Good Night Aries
お互いに向かい合って、同じものを食べる夕食の時間は静かながらも零と有栖にとって楽しいひと時となった。
仕事について語ったり、こうして一緒に夜を過ごすことになった原因である台風についての情報を調べたり、並んで洗い物をした後にカップアイスを食べながら談笑したりと、今の2人の姿は傍から見れば同棲したての初々しいカップルとしか思えない。
最初の頃の緊張も解れ、同僚として、友人として、楽しい時間を過ごした2人は、時計の針が10時を回った頃、就寝しようという話になったようだ。
暫しの話し合いの末、零から彼が普段使っているベッドを貸してもらい、そこで眠ることになった有栖は、そわそわとした落ち着かない気持ちをぶり返させると共に初めて足を踏み入れた零の私室を見やる。
実にシンプルで、取り立てて特徴のない彼の部屋の光景に意外なんだかそうでもないんだかわからない不思議な感情を抱いた有栖は、恩人のプライベートを探るような真似はよくないと自分を諫めると共に、電気の消えた部屋の中でベッドに潜り込むと、瞳を閉じた。
(零くんには悪いことしちゃったな……ちゃんと寝れてるかな……?)
ソファーのようなベッドの代わりになる代物もないため、零は床で眠ることになっているだろうと考えた有栖が僅かに覚えた罪悪感に胸を痛める。
女の子を床に眠らせる訳にはいかないと言って有栖にベッドを譲った零であったが、今になって思えばその申し出を固辞すべきだったかもしれないと考えた彼女は、申し訳なさに小さな溜息を吐いた。
避難先として急に受け入れてもらっただけではなく、風呂や食事に加えて寝床まで世話になってしまうだなんて、本当に零には頭が上がらない。
デビュー直後から様々な面で助けてもらってばっかりだな……と、零の優しさを改めて実感すると共に、それに甘えてしまっている自分自身の不甲斐なさを痛感した有栖は、今度は大きな溜息を吐き出し、天井を見上げた。
「周りの人たちに助けてもらってばっかりで、こんな調子で強い自分になれるのかな……?」
そう、独り言をぽつり。
Vtuber活動を通しての目標である『強い自分になる』という夢を実現するための行動を、今の自分が取れているかと有栖は疑問に思う。
以前と比べれば女性と話せるようにもなったし、零とも円滑なコミュニケーションを取って良い友人関係を築けているとは思うが……それでもやはり、周りの人たちに助けてもらっている感が否めない。
1人暮らしをしていながらもまともに料理も出来ず、食事まで世話になっている自分が一人前の大人だとは到底思えない有栖であったが、そこはまだ18歳であり成人前なのだからと心の中で言い訳をすることにした。
さりとてこのままの生活をしていては2年後もまともな大人になれている気がしない彼女は、少しずつ生活を改善していく決心を固めたようだ。
(今度、零くんに簡単なお料理のレシピを教えてもらおうかな……生活に余裕が出来たら、料理道具なんかも揃えていかないと……)
また零に頼ってしまうことを申し訳なく思いながらも、それ以外に自分が出来ることを考えていく有栖。
段々と意識が遠のき、微睡に心と体が支配されていく中……ふと、ひくついた鼻が自室とは違う匂いを拾ったことで、無意識のうちにこんなことを考えてしまう。
(ああ、そっか……このベッドって、普段は零くんが使ってるんだ。これが零くんの匂い、かぁ……)
臭いわけではない、妙に落ち着くその臭いにふっと表情を綻ばせた有栖であったが……直後、自分が考えたことを頭の中で反芻させた彼女の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
今、自分は、零が普段眠っているベッドの中にいるわけで、彼の感触が残っているであろう布団を使っているわけで、同衾しているわけではないのだが、どうにもその状況が恥ずかしく思えてしまっていた。
いつも零はこのベッドで寝ているんだろうな、ということを一度意識してしまうと、どうにもその考えが頭の中にこびり付いて離れなくなる。
お陰で眠りに近付いていた意識も急速に覚醒してしまい、眼が冴えて仕方がない状態だ。
(あぅぅ……これが、零くんの匂い……このタオルも、掛け布団も、零くんが使ってるもの……!!)
異性の体に密着している物を自分が使わせてもらっているという考えが頭から離れない。
羞恥が、妙な興奮が、心の中でざわめく度に、自分自身のこの考えが変態的なもののような気がしてならなくなってくる。
意識するんじゃないと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、ドツボに嵌ってその負の連鎖から抜け出せなくなるような……そんな感覚に陥った有栖は、布団に顔の半分以上を埋めながら小さく呻き声を漏らした。
「やっぱり、私が床で眠ればよかったなぁ……」
そうすれば、こんな風に悩むこともなかっただろうに……と思いつつ、今更なその問題を振り返った有栖が大いに後悔する。
その後、悶々とした気分を抱え続けた彼女は、普段眠る時間を大きくオーバーしてもなかなか寝付けなかったそうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます