帰宅



「くぅ~~っ! 疲れたぁ……」


 その日の退勤時、界人は大きく伸びをしながら思ったよりも過酷だった今日1日の勤務について振り返っていた。

 無論、その内容の大半を占めるのはあの転売ヤー2人組と関わった騒動のことで、企業側のカウンターも含めて一気に色んな情報が流れ込んできたなと界人は思う。


「おっ、やっぱこうなってるか。ざまぁみろ、だな」


 スマートフォンを取り出し、ここ数日ちょくちょくチェックしていたフリマサイトを開く界人。

 そして、昨日まで強気な値段で転売されていた数々の商品が軒並みその半額以下になっていることを見て、感想を呟く。


 夏コミフェスで仕入れた商品のほぼ全ての再販が決まった今、自分たちが大枚をはたいて購入した数々のグッズを購入する客がいなくなったことを理解している転売ヤーも、どうにかして赤字を減らそうと必死だ。

 中には【くるめいスペシャルセット】に封入されているグッズを個別にし、更に公式サイトが出している値段よりも低い値で売ろうとしている業者もいるようだが、そんな彼らに寄せられる反応は冷ややかなものばかりだった。


【もう少し金を出せば新品が買えるのに、わざわざこの値段で中古の商品を買う馬鹿なんていねえよwww】

【昨日まで数万出せって言ってた転売ヤーども、再販が決まった途端にこれか。めっちゃウケるんだけどwww】

【そもそも転売ヤーに金出す馬鹿なんていねえよ。欲に負けて高い金で転売品に手を出した馬鹿どもも含めて、いい教訓になっただろ】


 見苦しく足掻く転売ヤーたちに救いの手を差し伸べる者などいるはずもない。

 彼らのせいで辛酸を舐めさせられていた一般ファンからすれば、転売ヤーなど憎むべき存在以外の何者でもないのだから、当然の話だ。


 あとは、再販決定の情報が出回るまでに我慢できず、転売品を購入してしまった一部のファンにとってもこのニュースは悲しむべきことではあるのだろうが……それも己の忍耐力がなかったが故の悲劇であると思い、諦めてもらおう。

 これを機に、企業側が買い占められたグッズの再販を行う可能性もあるということを理解し、次に同じ目に遭った時に我慢できるようになっていてほしいと、界人は思った。


 総合的に考えるならば、夏コミフェスを舞台にした転売ヤーと各企業との戦いは企業側の勝利という形に終わったといって差し支えないだろう。

 持ち込んだグッズを転売ヤーたちが買い占めてくれたお陰で商品は全て売り切れたし、その上で買えなかったファンたちにも受注生産という形で供給が行き渡るようにしたお陰で更なる売り上げが見込めるのだから、文句なしの完全勝利だ。


 だが……これで世の中から転売を目論む非道な人間がいなくなるわけではないということを、界人は理解していた。


 この勝利は大きな勝利だ。しかし、それでも金儲けができる可能性がある以上、買い占めや転売に手を出す人間は現れる。

 そういった行為に対する法の整備が間に合っていないことも確かで、ライブやコンサートのチケットの転売に対する禁止法こそ定まったりはしたが、それ以外の部分はまだまだというのが現状だ。


 それに、世の中にはそういった転売という行為を正当化したり、擁護したりする者だっている。

 単純に理解の浅さが原因であったり、自分もまたそういう行為に手を染めているからこそ開き直ったりしている者たちが、転売を忌避する大勢の人々に責められて炎上するというのが常だが……と、考えた界人は、馴染み深いというワードから枢のことを思い出し、彼のSNSアカウントを開く。


 今回の件に関して、枢が何かコメントを出しているかもしれないと考え、目にも止まらぬ素早さ開いたで彼のアカウントを確認した界人は、その1番上の投稿を見て小さく微笑んだ。


【公式の方からコミフェスで販売されたグッズの再販が決まりました。我慢してくれたみんな、注意を呼び掛けてくれたみんな、本当にありがとう。みんなの手に届くまで少し時間はかかってしまうと思いますが、それまで楽しみに待っていてください】


 欲望に屈せずに自分を律し続けた者たちに、心くじけそうになった者たちに手を差し伸べた者たちに、真っ直ぐな感謝を告げる言葉。

 とても彼らしいなと思わせるそのコメントを送られている人間の中に、自分が含まれていることを感じた界人は嬉しさに浮かべていた笑みを強めると、拳を握り締めながら言う。


「愛してるぞ、枢。これからも一生、推し続けるからな……!!」


 世の中、まだまだ大変なことはある。だけど、今は推しが笑顔でいてくれるならそれでいい。

 単純で浅いが、大半のことが解決できるであろう明るい考えに頭を切り替えた界人は、上機嫌になりながら家までの道を歩いていく。


 今日もまた、推しの配信を観よう。そこでスパチャを投げまくろう……。

 夏コミフェスの陣とでもいうべき1つの戦いを乗り越えた推したちへの苦労を心の中でねぎらう彼は、今日の仕事の疲れを吹き飛ばしてくれるであろう枢の雑談に期待を寄せつつ、夜空に輝く星座たちを見上げるのであった。


―――――――――――――――


また完結まで時間がかかってしまい、申し訳ありません。

多忙だったのも理由の1つなんですが、この短編を没にした理由が【実際に現実で転売問題が騒がれていた】というものでして、某プラモデルの騒動が落ち着き始めたかな? といったところでV関連の転売問題が発生してしまって、これはマズいな……と思い、少し間を開けさせていただきました。


普段はあまり書かないリスナー側のお話を楽しんでいただけたら幸いです。

本編共々、こちらもよろしくお願いします。

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