第73話 やべぇ奴は、バトル漫画のキャラである(インフレ済み)

《side東堂歩》



 ダンク。ダンク。スリー。ダンク。スリー。スリー。スリー。ダンク。スリー。スリー──


「っだよ、コレ……!?」

「いや、無理だろ……」

「ヤバすぎでしょアレ……」


 体育館は異様な空気に包まれていた。驚愕、絶望、そしてわずかな興奮。共通して言えるのは、全てが非常識な光景を前にした際のリアクションであるということ。

 ゲーム開始から三分。俺たちのチームの得点は六十六。対して相手チームはゼロ。

 平均して五秒から十秒の間に一回ゴールを入れられてる計算だ。もちろん、点数は全て俺が入れている。

 そして相手チームは、未だにセンターラインすら超えてない。いやそれどころか、ボールを二人以上に回せてすらいない。


「情けねぇなバスケ部」

「っ……!!」

「おいおい睨むなよ。自業自得だろ?」


 ゴールを決めて下がる途中、バスケ部の石田君、喧嘩を売ってきたバカを軽く煽る。

 そしたら返ってきたのは憤怒の表情。授業中じゃなければ、殴りかかってきたことだろう。

 だがそもそもがお門違い。喧嘩を売って返り討ちにあった奴に、発言権なんて存在しない。


「それにお前はゲームも投げたし。その点でもキレる資格はないわな」


 最初はまあ、このバカを筆頭にあの手この手で俺を止めようとしてきた。

 他のチームメイトを指揮して、三人掛りで俺を囲みにきたり。その上で、コイツ自身もラフプレー上等で抑えにきたりもした。

 俺以外のメンバーなんて全無視で、事実上の一対五。それでもルールの範囲で蹴散らしてたら、抵抗すらしなくなった。

 他の奴らは分かるさ。これは体育の授業でしかなく、バスケに思い入れもないんだ。それで滅多打ちにされたらやる気もなくなるだろうよ。

 でもお前はそれをやっちゃ駄目だろう? 吹っかけた奴が降りるなんて許されねぇ。ましてやこっちは、わざわざお前の得意分野で勝負してやってんだから。


「わざわざ喧嘩を売った癖に、得意分野で返り討ちか。で、不貞腐れて勝負を投げる。──惨めだな、お前」

「ギッ……!」

「歯ぎしりすんじゃねぇよ、ガキかテメェ。……はぁ。仕方ねぇな。俺は優しいから、もうこれ以上は暴れないでいてやるよ」


 言葉と同時に後ろに下がる。形ばかりのマークでお茶を濁すこのバカには、もう付き合う必要もあるめぇよ。


「ほれ頑張れバスケ部。俺はボールに触らず、適当に走るだけにしてやるからよ。その間に点差を埋めとけ。この残り時間なら、見せられるぐらいの点差にはできるだろ?」

「テメェッ……!!」


 最後に最大級の煽りを入れ、一気にセンターライン近くまで後退する。

 バカが何やら喚こうとしていたが無視。あの煽りの後は、そっちの方が効く。


「あ、ハギ。気が済むまでやったから、俺もう手出しせんのでそのつもりで。休憩時間終わりな」

「……色々と言いたいことはあるけど、ひとまず了解。その代わり、後でしっかり追及するから」

「えー」

「えー、じゃないんだよなぁ……」


 追及とか面倒なんだけどなーと思いつつ、コートのすみっコの方に移動。

 形だけとはいえマーク体勢だったバカと違い、ハギはこっちチームだからな。ゲーム中に話し込んでると、確実に叱責が飛んでくる。

 ただでさえチームプレイをガン無視、授業もぶっ壊しで暴れ回ったんだ。今は体育の小林も驚きで思考停止しているが、この後で絶対に文句を言われるだろうし。

 説教の種は増やさないに限る。


「……それはそれとして、と」


 完全に俺が下がったことで、ぼちぼち再開されたゲーム。それを眺めながら、今後のことでも考えますか。

 まず印象。これはもうガラッと変わっただろう。オタクっぽい男子っての評価はもちろん、今朝のやらかしも含めて一変したはずだ。

 運動神経=評価。これは小学生の時から変わることのない学生の価値観なのだから。

 実際、向けられる視線の質は変わった。特に顕著なのは女子からの視線だろう。端的に言えば、隣からすっごい数の眼差しが向けられてきてる。

 しかもその内の何人かからは、好意的な気配を感じる。これは自惚れでもなんでもない、純然たる事実だ。


「ま、スポーツマンはモテるからねぇ……」


 あの一瞬で惚れられたとか、そういう話ではない。ただ恋愛対象にカウントされた感じはする。

 運動できるってだけで、無条件に好感度上がる奴っているからなぁ。好きでもないけど、粉ぐらいは掛けておこうかなって考えるタイプとかな。

 そういう意味では、ソフィアにキスしておいて正解だったかもな。実態はともかく、アイツと俺は恋人として見られてるわけだし。

 あの超絶美少女なら、防壁として十分に作用するだろう。アイツを押し退けてアピールしてこようとする猛者など、そうそう現れやしない──


「はぁ……」


 溜息と同時に、真横から飛んできたボールを片手でキャッチ。もう暴れないって言ったんだがなぁ。


「気付かないとでも思ってんのか?」

「チッ……!」


 ボールを投げてきたのは、当然ながらバカ。パスミスのフリして、俺の顔面を狙ってきやがったのだ。

 やけに近くでプレイしてんなとは思ってたが、これが狙いってわけね。やっぱり頭が綿飴だねぇ。

 とはいえ、上手くはやったみたいだな。ファウルを取られてないってことは、そういうことなんだろう。

 疑惑ぐらいは持たれてるかもしれんが、俺がガッツリキャッチしちまったからな。面倒を避けて、教師もスルーをしたのかも。


「ま、前言撤回してやるよ。情けなくないよお前は。才能あるんじゃね? ──ラフプレーの」

「ぶっころ……!!」

「遅せぇよ」


 ドリブルで、一気にバカを置き去りに。

 向かう先はフロントコート、ではなく。自分チームのエンドライン。


「歩!? そっち逆だよ!?」

「いやコレでいい」


 何度も言っているが、俺は売られた喧嘩は基本買う主義だ。一度大人しくしていると言っても、こうして再度喧嘩を吹っかけられた話は別。

 エンドラインギリギリ。相手ゴールからもっとも遠い地点からの投擲。

 そう。投擲だ。これはシュートなんてお行儀のいいものではない。

 シュートフォームなんてものはなく、マトモに狙ってすらいない。飛んできたサッカーボールを片手で返すような、極めて雑な投げ方だ。


「ラフプレーには、スーパープレーで返す。そうだろ?」

「……うっそぉ……」


──それでも関係ない。ボールは軽々と相手ゴールまで届き、リングにも触れずにスポッとネットに収まった。


「ジャンルがちげぇんだよタコ」


 生憎と俺はスポ根漫画に出てくるようなスポーツマンではなくてな。これぐらいは寝ててもできるんだわ。

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