Boy&Lady


「急にごめんね~! 私ってばうっかりしちゃっててさ~!」


「い、いや、別に謝られる理由なんてないっすよ。むしろ、誘ってくれてありがとうございます」


「誘ったのは私じゃあなくて、李衣菜ちゃんさ~! チケット2枚分用意してもらったのに、私のポカのせいで零くんが来てないなんてことが知れたら、私が李衣菜ちゃんにどやされちゃうよ~!」


 数時間後、駅へと向かう道すがら沙織と会話をする零は、突然発生した年上の女性とのデートイベントに巻き込まれた現状に対して未だに対処をし切れておらず、どうしてこんなことになったのかという疑問を抱いていた。

 いや、理由はわかっているというか、しっかり沙織から説明してもらったわけなのだが……正しく表現するなら、沙織と2人でデートをしているという現状をいまいち受け止め切れていないのである。


(やっぱ元アイドルってだけあって、滅茶苦茶美人で可愛いよな……さっきからこっち振り返る野郎も多いし、俺の方にもなんか視線が向けられてるしなぁ……)


 長い髪をシュシュで纏めてポニーテールにした沙織は、その上で赤縁の眼鏡を掛けて女性用のキャップを被るという、普段の彼女とはやや違った格好をしている。

 まあ、首の傷を隠すために服装はいつものタートルネックセーターなわけだが、髪型を変える等のちょっとした工夫だけで雰囲気をがらりと変えてしまった沙織の姿に、毎日のように顔を合わせているはずの零も最初は誰だかわからなかったくらいだ。


 という判断基準のお陰で気が付くことが出来たが、それ以外の面では変装という部分に関しては沙織の工夫は完璧だった。

 ……問題は、そんな工夫を抜きにしたとしても、美人でスタイルの良い沙織には人々からの注目が集まってしまうという点である。


 首の傷を隠すために服装という面できつい縛りを受けてしまう沙織には、外出時には基本的にタートルネックの服以外を着ることが出来ないという制限がある。

 これが冬ならばマフラーやストールといった小物で誤魔化すことが出来るが、生憎と今は燦々とした日差しが照り付ける夏という季節であり、そんな時期に首に何かを巻くというのは不自然極まりない。


 というわけで本日もノースリーブのタートルネックセーターにデニムジーンズというお馴染みの服装をしている沙織だが、そのシンプルな格好は彼女の抜群のボディラインをこれでもかといわんばかりに引き立ててしまっていた。


「んぁ~っ……! やっぱりお出掛けするのはいいね~。お日様も気持ちいいし、夏の暑さは沖縄うちなーを思い出すよ~」


 そんな何気ない一言を発しながら沙織が大きく伸びをすれば、それだけで周囲の男たちの視線が彼女へと集まってくる。

 胸が張られたお陰で強調される2つの山脈の揺れだったりとか、あるいは無防備に晒されている脇だったりとか、そういったセンシティブな部分に向けて男たちの眼差しが集中してくるのだ。


 そういったいかがわしさと欲望を込めた視線を沙織へと向ける男たちは、よからぬ思いを抱きながら彼女に声を掛けようとするのだが……即座に、その隣に男がいることに気が付いて舌打ちと共に離れていく。

 その際、自分へと向けられる嫉妬と羨望が入り混じった眼差しに戦々恐々とする零は、この視線もまた自分の心を動揺させる原因の1つなのだろうなとまるで他人事のように考えていた。


(逆にいえば、俺がいるお陰で喜屋武さんがナンパされることなくお出掛け出来てるってことなんだ。俺はボディガードをしてるって思えばそれでいい)


 駅に辿り着いた零は、自分にそう言い聞かせつつ、目的地への切符を買った。

 これまでの人生でも行ったことのない都会の繁華街の名前を確認しながら、改札口を通った零が沙織へと言う。


「でも、よかったっすね。小泉さんたち、普通に仕事出来てるみたいで」


「やっさー! 心配はしてなかったけどね~! でも、暫くは嫌な目で周りの人たちから見られちゃうんじゃないかな~とか、そのせいでお仕事に影響が出るんじゃないかな~とかの不安はあったけど、こうして舞台出演が決まってよかったよ~!」


 親友から送られてきたチケットを見つめながら、笑みを浮かべた沙織が心の中の想いを吐露する。

 気が付けば、Vtuberとアイドルのファンを巻き込んだあの事件からそれなりの時間が過ぎており、その間にも彼女は親友である李衣菜たちとちょくちょく連絡を取り合っていたようだ。


 契約違反という形でメンバーが1名脱退し、明らかに向かい風に晒されていた【SunRise】であったが、幸いにも芸能界から干されたり仕事を奪われたりすることもなく、メジャーデビュー後も無事に活動を続けていられるようだ。

 むしろ炎上商法が如く、浴びていた奇異の視線をそのまま力に変えた彼女たちは、精力的な活動も相まって、多くのファンを獲得することに成功している。


 そんな中、リーダーである李衣菜が主演を務める舞台が本日公開されることとなり、彼女は親友である沙織と先の一件で迷惑を掛けた零へ、招待状代わりとして関係者席のチケットを寄越したのだが……?


「ホント、うっかり零くんにそのことを伝え忘れちゃってたよ~! 危うく李衣菜ちゃんにどやされるとこだったさ~!」


「あはは……まあ、俺もクリアニの収録とかプチ炎上とかで忙しかったっすからね。タイミングが掴めなかったのも仕方がないっすよ」


 沙織のうっかりによって危うく李衣菜からの招待を無視してしまうところだったと知った零は、そうなった時の李衣菜の反応を想像して引き攣った笑みを浮かべた。

 気の強い彼女のことだ、怒った時もさぞや怖いのだろうと思いつつ、凄い剣幕で怒られる沙織の姿までイメージすることが出来た零は、これが現実のものとならなくてよかったと頭の片隅で思う。


 ありがたく、李衣菜のお誘いに乗ることにした零であったが……それでもやはり、沙織と2人で出掛けるというシチュエーションに慣れることが出来ないでいた。


(有栖さんの時とはまた違った緊張感があるよな。年上っつーのもあるけど、喜屋武さんと俺じゃあ明らかに不釣り合い感が強いし……)


 同い年の有栖とならば周囲の人も初々しいカップルが微笑ましくデートをしているように見てくれるだろうが、文字通りのアイドル級の美女と一般人の零とでは成人と未成年という部分も相まって、ちょっとした格差があるように感じられてしまう。

 被害妄想かもしれないが、周囲の人たちからそう思われている気がしてならない零の不安に全く気が付いていない沙織は、きゃっきゃと騒ぎながらホームに止まった電車を指差しながら、彼へと言った。


「この電車だね。さ、乗ろ乗ろ!!」


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