The Show Must Go On
――BGMとして静かな弦楽器の演奏が流れる、暗闇の世界。
舞台の開演を告げるアナウンスが流れてから暫しの時間が過ぎた後、この静かな世界に観客たちが慣れた頃を見計らってゆっくりと幕が上がる。
男装した李衣菜をスポットライトたちが照らし、堂々たる様を見せる彼女に観客たちの注目が集まる中、李衣菜は張りのある大声で自身の台詞を読み上げていった。
「この国は今、滅亡の危機に瀕している! 人々は飢えに苦しみ、寒さに震え、明日に希望を抱けぬまま、長い夜を過ごし続けている! この国に希望の光を取り戻すには、今の政権を滅ぼすしかない! 革命だ! 太陽を燃え上がらせるために、今こそ剣を手に立ち上がるのだ!!」
腰から剣を引き抜き、それを高々と掲げる李衣菜。
中世の軍服を纏った彼女の演説が終わると共に、ステージに兵隊の格好をした大勢の演者たちが姿を現し、歌と踊りを披露し始める。
戦いの始まりを思わせる壮大な音楽を背に、李衣菜が勇ましい表情を浮かべて兵たちと踊り歌う。
見事なその演技とパフォーマンスを観賞する零は、隣に座っている祈里へとひそひそ声で話しかけた。
「凄いっすね、小泉さん。女優顔負けの演技じゃないっすか」
「努力してましたから。元々が努力家ですし、逆境の【SunRise】に入る仕事は完璧以上の水準でこなしてみせるって、李衣菜さんはここ最近ずっと張り切りっぱなしで……でも、今日はそれ以外にも気合が入る理由がありますし、それが1番の要因なんじゃないですかね」
「ははっ、まぁ、そうでしょうね……」
そうやって、ちらりと離れた席に座る沙織の方を見た零は、ステージ上の李衣菜を食い入るように見つめる彼女の姿を目にしながら祈里の言葉に同意した。
かつてのライバルであり、親友でもある沙織にいいところを見せるために、李衣菜は全身全霊で演技を行っているんだろうなと考えた零は、クールなようでいて直情的な部分がある李衣菜のらしさに微笑ましさを感じて小さく笑みを浮かべる。
こうして舞台で重要な役を与えられた李衣菜の、その重圧にも負けない見事な演技を目にしている沙織もまた、どこか興奮した面持ちで舞台を観賞し続けていた。
【SunRise】のライブではないが、他のメンバーと一緒にステージに立っているわけでもないが、今の李衣菜は以前のライブの時よりも輝いて見える。
それはきっと、迷いや後悔を振り払った彼女が、一心不乱に前を向いてパフォーマンスをしているから……今、目の前にいる観客たちに、自分の全てを注ぎ込んだ演技を見てもらおうと考えられるようになっているからこそ、彼女の姿がより魅力的に見えるのだろう。
沙織と零によってもたらされた転換期を経て、大いなる犠牲を支払った後に再始動した李衣菜は、その苦境を見事に乗り越えてみせた。
彼女が今、演じている軍人のように、長く苦しい戦いの果てに未来を掴み取った李衣菜は、舞台の上で大きく飛躍したその姿を観客たちと親友に披露する。
仲間たちを指揮し、大いなる権力に抗い、どんな困難も乗り越えて未来へと突き進む軍人の役柄は、今の李衣菜にぴったりだ。
主役やヒロインを食わんばかりの存在感を見せる彼女の演技に触発されたのか、他の演者たちも見事な演技を見せ、舞台を更に盛り上げていた。
(圧倒的な存在感……その場にいるだけで周囲の人間を鼓舞して、見る者を魅了する。小泉さんはやっぱり、類稀なるセンターとしての才能を持っているんだ)
まだ出会って1か月も経っていないが、同僚である沙織の凄さは零も理解している。
単純な才能や努力量、そして周囲の人間に及ぼす影響といったものを熟知している零は、そんな沙織と並び立っていたもう1人のセンターである李衣菜の凄さもまた、こうして再認識していた。
これまではきっと、後ろを向き続けていたことでその才能が十分には発揮出来ていなかったのだろう。
だがしかし、数々の苦境と事件を経て、再び前を向くようになった彼女は、それと同時に大いなる飛躍を遂げた。
今の李衣菜の姿こそが、沙織が知る本来の彼女自身の持ち味を全て引き出した姿であり、これからの【SunRise】を引っ張る、絶対的なリーダーとしての姿なのだ。
そんな彼女がいてくれるのなら、きっと大丈夫。
他のメンバーたちも李衣菜に負けぬよう努力を積むだろうし、それに負けぬよう彼女もまた更なる研鑽を積み続けるだろう。
文字通り……【SunRise】には日が昇った時のような明るい未来が待っているはずだと、そう確信する零。
そんな彼の想いを肯定するように、李衣菜が出演した舞台は大盛況の内に幕を下ろし、観客たちもまたその内容に冷めやらぬ興奮と共にスタンディングオベーションを送るのであった。
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