やべぇ奴の海外遠征

第82話 やべぇ奴はやばい国(ダメな意味で)に出荷よー

《side東堂歩》



 ──アメリカで、イクリプスの大量発生が起こったみたいなんです。


「んーむ……」


 時音ちゃんからそんな話を聞き、なんでか俺のアメリカ行きが決定事項となっていたのが、昨日のハイライト。

 本当ならば、どういうことかと神崎さんにすぐにでも確認するのがベターなのだろうけど……。

 生憎と昨日は休みだったわけで。暇つぶしに顔出ししに行ってたとはいえ、休日中にわざわざ気が重くなるような仕事の話なんか聞きたくねぇよと。

 ついでに花園の方に原因かどうかを訊ねる必要もあったので、昨日は詳しい話を聞かずに帰った次第。……ま、結論から言うと花園連中の仕業じゃなかったんだけどさ。

 つまるところ、ブラック現場に長期逗留決定という。アイツらが主催だったら、同盟者権限で祭りの中止もできたんだけど。自然発生じゃどうしようもない。


「豚は出荷よー、とか嫌なんだけど……」

「それだとアユ君が豚ってことになんない?」

「誰が豚だ。やんやん? ねぇやんやん?」

「何言ってんのか分かんないけど、殺されそうになってるのは分かる気がする」


 古のネット語録が通じない悲しみ。

 とまあ、それはさておき。シフトであるアクダマ、先輩とともに神崎さんから説明を受けているnow。


「はいはーい。神崎さん、応援の話は昨日も耳にしてたんでええのですが、なんで僕は確定しているんでせう? なんか口ぶり的に、戦姫の方は未決定のようなんですが」

「応援の経験は積める時に積んどきたいのよ。同じ理由で新人の時音ちゃんも決定してるわ。あとは引率の戦姫を一人決めて終わりの予定」

「えぇ……」


 それってつまり、非常事態にかこつけた新人研修では? それって大丈夫なの? 修羅場中に慣れてない奴送られるとか、相手側から重罪判決出されても文句言えんだろ。


「応援の三分の二がお荷物って悪意ありません?」

「戦力的に考えたら、キミ一人だけで善意しかないから大丈夫。……まあ、印象が悪いのは否定できないけど」

「それ大丈夫でないやーつ」


 印象が悪い時点で扱い悪くなるの確定してるじゃないですかー。


「ふふふ。内心はどうあれ、向こうの現場からの了解は得られてるから。本当に気にしなくて大丈夫だと思うわよ?」

「よく了解なんて得られましたね」

「いやいやいや。この支部、短期間で二回の大量発生に巻き込まれてるのよ? しかも直近の一回が自国。余裕がないのは当然だし、その上で応援要請を引き受けてるんだから。向こうも無理なんて言えないわよ」

「そんなもんすか? 政治も絡んでるとのことですし、下手なことやるのは不味い気もしますがね」

「アユ君アユ君。いいことを教えてあげる。上の決定に振り回されるのは、どこも同じってことなのさ」

「……なる」


 アクダマのヒントで納得。上はともかく、現場の方では同情されてるということね。似た経験をしてるんでしょうなぁ。


「それに向こうは一人でも戦力が欲しい状況だからね。新人だろうが文句なんて言ってられないのよ」

「そんな地獄なんです? 別にアメリカ全土で大量発生してるわけじゃないんでしょ?」

「まあね。一応、大量発生は一部の地域に集中してる感じね。……それでも日本よりも広範囲だから、決して油断できる状況ではないんだけど」

「流石は大国(物理)」


 まあ、そうだよな。アメリカ全土でそんな事態になるような規模なら、もうちょい緊迫感が伝わってくるもんな。あの国土全てが範囲となれば終末も終末よ。

 花園の連中が噛んでるなら、いい感じで国内全体に発生源を散らしたりするんだろうけど。自然現象ともなればそうはいかないし、どっかに集中してんじゃねぇかと思ったら案の定か。

 ちなみに神崎さんに地図を見せてもらったところ、ニューヨークからテキサスにかけての海沿い地域が範囲となっていた。いくつかの大都市が範囲に入っている辺り、アメリカさんが修羅場ってるのも納得だった。


「あとはお国柄の問題もあるのよねー。ほら、アメリカって開拓者の国でしょ? だからあそこ、戦姫どころか神秘の専門家が極端に少ないのよ」

「何故……?」

「簡単だよ後輩。神秘は基本的に古いもの。言ってしまえば伝統の一種。それも国という『人』のコミュニティではなく、『土地』に根差したものが大半」

「……」


 先輩の補足でなんとなく予想できてしまった。ついでに言うなら乾いた笑いが出た。

 あの国、いやあの土地で先に住んでた人は誰でしょう? そして彼らはどうなったでしょう? と、先輩は言いたいわけである。

 ちなみに答えは『北米植民地戦争』である。つまるところガッツリ駆逐された。


「当時、神秘を担っていた先住民の一族は、白人の上陸に伴って大半が壊滅。かといって、新たな神秘が輸入されるということもなく。だって欧州の神秘を担う一族は大概が有力者。開拓先に移動するわけがない。新天地の土を踏むのは、そのほとんどが神秘と縁のない人間」

「そんな状況のまま、表の世界でわちゃわちゃやって、国家として成立しちゃったのよねぇ。神秘という裏の文化が根こそぎ破壊されたまま、建て直されることなく国家の枠組みで囲われちゃったからさあ大変」

「表向きは世界の警察サムおじさん。でも一皮剥けば、神秘という名の重要臓器がガッタガタの病弱中年と?」

「肝臓あたりが瀕死になっている感じかしら」


 その時になるまでピンピンしているように見えるから、沈黙の臓器ってか。嫌な皮肉だねぇ。


「東堂君に分かりやすい形で伝えると、アメリカの戦姫って日本の半分ぐらいの人数しかいないのよ。先祖返りの類いで、奇跡的に神秘に高い適性を持った人間を必死にかき集めてるような状況だから」

「……それもはや詰みでは?」


 日本の何倍も国土があるのに、人員は日本の半分ぐらいってどうしようもなくない? どうやってカバーしてんの?


「ぶっちゃけてしまうとその通りよ。ちゃんと神秘の家系が残っている国なら、才能ある人材を融通してもらったり、御落胤とかで薄くとも血が広まってたりするんだけど……。あの国は供給源からズタズタにされちゃったから」

「げに罪深きは欧州か。あっちの人間はよく『白人ホワイト』なんて名乗れるねぇ。『鮮血レッド』に改名すりゃいいのに」

「白人の別称は『白豚ホッグ』だよ。レッドはネイティブ・アメリカンの蔑称」

「どっちにしろ各方面に燃え移る暴言だから、向こうでは絶対に口にしちゃ駄目よ?」

「煽る相手は選びますとも」


 喧嘩売られたら全力で罵倒するという意味でもある。


「ま、そんなわけで向こうは大変なのよね。一応、先祖返りの戦姫って平均してレベルが高いのと、装備や設備の開発に全力を注いでいるから、ギリギリ持ち堪えてはいるんだけど……」

「元が少ないから、大量発生なんて捌く余裕はない。だから新人だろうが、少しでも戦力になるなら受け入れる。こないよりは全然マシだから。文句を言うのはよほどの馬鹿か、現場を知らないお偉方」

「なーる」


 それなら大丈夫だな。……いや大丈夫じゃねぇよ。向こうはともかく、出荷される側は地獄じゃねぇか。


「やっぱり行きたくないんですけどー」

「残念だけど却下よ。経験を積む以外にも、東堂君はもしもの際の保険として同行してほしいのよ。──例の『敵』がまた裏にいるかもしれないし」


 いないよ。……危ねぇな。咄嗟に断言しかけたわ。


「一応、件の連中はメッタメタにボコったんで、まだ回復してないと思うんですがねぇ……」

「それでも警戒するに越したことはないでしょう? レリックホルダーに匹敵する戦力と遭遇したら、戦姫だけじゃ本当にどうしようもないもの。大量発生と例の敵が繋がっている可能性がある以上、備えは絶対に必要よ」

「あー……」


 くっそ。中途半端に人為的にイクリプスを呼び出せるって情報だけ出てるから、事情を知らない側からすれば要警戒ってなるのか。こりゃどうゴネても覆えらないなぁ。


「そういや、例の連中ってアメリカは知ってるんです?」


 それはそれとして、ちょっとばかり探りを入れてみる。アイツらの存在って、今どんな感じになってるの?


「……それが微妙なのよ。ちゃんと報告は上げたんだけど、不明な点と不穏な点が混在しているせいで、中途半端な情報じゃ余計な混乱が起きかねないって上の方々が判断したらしくて。妙なテロリストがいる、程度にしか各国に伝えてないみたいなの」

「おおう……」


 これは……多分アレだな。花園の人脈による情報操作だろうな。そうだと思いたい。


「まあともかく。そうした諸々の理由から東堂君の同行は決定事項だから。──それじゃあ本題に入るけど、そっちの二人はこっちきて。アミダで引率役決めるから、空いてるところ選んでね」

「くじ引きってあーた……」


 すっごいちゃんと考えた上でこっちの同行を決めた癖に、戦姫のチョイスの仕方が雑すぎやしませんかね? 対外的にはそっちがメインなんですよ?



ーーー

参考になるコメントがきたのでちょい修正。

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