くるめい、お泊りするってさ
Emergency Call
「……台風、やっぱり凄いなあ。窓ガラスもガタガタいってるし、今日は配信をお休みにしてよかったぁ」
五月某日、夏の暑さが徐々に感じられるようになった頃、少し早めの季節の風物詩である巨大台風が日本列島を直撃していた。
早い段階から暴風警報やら大雨警報が日本各地で出される中、【CRE8】の社員寮にて外の様子を窺っていた有栖は、想像よりも激しい雨と風の勢いを目の当たりにしてそんなことを呟く。
警報が出た朝の時点で配信を中止する告知をSNSで呟いておいたし、停電の際に使えそうなろうそくや懐中電灯といった災害グッズもしっかりと完備してある。
ほぼ万全の体制を整えてはいるが、それでも台風の日に1人ぼっちというのは不安を煽る状況だなと、時折聞こえる雷の音にびくりと体を震わせながら思った有栖は、現在時刻を確認するために壁に掛けてある時計の方へと視線を向けた。
「まだ7時かぁ……早く眠っちゃいたいけど、まだ早過ぎるよね……」
時計の針は7時を少し過ぎた時刻を指し示しており、就寝にはまだ早過ぎる時間帯を確認した有栖は溜息と共にそんな呟きを口から漏らした。
こういう時は不安を紛らわせるために早く眠って朝を迎えたいところなのだが、残念なことに彼女の目はまだまだ冴えているし、就寝までにするルーチンワークも済ませてはいない。
夕食も、入浴も、何もかもをすっ飛ばして眠ることは可能といえば可能だが、あまり褒められた行為ではないということも有栖は理解している。
普段の三割増しくらいに恐ろし気に聞こえる風の音や、雨が打ち付けられる度にガタガタと鳴る窓ガラスの悲鳴を耳にしながら、取り合えず夕食を済ませてしまおうと考えた有栖は、早速食事の準備をし始めた。
キッチンにある冷蔵庫……ではなく、戸棚に向かった彼女は、そこに収められている大量のカップ麺の中から1つを選び、それを手に取る。
そうした後、お湯を沸かすために電気ポットのスイッチをONにしようとしたのだが――
――ガシャアアアンッ!!
「きゃあっ!? な、なにっ!?」
突如として響いた大きな音に驚いた有栖がその音の出所を探せば、なんとリビングの大きな窓ガラスが見事に割れているではないか。
風の勢いに負けたのか、もしくは何かがぶつかってきたのかは定かではないが、リビングの大窓に空いたこれまた大きな穴と、そこから風と雨が吹き込んで来る様子を目にした彼女は、大慌てでそれをどうにかしようと考えを巡らせていった。
「な、な、な、なんとかしなくちゃ! ま、まずは窓を塞いで、風と雨を……あっ、その前にガラスをどうにかしなきゃ! あ、あれ? それよりも割れた窓に応急処置をした方がいいのかな……?」
とにかく対処しようと自分のすべきことを考える有栖であったが、そこは気弱でパニックを起こしがちな彼女、何をすればいいのかがわからず、早速混乱してしまっている。
まずは足元のガラスをどうにかすべきなのではないかと考えたが、撤去作業中に半壊した窓の被害がさらに大きくなっては危険なのではないかと考えて補修作業を優先すべきなのではないかと思い直したものの、やっぱりその作業をするにも散らばったガラスを先に片付けないとならないのでは? と優先事項がわからずに混乱する有栖。
そうして悩んでいる間にもリビングには風と雨が入り込んでおり、床やカーテンが水浸しになっていく様を目の当たりにした彼女は、更にパニック度合いを深めてしまう。
「あうぅ……ど、ど、どうしよう……!?」
元々、不安な気持ちの状態で直面した緊急事態に、有栖は完全に参ってしまっていた。
それでも、もうこれは自分1人でどうにか出来る問題ではないと、誰かに相談する選択肢に辿り着けたのは、彼女がVtuberとして活動し、頼りになる友人を得られたお陰だろう。
大急ぎでスマートフォンを取り出し、連絡帳に載っている数少ない人物の中からお目当ての名前を見つけ出した有栖は、その部分をタップすると彼へと通話を掛ける。
ややあって、その電話に出た彼が何かを言う前に、パニック気味の有栖は大声で助けを求めるような悲鳴を叫んだ。
「れ、零くん! お願い、助けてっ!!」
――――――――――
・このお話を没にした理由
お話の展開上、沙織のような有栖が頼りに出来る女性を出すことが出来なかったため
つまりは2部の開始前にしか出せなかったお話なのですが、これもやっぱり誕生日配信と同じで2人の距離が近過ぎるような気がしてしまい、投稿を断念しました。
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