転売


「嘘、だろ……!? まさか、もう……!!」


 その投稿に乗せられていたURLを震える指でタップした界人は、読み込みのため数秒を待つ間に心臓の鼓動を速めていた。

 【CRE8】のブース前で見た男性2人組の会話と無念そうな姿を思い出した彼がごくりと息を飲む中、表示された画面を見た界人は眩暈に襲われる。


 くるめいスペシャルセット、の内容で検索したフリマサイトの出品一覧を表示する画面には、既に数ページに渡る量の商品の販売が登録されており、その大半が通常価格の倍以上の値段を付けられていることを見て取った界人は悔しさにスマートフォンを持つ手に思わず力を込めてしまっていた。


 信じたくはないが、やはり……あのコミフェスには、転売を目的とした人間が多く訪れていたようだ。

 初日が終わり、オタクたちがその余韻に浸る間も与えることなく、彼らは金儲けのための行動を開始したというわけなのだろう。


 そう考えながら、ふとあることが気になった界人は、検索ワードを「同人誌」に変更して改めてサイト内の出品情報を確認してみた。

 そうすれば、数秒の読み込み時間の後、彼の思った通りの結果が画面に表示される。


「やっぱり、か……」


 失望、あるいは怒りを通り越した悲しみの感情を滲ませた声で界人が呟く。

 そこには、くるめいスペシャルセットなど比ではない量の同人誌たちの出品記録があり、そのどれもが界人が今日、目にした同人誌たちの値段の数倍の値が付けられていた。


 コミフェスに参加するサークルには、描いた同人誌をイベントでしか販売、配布しないようにしているものたちも少なからず存在している。

 取り扱っているアニメや漫画などの原作によっては、版権元が個人の同人活動を超えたと判断した場合は販売を差し止めることや、同人誌販売を請け負っている会社に取り扱いを停止するよう求める場合もあり、そういった本たちは基本的にコミフェスのようなイベントでしか手に入らないようになっている、のだが――


「そういう品こそ転売ヤーにうってつけの商品になるわけか……」


 容易に手に入る物ではなく、原作によっては高い注目を集めているものも多いが、あくまで本であるために仕入れ価格は千円程度で済む。

 基本的にページ数もそこまで多くはないためかさばらないことから大量に持ち運ぶことが可能で、しかも価格を5倍以上にしてもそこそこ手頃な値段になるため、金を出す人間がいる。

 そういった特徴を併せ持っている限定同人誌は、転売ヤーにとってしてみれば格好の標的であり、コミフェス会場はオタクたちだけでなく彼らにとっても宝の山になるというわけだ。


 界人が知っているわけもないが、過去にはコミフェス会場で無料で配られた限定配布ペーパーに数千円の値段が付けられて転売されたこともあった。

 文字通り、0から金を生み出す錬金術といった事象に味を占めた転売ヤーたちの中には、そういった限定本の情報を事前に仕入れて動き、それを転売することで儲けを出している者もいるのである。


「クソッ……! こいつらが買い占めなんてしなければ、コミフェス会場で普通にグッズや同人誌を買えたはずの人たちが沢山いただろうに……!」


 純粋に、単純に、欲しかった商品を手に入れられず、悔し涙を流すオタクたちを餌食とする転売ヤーたちの行いに怒りの感情を燃え上がらせる界人。

 フリマサイトを表示していた画面を閉じ、再びSNSを開いた彼は、「転売」をキーワードとして検索を行った。

 そして、その結果として表示された投稿の1つを目にして愕然とした表情を浮かべる。


 それは所謂晒し行為というやつで、別のSNSサービスに投稿された写真とその投稿者を告発する内容の呟きであった。

 その写真には、とても見覚えのあるVtuberたちのイラストが描かれた袋……くるめいスペシャルセットの袋が軽く10個以上は並んでおり、Vサインをする指と共に挑発としか思えない内容の言葉が投稿されていた。


【今日はオタクたちのためにこれだけの商品を仕入れてきました! 手間賃含めて10万くらいで売ってやるつもりです! あいつら馬鹿だから、喜んで俺たちの養分になってくれるでしょう!】


「こいつは……この、指輪は……!」


 写真に写っている、Vサインをしている指。そこに嵌められている指輪には見覚えがある。

 今日、入場の際、界人の真横にいた2人組の転売ヤーがしていたそれと全く同じだ。


 あの少女の言う通りだった。彼ら自身は購入することは出来なかったが、雇っていたアルバイトたちはくるめいスペシャルセットを購入し、彼らに渡していたのだ。

 彼女の言う通り……あの場での界人の勝利など、ただの自己満足でしかなかったのである。


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