Closing After
「凄かったっすね、小泉さん。歌だけじゃなくて演技もやれるだなんて、本当に多才だなぁ……」
「うん! この舞台を契機に、お芝居の仕事も一気に増えるかもね! テレビドラマで李衣菜ちゃんを見る日も遠くないかもよ!」
舞台終了後、関係者との挨拶や公演の反省等をしているであろう李衣菜を待っていた零は、沙織とそんな話をしていた。
親友の晴れ舞台を最高の席で観賞出来たことを喜び、満面の笑みを浮かべて李衣菜の舞台についての感想を述べる沙織の姿を見ていると、どこか自分も嬉しくなってしまうなと考えながら、零はしみじみと夢に向かって歩き出した李衣菜に対する自分なりの印象を告げる。
「俺は、昔の小泉さんがどんな人だったかはわかりません。ただ、今のあの人の姿を見ていると、本当にアイドルって仕事が大好きなんだなって思います。目の前にいるファンたちのために全力のパフォーマンスをする。そういうところは、同じタレント業に就いてる者として見習いたいっすね」
「やっさー。李衣菜ちゃんは何事にも一生懸命で、努力を怠らない凄い人なんだよ~! 私のことや、あの事件のこともあって不安だったけど……でも、李衣菜ちゃんやみんななら乗り越えられるって信じてた。今日、その想いが間違ってなかったって確信出来て、本当によかったよ~!」
「色んな意味で感謝しなくちゃいけませんね、小泉さんに」
「ふふふ……! でも、私や李衣菜ちゃんたちが1番感謝してるのは、零くんなんだよ? あなたがいなきゃ、私たちはこうして昔のように顔を合わせたり話をしたりすることが出来なかった。自分に何の得もないっていうのに、私たちのために誰よりも一生懸命になってくれた零くんがいたからこそ、私も、【SunRise】も、新しい目標を胸に前を向くことが出来るようになったの」
そこで言葉を切り、零へと向き直った沙織が深々と頭を下げる。
そうしながら、これまでの出来事を思い返した彼女は、胸いっぱいの感謝の気持ちを言葉として零へと告げた。
「
「……うっす。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
向かい合った彼女とお辞儀をし合いながら、互いにこれからもよろしくと伝え合う零。
有栖の時と同様、色んな事件を経験した果てに頼りになる同僚として絆を紡ぐことが出来た沙織とは今後もいい関係を築いていきたいな……と、改まった挨拶に気恥ずかしさを感じて彼女と笑い合いながら考えていた零の耳に、祈里の声が響く。
「沙織さん、阿久津さん、お待たせしました。李衣菜さん、準備が出来たそうです。ファンの出待ちがあるので、裏で合流するのは避けて、私たちは先に店に向かってほしい……と、伝言を預かっています。予約した店までの案内は私がしますので、ついて来てください」
「そうっすか。そんじゃあ、俺はこの辺で……今日は楽しんできてくださいね、喜屋武さん」
沙織を迎えに来た祈里の話を聞いた後、一足先に寮に戻ろうとする零。
先の事件で多少の関わりを持ったりはしたが、自分はあくまで一般人。【SunRise】からしてみれば、部外者に等しい人間だ。
そんな自分が、メンバーと沙織との間に挟まるわけにはいかない。
ここは早めに退散し、沙織たちに水入らずの楽しい時間を過ごしてもらおう……と気を遣ったつもりの零であったが、彼の言葉を聞いた沙織と祈里は心の底から不思議そうな顔をしてこんなことを言い出す。
「え? 零くん帰るの? どうして?」
「今日は配信予定はないですよね? 急ぎで帰らなきゃいけないご予定とかがあるんですか?」
「……ん? いや、別に予定はないっすけど……え? 俺も行く流れなんですか?」
「えっ!? むしろ来ない予定だったの!? なんで!? どうして!?」
……なにか話が噛み合っていないと、2人の反応を見た零が気が付く。
てっきり、李衣菜の誘いは沙織にだけ向けられたものであって、零としては自分には関わりがないと思い込んでいたのだが……沙織はそうではなかったようだ。
「一緒にご飯食べようよ~! 先に帰っちゃうなんて、寂しいことしないでほしいさ~!」
「い、いや、小泉さんとか、他の方々も俺が来るだなんて思ってないでしょう? ここは昔馴染み同士だけで、余計な奴が間に挟まらずに楽しく食事とか話をすべきなんじゃ――」
「いえ、李衣菜さんも阿久津さんが来ると思ってます。予約の人数も7名で取りましたし、今更来ないと言われた方が困ります」
「でぇっ!? ま、マジっすか……?」
「はい、マジっす」
キラリ、と眼鏡の奥で瞳を光らせながら自分の質問に肯定の返事をする祈里の言葉に、零が表情を引き攣らせた。
李衣菜や【SunRise】メンバーの気遣いは嬉しいのだが、女性アイドル6名の中に男が1人というのは、どうにもアウェー感が強い。
だがしかし、李衣菜は自分のことを誘ってくれていたみたいだし、それを断るのも心苦しいし、今から予約の人数に変更があっても店に迷惑がかかるし……と、悩んで心がぐらつき始めた零へと、文字通りのアイドル級の美女2人によるWおねだりが炸裂する。
「一緒に行こうよ~! 私、零くんと一緒に美味しいもの食べたり、楽しくお喋りしたいさ~!」
「私としても、推しとオフで絡めるだなんて機会は逃したくありません。他のメンバーたちも阿久津さんに感謝を伝えたいと言ってましたし、一緒に来てくれませんか?」
「う、う~ん……」
……本編を含むここまでのお話をご覧になった皆さんならば既にご存じだろうが、この阿久津零という男は実に押しに弱い。
誰かにお願いされたり、頼りにされたりするとそれを無下に出来ない、面倒見のいい優しい男なのである。
そんな人間が、同期であるお姉さんと自分の熱心なファンである現役アイドルにこんなことを言われて、それでも食事会の参加を断れるだろうか?
いや、断れるはずがない。阿久津零という男は、そんなことが出来るような人間ではないのだ。
「わ、わかりました……そこまで進んでる話を断るのは申し訳ないっすし、俺も同席させてもらいます……」
「わーい、やったー! 零くんは優しいさ~! お金のことは心配しなくていいから、好きな物じゃんじゃん食べちゃってよ~!」
「ふふふ……! 推しと食事会、推しと直接会って話せる。Vtuberとしての裏話や表には出せないくるめいのてぇてぇ話が聞けるかも……ヌグッ!?」
無邪気にはしゃぐ沙織とまた心臓を抑えて悶え始めた祈里の姿を目にしながら、零は本当にこの選択肢を取ってよかったのかと今更ながら後悔し始めた。
お馴染みの焦げ臭いにおいまでしてきたし、やっぱり自分は失敗したんじゃないかな……と考える彼であるが、それは間違っていない。
本編を含むここまでのお話をご覧になった皆さんならば、もうとっくにご理解いただけているであろう。
この男、阿久津零は……どう足掻いても最終的に燃える運命にあるのだ。
というわけで、その火種となるアイドルとの飲み会に参加することになってしまった彼は、この瞬間に炎上ルートにしっかりばっちりと乗ってしまったのであった。(なお、行かなければ行かないでまた別の意味で炎上するので零に逃げ場はない)
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