Happening!!


「ん……んん、ん~……っ」


 もぞもぞと動く布団の中から、有栖の可愛らしい呻きが響く。

 手を伸ばし、枕元やサイドボードを探って自身のスマートフォンを手にした彼女は、電源をONにすると寝ぼけまなこを擦りながら画面に映し出される時間を確認した。


「んぁ……眠、い……」


 現在時刻、8時ちょっと前。普段の起床時間とさほど変わらない時刻に目を覚ましたはずなのだが、どうしてだか眠気が物凄い。

 どうしてこんなに眠いのだろうか? 昨日、夜遅くまで配信をしていたからだろうか?

 そもそも自分は昨日、何をしていたんだったっけか……と、眠気のせいでぼやけたままの思考を抱えた有栖は、ベッドの縁に腰掛けながらふるふると頭を振る。

 そうした後、一度意識をしゃっきりさせようと考えた彼女は、ふらふらとした足取りで洗面所へと向かっていった。


「シャワー、シャワー……」


 緩慢な動きでパジャマを脱ぎ、下着も適当にその場に放り投げる。

 ややあって、全裸になった有栖は風呂場に入ると、頭から熱いお湯を浴び始めた。


「ん、ふぅ……っ」


 心地良い水流の温もりが、肌を叩く緩い温水の雨が、段々と有栖の意識を覚醒させていく。

 徐々に眠気を覚ましていった彼女は、そこで一度シャワーを止めると、濡れた顔を拭くためにタオルを手にしようとしたのだが――


「あ……タオル、取るの忘れてた……」


 ――そこで寝惚けていた自分がハンドタオルを持たずに風呂場に来たことを思い出した彼女は、ふぅと溜息を吐きながら腕で顔を拭う。

 そうした後、先の自分の失態を思い返しながら、洗面所にある棚の中にしまってあるはずのタオルを取るべく、風呂場の扉を開けた。


(寝惚けてたんだなぁ、私……自分のことながら、うっかりが多過ぎるよ……)


 タオルを取り忘れた、という些細なミスを必要以上に反省しながら、腕に力を込めて扉を開く有栖。

 確かに彼女は寝惚けていたし、現在進行形で寝惚けてもいるのだろう。

 何より重大な、という情報を完全に失念しているのだから。


 少しだけでも冷静になって周囲を見回していれば、ここが自分の家ではないということに気付けたはずだろう。

 幸か不幸か、現在位置と彼女の家との間取りはほぼ同一のものであり、歩き慣れたその間取りをスイスイと進んで風呂場まで辿り着けたことが、有栖と……彼の不幸に繋がってしまった。


 大きな音を響かせながら、風呂場の扉が1秒にも満たない速度でフルオープンになる。

 その先にある洗面所へと足を踏み出そうとした有栖は……そこで、こちらへと体を向けている人物の姿を目にして、ぴたりと動きを止めた。


「ふぇ……?」


「あ、れぇ……?」


 お互いの口から、間の抜けた呟きが漏れる。

 どうしてここに零がいるのか? という疑問を呟きとした有栖と、一糸纏わぬ産まれたままの姿を曝け出す彼女を目にした衝撃にかすれた声を飛び出させた零は、そのまま数秒の間、見合ったまま硬直していた。


 ぽたり、ぽたり……と、有栖の髪から水滴が垂れる音すら聞こえてきそうな静寂の中、段々と昨日のことを思い出していった彼女が今度こそ完全に意識を覚醒させていく。

 昨日、台風の被害に遭った自分が零の部屋に避難させてもらったこと、食事から風呂まで彼に世話をしてもらったこと、妙な緊張のせいでなかなか寝付けずに普段の就寝時刻を大幅にオーバーしてから寝付いたこと……そういったことを思い出した有栖は、ここが自分の家ではなく、零の家であることを思い返すと共に……今現在、何よりも重大な自分が全裸のまま彼と向き合っていることに気が付き、そして――


「ぴ、ぴえぇぇええええぇえええええええっ!?」


「あっ! ご、ごめっ! ごめんなさ~~~いっ!!」


 怪鳥の如き泣き(鳴き)声の悲鳴を上げ、顔を真っ赤にしながら、大慌てで風呂場の扉を閉めた。


 洗面所から聞こえてくる零の謝罪の言葉すら耳に入らなくなるほどの動揺に襲われる有栖は、上から下までの自分の全てを彼に目撃された羞恥に悶えながら小さく呻く。


「あうぅ……やっちゃったぁ……!! 寝惚けるにも程があるってばぁ……!!」


 これは完全に自分のミスなので零を責める気はこれっぽっちもないのだが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 自分が寝惚けていたせいでとんでもないやらかしをしてしまったことに嘆息しながら、有栖はこの後どんな顔をして零と顔を合わせればいいのだろうか、と1人悶々としながら考え続けるのであった。

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