第72話 やべぇ奴、動きます

《side東堂歩》



「──ってことで、今日は雨のため、女子もここで授業するから。ネット引いてハーフコートにして、男子は奥な。はい準備!」

「「「うぃーす」」」


 やる気のない男子たちの声が体育館に響く。

 とはいえ、ダラダラ指示をこなしていると面倒な叱責が飛んでくるので、返事の割に全員の動きは機敏だ。

 授業自体は男女別ではあるが、体育は二クラスによる合同授業。人手も十分に足りているために、準備も滞りなく終わった。

 その後は出席取って、準備体操。終わったら整列して体育座り。


「えーと、前回まではレイアップなどをやったわけだが、今日はチーム分けしてゲームな。ハーフコートになってるから、前回みたいにやってもゴール足らんし」

「「しゃぁっ!!」」

「うるさい騒ぐな。静かにできない奴は見学にして、レポート提出させるぞ?」

「「……」」


 はしゃいでた奴らが一瞬で黙った。うん、レポートはダルいよな。


「うし。それじゃあチームはいつも通り、出席番号で分けるぞ。ここはどっちのクラスも十五人だから、あまりは出ないからな」


 クラス内の出席番号ってことは……チームはまたハギと一緒か。こういう時は大概面子が固定される。番号近いあるあるですね。


「じゃ、チームで出席番号頭の奴、前に出てジャンケン。ゲームの組み分けと順番決めるぞ」

「「「はーい」」」


 ……あ、アイツ勝ったな。はいはい。俺たちはBチームで、二試合目に決定と。


「よし決定。それじゃあAチームとDチームはコートに。Cチームは二人点数、残りの三人は審判。厳密にやれとは言わないが、授業を教えたルール意識してチェックすること。たまに俺も訊くからな。──残りは端に寄って静かに見学! 隣でやってるからって、ゲームじゃなくて女子の方みたりするんじゃねぇぞ!」

「「「はい!」」」


 そんじゃあ、見学するフリしながらハギと喋ってよ。


「またチームですなハギさんや」

「ですな歩さんや。そして相変わらず、オギとは同じチームになりませんな」

「苗字がア行だから仕方ないネ」


 アイツだけ毎回バブられるからな。そんで大体、俺とハギは一緒になるから、地味に寂しそうな顔するんよな。


「ちなみにオギ、活躍すると思う?」

「無理だろ。アイツ、運動はできる方だけど不器用というか、端的に言って球技が壊滅的じゃん」


 オギ君、走ったりはできる方なんだけどね。ドリブルが鞠突きになっちゃうタイプだから。割りとよくいる『運動はできるけど球技が駄目な子』だから。

 ちなみにハギさんは運動全般が駄目な子です。クラスでオタトークする系の帰宅部だからね。絶対とは言わないけど、大抵がそんなもんだわな。


「まあでも、今日はゲームで良かったかなぁ。適当に走ってるだけで、やってる風な感じに見えるし」

「何で今日は?」

「……いやほら、女子もいるし?」

「なーる」


 思春期らしい考えやねー。女子が隣にいる状況では、運動音痴全開の姿を見せるのは抵抗があると。

 別にあっちに好きな女子がいるとか、そういうのじゃないのだろう。ただ恋愛云々を抜きにしても、ダサいところは見せたくないのだろう。


「てかアレだね。女子はダンスみたいだよ」

「ほん?」


 あー、創作ダンスか。突然やるようになったカリキュラム。授業でやる程度のダンスって見れるレベルになんのかねぇ?


「あ、見て歩。花園さんもいる」

「そりゃいるだろ。……ああ、道理で他の奴らがチラチラ見てたわけだ」


 なんか女子たちの方に視線をやってる奴らが多いなと感じてたんだが、なるほどなるほど。ソフィアが原因か。

 男の性で女子たちを観賞してるのかとも思ったが、チラ見の視線は一人にしか向いていない。

 転入生かつ絶世の美少女であるソフィアの、魅力的な体操着姿に惹かれているのだろう。


「ソフィア、見た目だけは本当に良いからなぁ。スタイルも黄金比みたいなもんだし」

「……勝ち組の台詞だなぁ」


 おい何でそこで頬を引き攣らせるよ?


「上から目線で花園さんを採点できるのは、多分彼氏の歩だけだよ? 実際ほら。歩に対して刺すような視線がちょくちょくと」

「あらま……。とりあえずは嫉妬乙とだけ言っておこうか」

「またそういうこと言う……」


 だってその通りやん? 特に危害を加えられたわけでもないのに、他人のことを睨んで良いと思っておいでで?


「てか、彼氏じゃねぇと何度言えば」


 そもそもアイツ、いや花園の娘たちとはビジネス寄りの関係なわけで。単に依頼の報酬に『肉体』が入ってるだけで、マジで互いに恋愛感情はないんだわ。


「……口ではそう言っても、実態は違うでしょうに。──ほら。花園さん、歩に手を振ってるよ?」

「授業中に何してんだよ……」


 仕方ないから手は振り返すけどさぁ。ほれシッシッ。こっち見んな。

 ……何でそこで愕然とした表情を浮かべてんだお前は。授業に集中しろタコ。


「あの馬鹿は本当に……」

「──ッチ。陰キャが調子のんなや」


──その瞬間、近くでそんな罵倒が聞こえてきた。丁度目の前を通ったグループ。他のクラスの三人組の一人から。


「うわ、感じ悪っ。あれ絶対聞こえるように言ってるじゃん」


 反射的にハギが不愉快そうな表情を浮かべる。まあ、うん。確かに気分は良くないわな。


「もしかしなくてもさ。喧嘩、売られちゃった?」

「……何でそこで満面の笑みを浮かべてるのかな?」


 そりゃー、うん。アレだよ。ターゲット発見、的な?


「アイツかな? あの三人かな? 俺の上履きにコーヒーぶち込んでくれたクソは」

「歩さんや。その台詞さ、報復対象を見つけた怒りというよりも、オモチャを見つけた鬼みたいなトーンなんだけど?」

「おい誰が鬼だ」


 せめて子供だろそこは。


「冗談はさておきよ。アイツが犯人かどうかは不明だけど、喧嘩売ってきたのは確かだよな?」

「そうだね」


 台詞の内容的にはどうでも良いんだけど。舌打ち+悪態は見過ごせないよなぁ? ……なんだったら今もちょくちょく睨んできてるし?


「ハギさんや。アイツ、誰だか分かる?」

「……えーと、確か石田って名前だったような……?」

「やっぱり絡まない奴は分からんよなぁ。ま、いいや。アイツは何であれ石田だ」

「そう言われると不安になってくるんだけど」


 ええやないの、石田君。素敵な名前やん?


「脳ミソ綿飴なのは確かなんだろうけど、どういう奴なんだろうかね?」

「んー、ガタイからして運動部っぽくはあるね。でも、あっちクラスの中心メンバーの方には寄ってないし……。個人的な印象だと、一軍の取り巻きっぽい感じの二軍?」

「中々に辛辣な分析を見た」


 でも分かるなー。そういう立ち位置にいる奴の方が、結構アレだったりするし。

 中途半端な陽キャというか、陽キャになろうとしてる奴っていうの? 妙な拗らせを発動してたりするんよな。

 逆にクラスの一軍にいるような奴って、テンションの合う合わないは別としてマトモだし。単にマトモじゃないと中心人物になれないってだけだが。


「まーまーまー。喧嘩を売られたのは確かなんだし、獲物カテゴリーには入れておきますか。今はそれでヨシ」

「……マジで物騒な思考を隠さなくなってきたね」

「それほどでもー?」


 何かハギがドン引きしているけれども。ボクちんには理由が皆目見当もつかないなー?


「──っと。そうこうしてる間に、俺たちの番みたいやの。そして案の定、オギさんチーム負けてます」

「あ、本当だ」


 そこそこの大差で負けてた。悲しいね。でも頑張ったなオギ!


「……」

「何かオギが睨んでるよ?」

「邪念が通じたらしい」


 疲労で死んでる割には、意外と元気なことが判明。あれなら放っておいて問題なかろう。


「……歩」

「おやおやおや?」


──それはそれとして、ちょっとテンションが上がってきたのですが?

 相手チームになんと、あの愉快な石田君がいるではあーりませんか。


「やぁやぁやぁ。さっきは挨拶してくれてありがとうねぇ? 石田君」

「は? 急に話し掛けてきてキモイんだけど」


 ……そっかー。あくまでキミはそういう態度かぁ。じゃあ遠慮はいらないかなー。

 開幕はバッドコミュニケーション。お陰でチーム間に流れる空気が少し冷えてしまった。事情を知らない奴らにはメンゴね?


「うし。それじゃあ、ゲームを始めんぞ。……あ、おい石田。これ部活じゃなくて授業だから、ちゃんとチームワークを意識しろよ?」

「うっす」


 体育の小林が、何故か石田君を名指しで釘を刺した。……確か小林って、男バスの顧問だったよな? これつまりそういうこと?


「なあ石田君。キミってバスケ部だったりする?」

「あ? だから何だよ」


 ……あ、ふーん。やっぱりそうなんだ。つまりバスケは、キミの得意分野なんだ。


「じゃあ、ちょうどいいな。ある意味で運が良かったな、石田君」

「は? お前マジで意味わか──」


──ジャンプボール。いつの間にかゲームが始まったらしい。

 そしてこっちは競り負けたらしく、ボールが相手チームに渡る。


「はいもらい」

「え……!?」


 その瞬間にボールをスティール! 相手が反応するよりも先に、一気にドリブルで駆け抜け──


「よいっしょぉ!」


 フリースローラインからのダンクで、はい得点。


「へーい。ぴすぴーす」

「……は?」


 唖然。呆然。様々な視線が、リングにぶら下がってピースする俺に向けられている。

 いきなり行われたスーパープレイ。バスケにおける花形シュートは、見事に体育館にいた人間、それこそ隣の女子たちも含めた全員のド肝を抜いてみせた。


「ほれボール」

「え、ちょ、え……!?」


 着地し、目についた相手チームの一人にボールを渡す。

 なんかあたふたしているが無視。そんでコートの中、固まっているバカの隣に止まって一言。


「──こういう弱い者イジメ、イキってるみたいで寒いから基本はやんねぇんだけどさ。喧嘩、売られちまったからなぁ……。おあつらえ向きにお前の得意分野みたいだし、このゲームで平和的にボコってやるよ」

「っ……!!」


 いや、マジで幸運だと思ってほしいなぁ。だって売られた喧嘩をスポーツで買ってやるんだから。

──プライドはバッキバキに折ってやるけど、グーが飛んでくるより全然マシだろ?

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