#陰謀が動き始めたぞしゃぼん



『ぶえぇぇ~~ん! なんでこうなるんすか~!? 折角、楽勝ムードのままクエストが終わると思ったのに~!』


 暗い森の中を1人で進むくるるを操作するしゃぼんが、実に情けない声で自分と息子の不幸を嘆く。

 つい数分前まで勝利を確信して元気いっぱいだったというのに、今やその気配のかけらも感じさせない彼女へと、リスナーたちはいつも通りのコメントを投げかけていった。


【#調子に乗るからだぞしゃぼん】

【#人生は甘くないぞしゃぼん】

【#それはそれとしてくるめいを阻んだ奴は駆逐しようなしゃぼん】


『んぐへふうぅう……! どうして坊やを1人きりにしちゃうんすか~!? めいちゃんを返してくださいよ~!』


 貴重な回復役であり、息子の正妻であるめいがパーティメンバーから離脱してしまったことを嘆くしゃぼん。

 3つ目の仕事をこなす前、村長から彼女には他にやることがあるからと強引に離れ離れにされてしまった結果、くるるは単独で最後の仕事に臨むことになってしまっていた。


 この森の奥にある花畑で『綺麗なブーケ』を作り、それを納品するというこれまでと変わらないおつかいクエストではあるものの、自傷技を持つくるるを回復してくれるめいがいなくなった今、その道のりは困難を極めている。

 最初の時のように調子に乗って技をバンバン使うことはしないものの、これまでテンポよく倒せていた敵から反撃をくらうようになったことで、くるるのHPは着実に削られてしまっていた。


『うぅぅ……ここまで拾った回復アイテムを節約できてたお陰でどうにかなってるっすけど、念のためにめーめー村でアイテムを購入しておくべきだったっす……』


 まだアイテムに余裕はあるが、ここまで稼いだお金も十分に余っているのだから村で万全の状態になるよう、アイテムの追加購入をしておくべきだったかもしれないと後悔するしゃぼん。

 いつまで続くかわからない森の道を突き進み続けた彼女は、ようやくゴールである花畑へと辿り着くと安堵のため息を漏らした。


『よ、よかったぁ……! あとはここでお花を摘んで、ブーケを作れば仕事は終わりっすよね? これで何とか坊やを自由の身にできるっすよ~……』


 勤勉に、真面目に、言われた通りに花を摘むくるるの姿を眺めながらしゃぼんが言う。

 これで息子に課せられた3つの仕事も無事に終わり、くるるも解放される……と、安堵していた彼女であったが――


「モコーッ!」


「モコモコーッ!!」


「わわっ!? な、なんだぁ!?」


 そんな彼女……もとい、ゲームの主人公であるくるるの前に、奇声を上げながら数体の毛玉たちが姿を現した。

 突然の派手な登場に驚くくるるへと、毛玉たちは敵意を剥き出しにしながら叫ぶ。


「この間はよくもやってくれたモコね! 今日はそのお返しをしてやるモコ!」


「アル・パカーノ伯爵からの命令モコ! お前にはここで死んでもらうモコよ!」


「今頃、伯爵はめいちゃんを連れてお屋敷に戻っている頃モコ! あとはお前を始末したと報告すれば、障害は何も残らないモコ!」


「な、なんだって!? お前ら、めいちゃんをどうするつもりだ!?」


「モココココ! 馬鹿な奴モコ! 今まで自分がめいちゃんと伯爵様の結婚式のための準備をさせられていたことに気が付いてなかったモコね!」


「あとはそのブーケを届ければ全ての準備は完了モコ! 安心するモコ。お前の役目はここで終わり! そのブーケは、お前に代わって我々が伯爵様に届けてやるモコ!!」


『う、うわーっ!? 言われてみればその通りだったーっ! ドレスにティアラにブーケって、全部結婚式に使うアイテムじゃないっすか!? え? じゃあ、村の連中もグルになってる系? ここで坊やがめいちゃんと引き離されたのも、奴らの策略にまんまと嵌ったって、コトォ!?』


【#気付いてなかったのかよしゃぼん……?】

【今明かされる衝撃の真実! ジャジャーンッ!】

【アル・パカーノ伯爵……お前、越えちゃいけないラインを越えちまったなぁ!!】


 物語が急展開を迎える中、くるるの命を狙う毛玉たちが群れを成して彼へと襲い掛かる。

 合計5体の毛玉たちと1人で戦わなければならない不利な状況に追いやられた息子の分身を見つめるしゃぼんは、この危機を乗り越えるために脳をフル回転させて最善の1手を探っていった。


『こ、ここはしょうがないっす! 1体始末するのに時間を掛けてたら袋叩きにされるだけっすし、リスクを承知で技を使うしかないっす!!』


 回復手段が限られた状態なので乱発を控えていた『炎上斬り』だが、今はそのデメリットを理解した上でも使う価値がある場面だ。

 というわけで、この森に入ってから節約していたHPを消費して、確実に1体ずつ毛玉たちを始末しようとしたしゃぼんであったが、そこに予想外の幸運が訪れた。


「んっ! 新しい技を思い付いたぞ!!」


『えっ!? このゲーム、技を閃くとかあるんすか!? ちょ、変な技とか覚えないっすよね!?』


 『炎上斬り』を放つ寸前、新しい技を閃いらしきくるるがしゃぼんの命令を無視してその技を繰り出す構えを見せる。

 どうか覚えた技がまともなものでありますように……と、彼女が祈る中、メッセージウィンドウの表示と共にくるるが新技を発動してみせた。


―――――――――――――――


 くるるは『拡散炎上斬り』を覚えた!!

『拡散炎上斬り』……HPを少し犠牲にして、相手全体に炎属性での強力な斬撃攻撃を繰り出す。


―――――――――――――――


『おおっ!? このタイミングで全体攻撃を覚えるだなんて、流石は坊やっす!!』


【考える限り最高のタイミングで習得したな! さすくる!!】

【まさかしゃぼん、こうなるように技の使用回数を調整して……いや、ないな】

【#運を味方に付けて息子を燃やすなしゃぼん】


 なんともまあ、絶好のタイミングで全体攻撃技を覚えてくれたくるるが『拡散炎上斬り』を毛玉たちに繰り出す。

 炎に包まれた剣が横一閃の軌跡を描き、赤い残光と共に炎の熱を味わわせる斬撃を受けた敵たちは、オーバーなリアクションを見せる特殊演出でそのダメージを表現していた。


「ウギャーッ!? あ、熱いモコーっ! 体の毛に炎が燃え移ったモコーッ!」


『おっ!? まさかまさか!? こいつら、炎属性が弱点だったりするっすか!?』


【大正解。これが炎属性の技を最初に覚えてることの最大のメリット】

【炎上斬りは元々強力だから、弱点を突けばほぼ間違いなく毛玉たちを一撃で仕留められる。これがデカい】


 偶然にも敵の弱点を突ける技を習得したくるるは、たった1度の攻撃で5体の毛玉たちを倒してしまった。

 どさりと花畑に倒れて呻く毛玉たちは、悔し紛れに自分たちを見つめるくるるへと捨て台詞を吐いてみせる。


「く、くくく……! まあいい、モコ……! ここで我々を倒したとしても、お前がアル・パカーノ伯爵に勝てるわけがないモコ……!」


「今頃、めーめー村も半壊している頃モコ。あの馬鹿な村人たちがめいちゃんを守り切れるわけがないモコよ……! どのみち、運命は決まっているモコ。がふっ……」


 気絶する寸前に彼らが口にした言葉から、アル・パカーノ伯爵がめいを連れ去ったこととめーめー村が襲われてしまったことを理解したくるるが一目散に村へと駆け出す。

 めーめー村の方角から黒い煙が立ち昇っていることを見て取った彼は一瞬だけ立ち止まると、歯を食いしばって更に速度を上げて村へと走っていった。

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