戦果
そこからの数時間、界人は正に夢のようなひと時を過ごした。
同人サークルが並ぶスペースを見て回り、気になった同人誌を購入したり、コスプレイヤーが揃う広場でハイクオリティなアニメキャラや推しのVtuberの仮装を堪能したり、【CRE8】以外のVtuber事務所の出店ブースを確認したり、来期のアニメの情報を仕入れたり……と、界人は初のコミフェスを思う存分堪能出来たようだ。
始まりこそ不穏であったが、くるめいスペシャルセットを手に入れるという最大の目標を達成出来た上に、大きなトラブルもなくコミフェスを見て回れたのだから、思い出としては上々といえるだろう。
夏の暑さにも負けないサブカルチャーを愛する者たちの熱気を感じ、自分自身の心もまたその熱にあてられて燃え上がっていたなと振り返りながら、自宅に帰った界人は鞄に詰め込んだ本日の戦利品を取り出し、その中身を確認していた。
「いや~、思ってたより買っちゃったなぁ……! まあ、悔いのない買い物だし、構わないか!」
くるめいのイチャイチャCP本が数冊。2期生の学園パロディ同人誌が1冊に、【CRE8】所属タレントが全員出演するオールキャラギャグ本が1冊。ついでにたらくるの本(R18)が1冊。
同人サークルの漫画家たちが描いた珠玉のお宝本たちを目にしながら、それを丁寧に取り出して中身を確認する界人は、この散財こそしてしまったがこの買い物に後悔はないと改めて自分自身の判断に頷く。
こうして目に見える、形になっている戦利品もそうだが、今日という日の楽しい思い出もまた界人の中では大きな戦果として胸に刻まれている。
写真撮影は出来なかったが、目と記憶に焼き付けたコスプレイヤーたちの仮装であったり、様々な情報発表を同好の士たちと盛り上がったことであったり、恩人である謎の少女との出会いであったり……それもまた、かけがえのない大事な戦利品であるはずだと、界人は思っていた。
だが、しかし……やっぱり彼にとっての最大の戦利品は、当初からの目当てであったくるめいスペシャルセットである。
緊張して震える手で鞄の最奥にしまってあったそれを取り出した界人は、ごくりと息を飲んだ後でそれを開封し、中身を確認し始めた。
「お、おおぉ……っ!? す、すげぇ……!」
表と裏に枢と芽衣のイラストが描かれた特性の袋は、このセットを購入することでしか手に入らない特注品だ。
それだけでも十分に凄いというのに、中身もまたかなり豪華で多彩なグッズたちが封入されている。
枢と芽衣をどこでも並ばせることが出来るアクリルスタンドが1セット。2人をイメージした柄の、サイズ違いマグカップ&ティースプーンセットが1つずつ。
汗を拭うのがもったいないと思えてしまうような2人のイラストが描かれたマフラータオルに、様々なデザインのキーホルダーが複数個。
そして、最大の目玉である柳生しゃぼん描き下ろしポスターを確認し、生でその絵を見ることが出来た感激に包まれていた界人は、トップシークレットとなっていた3枚目のポスターの絵を目にして言葉を失った。
「お、おおぉぉぉ……っ!?」
胸の内に止め切れなかった感情が妙な呻きとなって口から溢れ出ていることを、今の界人は自覚出来ていなかっただろう。
今、この瞬間、彼の目は目の前にあるポスターを見つめる視覚にのみ集中しているのだから。
普段の軽装から打って変わった礼服……黒いタキシードを纏った枢が、僅かに笑みを浮かべているその姿に胸を打たれ、推しの普段とは違う姿を目にした界人が心臓の鼓動を早める。
だがしかし、そんな緊張と興奮はまだ序の口で、枢が大事に抱えているものの姿を見た瞬間、界人の心臓は口から何処かへ飛び出していってしまった。
純白の、穢れ1つない無垢さを表すかのような真っ白な衣装に身を包み、ピンクを基調とした美しく愛らしい花束のブーケを手にしたその姿。
きらきらとした金色の髪を陽光に煌めかせ、その輝きすらもくすんでしまうような満面の笑みを浮かべた芽衣が、大きく広がるスカートを枢に抑えてもらうかのようにお姫様抱っこされている。
2人の後ろに見える快晴の青空と、大きな鐘と、周囲に舞っているバラの花びらが、心底幸せそうな枢と芽衣の姿が、彼らが纏っている衣装が、このイラストのシチュエーションを物語っていた。
「や、やりやがった……! しゃぼん、あの野郎! やりやがったっ!!」
この感情をどう表せばいいのかがわからないが故に生まれた困惑の叫びが界人の口から飛び出す。
この3枚目のポスターに関しては、イラストを担当した柳生しゃぼんが自身の趣味を全開にしたと……そう書いてあった【CRE8】公式からのお知らせはなに1つとして間違っていなかったと、枢と芽衣を愛し、2人の幸せを願う者たちに向けられた最高の絵を確認した界人は、ようやく追いついてきた感情と思考を落ち着かせるように、呻くようにして呟いた。
「け、け、け……結婚式、かよ……っ!?」
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