Pine/apple
「ひ、ひどい目に遭った……満員電車の空気があんなに冷たく感じたのは、生まれてこの方初めてだ……」
それからおよそ数十分もの間、沙織の発言によって冷え切った車内の空気と周囲からの視線を針の筵になりながらも耐えた零は、目的地である駅で大きな溜息を吐いていた。
どうして移動しただけなのに自分はこんなに疲弊しているのかと、フリーダムな沙織に振り回される大変さを改めて身に染みさせていた彼の下に、疲れの元凶である彼女が駆け寄って来る。
「零くん、タクシー乗り場あっちだって」
「了解です。余裕はありますけど、とっとと行っちゃいましょうか」
案内板を確認し、タクシー乗り場の位置を調べた沙織の先導の下、そちらへと向かう零。
チケットに書かれている開演時刻にはまだまだ余裕があるが、舞台が始まる前に李衣菜に挨拶やチケットをくれたお礼を言っておきたかったこともあり、2人は時間を潰すことなく会場へと移動すべく、乗り場で捕まえたタクシーへと乗り込む。
「すいません、日本芸術シアターまでお願いします」
「はいはい、日本芸術シアターですね。今日、何か舞台をやるみたいなんですが、お客さんたちもそれを観に行くんですか?」
「ええ、まあ、そうですね」
零がタクシーの後部座席に乗りつつ、運転手へと目的地を告げる。
気の好さそうな中年男性である運転手は目的地を確認した後で扉を閉め、振り返って2人へと言った。
「すいませんが、シートベルトの着用をお願いできますか? 最近、条例だのなんだのでうるさくって……」
「あ、そうなんですね。わかりました」
出掛けること自体が少ない零は、タクシー業界も色々と大変だなと思いながら運転手の指示に従った。
当然ながら沙織も妙な抵抗をすることもなく、言われるがままにシートベルトを締めたわけだが……それがまた新たな問題を生み出してしまう。
「んっ、ちょっとキツいね~……ま、運転手さんのためだし、しょうがないか~」
「ごめんなさいね。こっちも警察から注意されたりとかの厄介事は御免なんで……」
「う、うぎっ……!?」
カーナビに注目している運転手は気が付いていないようだが、現在の沙織の姿を見た零は喉の奥から絞り出すような呻きを上げてしまった。
真っ直ぐに伸びる黒いシートベルトが、沙織の胸の谷間を通って、その膨らみを思い切り強調している様を目にしてしまったからだ。
これが俗にいう『πスラ』というやつかと、初めて目にする衝撃的なその光景に息を飲む零。
ででーん、という擬音が聞こえてくるような圧巻の光景を作り出している沙織は、そんなことも気にせずに時間を確認していた。
「運転手さん、ここから目的地まで、どれくらい時間がかかります?」
「道の空き具合にもよりますけどね、30分もあれば十分だと思いますよ」
「よかった~! なら、時間的には十分に余裕があるね~! 出来たら開演前に李衣菜ちゃんに会いに行きたいんだけど、大丈夫かな~?」
「え? あ、はい! 俺は平気っすよ!」
『πスラ』によってその大きさと形を主張するように鎮座する沙織の胸についつい視線を奪われていた零は、不意に彼女から声を掛けられたことに大慌てになりながら答えを返した。
沙織はそんな零の反応から全てを察したようで、くすくすと楽し気に笑うと……体を傾け、彼の耳元へと唇を寄せてから、小さな声で囁く。
「ふふっ、零くんにはちょっと刺激が強過ぎたかな~? でも、普通に締めるとキツくて苦しいし、おっぱいも痛いからさ~……目的地に着くまで、このままでいさせて? その間は、サービスってことで好きなだけ見ても構わないよ~」
「うぐっ……!?」
その言葉や、胸を好きなだけ見ても構わないと言われたことよりも、自分が沙織の胸を食い入るように見つめていたことがバレてしまったことに羞恥した零が顔を真っ赤に染める。
そんな初心な彼の反応が愛らしいとばかりに微笑む沙織は、背もたれに深く寄りかかるようにして車のシートに体を預けると……一層強調されたパイナップルを揺らしながら、運転手へと声を掛けた。
「じゃあ、日本芸術シアターまでお願いしますね。時間にも余裕があるんで、安全運転でお願いしま~す!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます