They Meet Again
「……なんか、芸能関係者でもないのにライブとか舞台の裏方に入るのって緊張しますね。いや、これで2度目ではあるんですけど……」
「あはは! そう考えると、零くんは結構貴重な経験をしてるんだねぇ! 大半が私のせいなんだけどさ~!」
舞台が行われる会場の、楽屋に続く細い道を進みながら、零と会話をしていた沙織がからからと笑う。
開演が迫りつつある裏方で、慌ただしく動き回るスタッフたちの様子を眺めながら、零は隣を歩く彼女へと小さな声でこう問いかけた。
「ほ、本当に入って大丈夫なんですかね? 喜屋武さんならまだしも、俺は完全に部外者ですし……」
「ん~? 大丈夫だよ~。多分、李衣菜ちゃんが話を通してくれてるんだろうしさ~。じゃなきゃこんなにすんなり裏に通してはもらえないと思うよ~」
すいすいと人を避けながら進む沙織の後に続きながら、彼女の話を聞く零。
確かにまあ、関係者席のチケットを持っていたとはいえ、芸能人ではない自分がここまであっさりと裏方を見て回ることを許可されたのは、李衣菜が事前にスタッフに話を通してくれていたからなのだろう。
加えて、先程からすれ違うスタッフの中には、【SunRise】のデビューライブで顔を合わせた者もいる。
あの日のことを覚えている彼らは、当然ながら自分と沙織のことも知っているわけで、そういった部分も半分以上顔パス状態で裏に通されたことに関係しているのだろうと零は思った。
つい数か月前までただの学生だった自分が、顔パスでアイドルの楽屋に案内されるようになるだなんて想像もしていなかった。
現実味を感じさせない状況に放り込まれている零は、未だにこれは長い夢かなにかなのではないかと自分を疑いつつも、同時にこれが紛れもない現実だということを理解してもいる。
現実は小説よりも奇なり……というが、やはりこれはやり過ぎだ。
Vtuberデビューから続く自分の波乱万丈が過ぎる道のりを思い返した零は、それがたった数か月の間に起きたということを思い返して、げんなりとした笑みを浮かべた。
「……お? あそこが小泉さんの楽屋っぽいっすね。黄瀬さんとかもいるかもしれないし、しっかりお礼と挨拶しとかねえとなぁ……」
そうやって、沙織に先導されながら細い道を進んでいった零は、横に李衣菜の名前が書いてある紙が張られた扉を見つけ、小さな声で呟いた。
以前に顔を合わせた時からそこまで時間は経っていないが、なんだか久しぶりな気がする【SunRise】メンバーとの再会に緊張する零が気を引き締めるように呟きを漏らす中、彼の前を歩いていた沙織が不意に脚を止めた。
「うおっと……? きゃ、喜屋武さん……?」
緩やかな速度で歩いていたお陰でぶつかっても大した被害は出なかったが、唐突に動きを止めた沙織の姿に異変を感じた零が彼女へと声を掛ける。
暫し押し黙り、もう間近にまで迫った李衣菜の楽屋に続く扉を見つめていた沙織は、小さく息を吐くとこんな言葉を口にした。
「……どんな顔して会えばいいのかな? なんか、急にわかんなくなっちゃったや」
「えっ……?」
「アイドルを辞めた私が、これからステージに立つ李衣菜ちゃんにどんな顔して会えばいいのかな、って……事務所で顔を合わせた時は、半分以上は仕事だったしさぁ……今更なんだけど、急にそんなことを思っちゃったんだよね」
苦しそうでもなく、悲しそうでもなく、ただただ本当に疑問の感情しかない沙織の言葉を、黙って聞き続ける零。
沙織が自分なんかとは比べ物にならない緊張を感じていることを悟った彼は、軽く息を吸うと彼女のお株を奪うような明るい声でこう言った。
「普段通りの喜屋武さんでいいと思いますよ。っていうか、どんな顔したらいいかとか考えなくて平気ですって! 小泉さんも喜屋武さんに会えるだけで嬉しいでしょうから、元気な顔を見せてあげればそれで十分っすよ!」
「普段通り……元気に、かぁ……」
しみじみと零の言葉を噛み締めるようにして繰り返した沙織が、深呼吸を2度行う。
吸って、吐いての動きに合わせて大きく膨らむ胸から零が大慌てで視線を逸らす中、完全に元通りになった彼女が弾けるような笑みを浮かべながら彼へと言う。
「そうだね! こんなくだらないことでああだこうだ悩むなんて私らしくないさ~! これから舞台に上がる李衣菜ちゃんに余計な不安を与えないためにも、まずは私が肩の力を抜いた自然体でいなくちゃね~!」
普段通りの底抜けに明るいお姉さんの姿を取り戻した沙織が、くすくすと笑いながら零の方を向く。
世の男たちの心臓を1発で射貫く可愛らしいウインクを彼へと飛ばした彼女は、年下の同期へと感謝の言葉を告げた。
「ありがとうね、零くん。ま~たお世話になっちゃったよ~。どうする? 追加でもう1つお姉さんに貸しを作っとく?」
「遠慮しておきます。この調子でいくと、俺は一生消費し切れないくらいに喜屋武さんに言うことを聞いてもらう権利を保持し続けることになりそうなんで」
「あはは! いいじゃない、それ! お姉さんのおっぱい、揉み放題だよ~!」
「だから、人の多いところでそういうこと言うの止めてくださいって。下手すると、これも貸しになるんすからね?」
変わらない沙織の開けっ広げな言動に苦笑しつつ、彼女に突っ込みを入れる零。
言われてすぐに彼に貸しを作るような真似をしてしまったことにぺろりと舌を出してやっちゃった、というような表情を浮かべた沙織は、改めて深呼吸をすると李衣菜の名前が書かれている楽屋の扉の前に立った。
僅かな緊張を胸に、ゆっくりと右手を胸の高さまで上げた沙織は、軽く握ったその手で目の前の扉を短く2度叩く。
こんこん、という乾いた音が響いてから数秒後、扉の向こうから馴染みのある声での返事が聞こえてきた。
「はい。どうぞ、入って大丈夫ですよ」
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