現実


「警戒されてしまったかな……? まあ、それも当然か……」


 一方、会場に残された界人は、買い物を終えて足早に去った祈里の反応にそんな感想を抱いていた。


 明らかに年上であり、しかも初対面である男から話をしようと言われて、ほいほいとついて行く女性というのは早々存在していない。

 決して自分は美男子というわけでもないし、どちらかといえば厳つい顔をしているわけで、警戒されるのも当然の話だ。


 現役警察官が見ず知らずの少女にナンパ紛いの行動を取った、今の界人の行動を端的に表したならばそういうことになるだろう。

 同好の士に会えた嬉しさのままに軽率なことをしてしまったかもなと、恩人である少女に不快な思いをさせてしまったかもしれない自分の行動を反省していると――


「くっそ! やっぱ売り切れたか……!」


「しゃーないよ。争奪戦になるのは目に見えてただろ?」


「それはわかってたけど、でもなあ……」


 ――背後から聞こえてきた会話に気が付いた界人は、声がする方向へと顔を向ける。

 そうすれば、そこには本気で悔しがる男性と、予想通りだといった表情を浮かべるその友人と思わしき人物の姿があった。


「わざわざ始発で来たんだぜ? なのに、あんなに人がいるだなんて聞いてねえよ……」


「俺たち、田舎住みだからな。会場に近いところに住んでる人たちと比べて、距離の不利を背負ってるからしゃあねえって」


「こんなことなら前日からホテルにでも泊まっとけばよかったよ。くるめいスペシャルセット、欲しかったな……」


 どうやら彼らも【CRE8】と、枢と芽衣のファンであるようだ。

 予想以上の盛況を見せる公式ショップでは、目玉商品であるくるめいスペシャルセットは既に売り切れ状態になってしまっている。


 開場からまだ間もないというのに、もう売り切れてしまったのかと愕然した界人は、同時に自分が望んでいた商品を手に出来たことは本当に幸運が重なったからだということを自覚すると共に、腕に抱えたくるめいスペシャルセットを強く抱き締めた。

 そして同時に、ほんの少しだけ運命の女神に愛されなかったが故に争奪戦に敗れた同志たちへと、一種の罪悪感を感じながら視線を向ける。


「……一応言っておくけどよ、絶対に転売には手を出すなよ? さっき待ち時間にフリマサイト見たけど、3倍くらいの値段で出品されてた。いくら限定品だからって、あれはねえわ」


「マジかよ……? やっぱ転売ヤーが儲けのために買い占めてるんだな。くそっ、あいつらさえいなければ俺だってくるめいスペシャルセットを買えたかもしれないのに……」


 再び、愕然。

 既にくるめいスペシャルセットが転売されているという情報に驚愕した界人は、先の少女との会話を思い出すと共に身震いした。


 彼女の言った通りだ。自分たちは望んでいた品を入手出来たかもしれないが、それ以上の数の限定品が転売ヤーの下に渡ってしまっている。

 今日、販売されたくるめいスペシャルセットの内、いくつが真にそれを欲しがっている者の手に渡ったのだろう? そして、いくつが金儲けのために買い占めを行った汚い人間の手に渡ってしまったのだろうか?


「元気出せって。次点で欲しがってたたらばのおっぱいマウスパッドは買えたじゃないか。同人サークルも多く参加してるし、そっち見て回ろうぜ」


「ああ、うん……そうだな。いつまでもくよくよしてたってしょうがないもんな……」


 友人に慰められて諦めがついたのか、あるいはいつまでも沈んだ気分のままでは彼に気を遣わせ続けてしまうと考えて無理に元気を出したのかはわからないが、くるめいスペシャルセットを購入出来なかった男性はそのことを割り切ったようだ。

 ああやって、誰かに慰めてもらったり励ましてもらえる者はいいだろうが……単独でコミフェスに参加しているオタクが同じ目に遭ったら、気持ちを切り替えるのには相当な時間がかかるだろう。


 やはり自分は幸運だった。あの少女に出会えていなければ、もしかしたら自分だってああやって肩を落として残念がっていたかもしれないのだから。

 だが、同時に……彼女が言った、転売ヤーに対する根本的な解決にはなっていないという言葉を思い出した界人は、その正しさを噛み締めると共に、先程まで感じていた自己満足が急速に萎んでいくことを感じていたのであった。


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