Driving Heaven Road



「ちょっと込み気味ですね。でもまあ、そんなに心配することでもないでしょう。話を急に変えて申し訳ないんですが、お姉さんの方は沖縄出身なんですかね?」


「やっさー! わんねー、うちなー出身の島人しまんちゅよ~!」


 緩やかに走り出した車内にて、運転手からの質問に沖縄の方言を全開にして沙織が答える。

 茶目っ気たっぷりのその回答にバッグミラー越しに笑みを見せた運転手は、続けて零へと質問を投げかけた。


「そっちのお兄さんは……沖縄の人っぽくないなぁ。鈍りもないし、日焼けもしてない。こっちの人ですかね?」


「あ、はい。そうっすね」


「やっぱりそうでしたか。となると、年齢から推察するに、お二人は大学生ですかね? お姉さんの方が上京してきて、こっちでお兄さんと出会ったとか?」


「う~ん、まあ、そんなところですかねぇ……」


 大方は想像通りな運転手の推理を肯定する零。

 無理に否定したりして、あれやこれやと職業やらなんやらを探られたりするのは嫌だし、警戒心0の沙織がうっかり自分がVtuberであることを運転手に話してしまう可能性を考えても、こういう話は適当に流しておく方が吉だと彼は考えたようだ。


 しかし、自分の推理が当たったことを喜ぶ運転手は、更に踏み込んだ質問を2人へと投げかけてきた。


「なるほど、なるほど! で? 今回のデートは、どちらが誘ったんですかね?」


「うぇっ!? い、いや、これはデートとかじゃなくって――」


「私の方さ~! 急に呼び出しちゃったんだけど、彼が優しくて助かったよ~!」


「ああ、やっぱりそうでしたか! お兄さんの方はちょっと奥手っぽい雰囲気がありますからね~! お姉さんの方にリードされてるんだろうな~、って感じはしたんですよ~!」


 またしても自分の考えが的中したことにご満悦なタクシー運転手は、ニコニコと笑いながらそんなことを口走った。

 なんだか彼が妙な勘違いをしていることに気が付き始めた零がその誤解を解くために口を開こうとするが、沙織と運転手の会話は彼が口を挟む隙を見つけ出せないほどの盛り上がりを見せてしまっている。


 運転手の方に視線を向ければ彼からの微笑ましい視線に耐え切れない羞恥を感じてしまうし、かといって沙織の方を見れば強調された特大山脈が嫌でも目に入り、そちらへと視線が吸い寄せられていることが彼女にもバレてしまうだろう。

 そのため、ただただ無言で俯き、耐えることしか出来なくなってしまった零であったが、そんな彼の姿が運転手の目には姉さん女房的な彼女の尻に敷かれる気弱な彼氏という風に映ってしまったらしい。


 一層ノリノリになって話を続ける彼は、零へとこんな風にして声を掛けてきた。


「いやいや、お兄さんが羨ましいな~! やっぱり恋人にするなら年上の女性がいいですよね! リードしてもらえる感覚というか、振り回される感覚というか、そういうのが堪らない人には最高ですよ!」


「おっ? その口振りから察するに、運転手さんは年上の奥さんを貰ってるな~?」


「あはは、バレましたか? うちは女房が2つほど年上でしてねぇ……! ちょっと気の強いところがあるんですが、それがまたいいんですよ。お兄さんもそう思うでしょう?」


「え、ええ、まあ、そうっすねぇ……」


「ですよねぇ!? 女性をリードするのもいいけど、気の強い女性にリードされたり尻に敷かれるのもまた良いもんですよ! そして、そういう女性が自分に甘えた姿を見せてくれた時っていうのは、最高に素晴らしいもんです!」


「あはははは! 運転手さん、のろけが凄いよ~! 奥さんもこんなに愛されて、幸せ者だね~!」


「結婚して10年以上過ぎても新婚並みのラブラブ夫婦ですよ! お兄さんも、彼女さんとこんな風にいつまでも熱々でいられるよう、頑張ってくださいね!」


「ぜ、善処します……」


 既に運転手の中では、自分と沙織は恋人同士という設定で固まっているのだろう。

 否定するのは簡単だが、ここまで盛り上がってしまっている空気に冷や水をぶっかけるような真似をするのはどうにも気が引けてしまう。


 沙織もそこまで気にしていないようだし、この運転手ともこの数十分間だけの付き合いだ。

 無理に否定して、車内の雰囲気をおかしくする必要もあるまい……と考えた零は、恥ずかしさを覚悟で彼の設定に付き合うことにした。


「そういえば、舞台を見終わった後はどうするんですか? なにか食べて帰るのなら、この辺にあるおすすめのレストランを紹介しましょうか?」


「あ~、ご飯のこと、考え忘れてたね~。でも、何があるかわからないし、お家帰ってから作って食べるってことで大丈夫かな?」


「おっと! もう同棲中でしたか! 料理はやっぱり、彼女さんがするんで?」


「私もするけど、こっちの彼も料理は上手なんよ~! 家事全般も上手だし、凄く頼りになるんよね~!」


「そうでしたか! お兄さんも家事には協力的なんですねぇ! こりゃあ、将来はいい旦那さんになりそうだ!」


「うんうん! それは間違いなさそうさ~! よかったね、零くん! 運転手さんから太鼓判を貰えたよ~!」


「あ、あはは……う、嬉しいっすよ、うん。本当にありがたいです、ははは……!」


 順当に深まっていく勘違いを訂正する気にもなれないまま、適当に相槌を打ってこの場を誤魔化していく零。

 『πスラ』の驚異(胸囲の方が正しいかもしれない)に加えて、この妙にこっぱずかしい空気から早く解放されたいと願う彼は、最終的に死んだ目をしながら窓の外を眺めることで自分の気を落ち着かせていた。


 きゃっきゃと盛り上がる沙織と運転手との会話をぼんやりと聞きながら、窓ガラスに映る驚異の胸囲を焦点の定まっていない視界の中に収めながら、ただただ早くこの地獄のような時間が早く終わってくれと願い続ける零。

 そんな彼の願いが神に通じたのか、タクシーの進みを遅くしていた渋滞が消え去ると共に、その移動が非常にスムーズなものとなってくれた。


 停車したタクシーの中でシートベルトを外し、半拘束気味になっていたたわわな果実を完全解放した沙織が、支払いを終えて降車した後に大きく伸びをして今までとまた違った意味で2房のパイナップルを強調する。

 もう慣れた……いや、やっぱり無理だ、とたゆんたゆんと彼女の胸が揺れる光景にまたしても顔を赤らめた零に向け、何も知らない運転手はサムズアップをしながら激励の言葉を口にした。


「頑張って彼女さんを楽しませてあげなよ、お兄さん! 応援してますから、それじゃ!!」


 爽やかな台詞と排気ガスを残し、走り去っていくタクシーを見送る零。

 電車の時もそうだったが、どうして乗り物を使って移動しているのにこんなに疲れるのだろうと、どっと押し寄せた精神的な疲労に彼が大きな溜息を吐く中、舞台が行われるコンサートホールを指差した沙織が、ニコニコと笑いながら彼へと言う。


「さ、ちょっと早いけど、中に入ろっか! 今なら李衣菜ちゃんに会いに行けるかもしれないし、他のみんなとも会えるかもね!!」

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