Sweet Bite
「あの、本当に、申し訳ありませんでした……言い訳じゃないんですが、出会い頭でどうしようもなくって……」
「き、気にしないで、零くん! 私が自分の家みたいに零くんの家を使っちゃったことが原因だし、零くんが自分を責める必要なんてないよ!」
数十分後、有栖は自分に深々と頭を下げる零と、彼お手製のホットケーキの山を前にしながらそんなことを言っていた。
朝方の事件のことを気にしているであろう零が自分の機嫌を取るために用意した豪勢な朝食を横目にしながら、彼を慰める有栖。
しかし、やはり年頃の女性の裸を見てしまったということに対しての自責の念が強いのか、零はそんな彼女からの言葉にも耳を貸していない様子だ。
「本当にごめんなさい……もう少し気を遣うべきでした……」
「いいの! いいの! 本当に気にしてないから!! このことは誰にも話すつもりもないし、零くんをどうこうとか考えてないから! だから顔を上げて!! ねっ!?」
普段とは立場が逆だなと思いながら、有栖は凹みに凹んでいる零を励ましていく。
少しでも彼の気持ちを晴れさせるために用意してもらったホットケーキをパクつき、頬っぺたが落ちるくらいに甘いそれに舌鼓を打ったりしながら、有栖は、懸命に朝の事故のことを零の頭の中から消去しようとしていた。
「本当に平気だから、気にしないで! 零くんに悪気がなかったことくらいはわかってるし、私もあれはただの事故だと思ってるからさ」
「いや、でも――」
「大丈夫! ちょっとアンラッキーだったかもしれないけど、お陰でこんなに美味しい朝ご飯が食べられてるんだもん。プラスマイナスゼロどころか、ちょっとラッキーに比重が傾いてるくらいだよ!!」
そう言いながら笑う有栖の姿に、ようやく顔を上げた零が申し訳なさそうな表情を浮かべながら小さく頷いた。
すこしは気持ちも楽になったかなと、そう考えた有栖は何の気なしに一口大に切り取ったホットケーキをフォークに突き刺すと、それを零へと差し出す。
「これ、本当に美味しいよ! 折角だし、零くんも食べてみて!!」
「えっ!? あっ、はい……」
満面の笑みを浮かべる有栖と、自分の目の前に突き出されているホットケーキを交互に見つめた後、零は顔を赤くしながらぱくりと有栖からの贈り物を口の中に放り込んだ。
もぐもぐと、無言のままにそれを味わう零の姿にちょっとだけ満足気な気分になる有栖であったが……そこでふと、これが俗にいうあ~んという奴ではないかと考え、僅かな羞恥を覚えた。
彼を励ますためだったとはいえ、少し恥ずかしいことをしてしまっただろうか?
いやいや、ここには自分と彼しかいないのだから、そんなことを気にする必要は何処にもないはず……と考えながら、感じた気恥ずかしさを誤魔化すようにして新たにフォークに突き刺したホットケーキを口に放り込んだ有栖は、そこで真向いの零の顔に差す赤みが更に増したことに気が付く。
そうした後、ぴたりとフォークを咥えた状態で固まった彼女は、自分が先程の行動なんかよりもずっと恥ずかしいことをしていることにも気が付いた。
今、自分が咥えているこのフォークは、つい十数秒前に零が自分が差し出したホットケーキを食べるために口を付けたものだ。
それを、そのまま自分が咥えたということは……それ即ち、間接キスをしたということになるのではないだろうか?
「っっ……!?」
不用意が過ぎたと、自分が大胆にも程がある行動を取ってしまったことに気が付いた有栖の顔が、零と同じく真っ赤に染まる。
もしかしたら裸を見られた時よりも恥ずかしい思いをしているんじゃないかと思いながら、今更間接キスについてどうこう言っても羞恥が増すだけだと理解している彼女は、無言のままにホットケーキをパクつき続けた。
「はむ……もふ……」
「………」
ハムスターが如くちみちみとホットケーキを食べる有栖と、そんな彼女と目を合わせないようにするために顔を逸らし続ける零。
顔を真っ赤にした両者の朝食の時間は、この数分後に2人の様子を見にやって来た薫子が部屋を訪れるまでの間、ずっと続いたそうな。
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