなと思って」
ゲームの大会を機に仲を深めた陽彩に対して、友人としての親愛を込めた品を送った零は、テーブルの上のマドレーヌを拾うと小さく微笑んでからそれも箱の中にしまった。
そして、最後に残った小さな箱……長方形をしたおしゃれなそれを掴んだ彼は、それを軽く振って中身を梨子へと教えながら言う。
「こいつはキャラメルですね。喜屋武さんにお返しとして贈りました。意味は……あなたといると安心する。年上で頼れるお姉さんなんでこれにしたんですけど、俺を燃やす回数もトップだから今考えると皮肉っぽいかなぁ……?」
「ははは! 沙織ちゃんはかわいいけど迂闊っすからね~! 確かにちょ~っと安心はできないかな~?」
「……言っておきますけど、加峰さんも俺を燃やす回数は喜屋武さんと並んでトップタイですからね? 他人事だと思わないでくださいよ」
「あひぃっ!? ご、ごめんちゃい……」
息子からの容赦ない突っ込みにびくんっ、と体を震わせた後、この部屋を訪れた時と同じように泣き始める梨子。
零はそんな彼女にお返し用に包装した大量のキャンディを手渡すと、廊下に続くドアを開きながら言う。
「さあ、これで問題は解決しましたね? 今日も俺は配信があるんで、さっさと帰ってください」
「うっす。どうもっす……本当に助かりました。以後、こんなことにならないよう、気を付けさせていただきます……」
どっちが先輩でどっちが後輩なのかがわからなくなるようなやり取りを繰り広げつつ、玄関へ。
零に見送られて彼の家から出ようとした梨子であったが……そこで何よりも重要なことに気が付き、ぴたっと動きを止めた。
そのままキリキリと鈍い動きで振り向き、訝し気な表情を浮かべている息子の顔を真っ直ぐに見つめた彼女は、半分怒っているような口調で彼を問い詰めていく。
「危なかった! 危うく忘れるところだったじゃないっすか!!」
「はぁ? 忘れるって、何の話です?」
「お返し! これまで誰に何をあげようとしてるのか聞いてきたっすけど、誰よりも大事な有栖ちゃんの名前が出てないっすよ!? まさか忘れてるわけじゃあないっすよね!?」
「はぁぁっ!? んなわけないでしょうが! あなたと同じだと思わないでくださいよ! ってか、何で有栖さんのことに加峰さんがムキになってんですか!?」
「未来の娘になる女の子の話なんだから当然でしょうが!? 何を用意したんすか!? 本当に用意してあるんすか!? もしもママに嘘をついてたら、この飴ちゃんを帰り際に坊やからだって言ってプレゼントしてやるっすよ!」
「ええい、めんどくせえ!! 余計なことすんじゃない、このダメ母が!! 下らないことで騒いでないで帰れ! 帰って仕事か配信をしろ!!」
ぎゃーぎゃーと玄関で騒ぐ梨子を家から蹴り出した零が、勢いよくドアを閉めると共に鍵をかける。
はぁぁぁ……と、疲労感に深いため息を吐いた彼は、ゆっくりとした足取りで再びリビングに戻ると隠してあった小箱を取り出し、呟いた。
「絶対にあの人にだけは言ってたまるか。馬鹿みたいに騒がれるに決まってる……!!」
透明なフィルムから覗いているのは、丸い形をしたカラフルなお菓子。
羊坂芽衣のイメージカラーである白と黄色をしたそれを丁寧に包装した彼は、他のお菓子たちと並べてからリビングを離れる。
しっかりと用意してあった有栖用のお返し。好意とも友愛とも違う意味を持つそれは、零が彼女に抱く想いをこれ以上ないくらいに的確に表していた。
マカロン……あなたは特別な人。
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