In The Train


 沙織に促されるまま、停車した快特電車に乗り込む零。

 昼前の時間帯であるお陰かラッシュ時よりは混雑していないがそれなりに込んでいる電車内で並んで立つ2人は、目的地に到着するまでの会話を楽しんでいった。


「なんだかこうして人ごみの中にいるとさ、初めて会った時のことを思い出しちゃうね~。あの時から、零くんは可愛かったよ~」


「あんまりからかわないでくださいよ。あの時は俺もいっぱいいっぱいだったんですから」


 顔を赤らめながらそう答えつつ、零もまた沙織との初対面の時の思い返す。

 薫子によって引き合わされ、そのまま家電量販店に買い物に行って……そのエレベーターの中で起きたひと悶着を思い返した彼へと、いたずらっぽく笑った沙織が言う。


「あ、今ちょっと期待したでしょ? ま~たあの時みたいに私のおっぱいに触れるんじゃないかって!」


「ちょっ!? んなわけないじゃないっすか!」


「んふふ~! 真っ赤になっちゃって、可愛いね~! 零くんならいつでも大歓迎だから、遠慮することないのに~……って、そんなことしたら有栖ちゃんに怒られちゃうね~! あはははは!」


「ひ、人が多い場所でそんなこと言わないでくださいよ!」


 色々と危ない上に、自分がとんでもない二股野郎としか思えないような発言を繰り返す沙織へと釘を刺す零であったが、時すでに遅し。

 周囲の乗客からの軽蔑やら嫉妬やらが入り混じった視線を浴びる羽目になった彼は、どんよりとした気分のまま心の中で涙を流す。


 こんなに可愛くてスタイル抜群な美女を引き連れているのに、もう1人キープしてる女がいるのかよ……という、無言ながらも重苦しいプレッシャーを感じさせる鋭い視線の集中砲火を受ける零が死んだ表情を浮かべる中、その原因となった沙織はけたけたと笑いながらなおも彼との会話を続けていった。


「あの時は、零くんとこんな関係になるとは思ってもみなかったな……この短い間に色々とあったし、本当にお世話になった。今の私にとって、零くんはとっても大事な人間の1人だよ~」


 と、そこで言葉を区切った沙織が窓の外を眺める。

 ここ1か月程度の期間に起きたあれやこれやを思い返したであろう彼女は、そこで小さく鼻を鳴らしてから笑みを浮かべると……静かな声で零へと言った。


「ありがとね、零くん。こんなお姉さんだけど、これからもよろしくね」


「……うっす。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こんな人の目が多いところでする話じゃないなと思いながらも、こういうところが沙織らしいと思った零もまた、小さく笑みを浮かべながら彼女へと言葉を返した。

 性格が開けっ広げだったり、羞恥心が薄過ぎたりと、色んな意味で危ない沙織だが、彼女がいい人間であるということは十分に理解出来ている。

 願わくば、これからも同期の同僚として良好な関係性を築いていきたい……と考える零であったが、直後に彼女の口から発せられた言葉が、電車内の空気を一瞬で凍り付かせた。


「あ、そういえばあれをどうするか決めた? 私になんでも言うことを聞かせる権利! 有効期限は無限だけど、忘れないうちに使っちゃってね~!」


「ぶぐっ!? ちょ、喜屋武さん!?」


「色々と借りがあるし、大概のことは許しちゃうよ~! お姉さんにどーんと甘えちゃいなさい! どーんとね!!」


 そう言いながら沙織が自身の胸をどんっと叩けば、たわわなそこがぷるんと震えた。

 ただでさえ目を引く彼女の胸が、一層の注目を浴びるような揺れを見せている様に羞恥を覚えながら、段々と自分に向けられる嫉妬の眼差しが強まっていくことを感じた零は、またしても心の中で涙を流しながら、沙織へと嘆きの叫びを口にする。


「だから、人の多い場所で、そういう発言は控えてくださ~いっ!!」

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