第70話 やべぇ奴、猫被るのやめるってよ
《side東堂歩》
「ふぁぁぁ……」
欠伸が通学路に響く。
「駄目だなぁ。調べ物しすぎて寝不足だ……」
その癖、収穫らしい収穫は無しという。無駄な時間をすごした気分だ。自然と溜息が漏れる。
非っ常に残念ながら、極めて合理的な理由から提案され、全俺会議で承認された『バチカン襲撃作戦』は、結局実行に移すことができなかった。
原因は検証不足。同じ怨霊系統で、インノケンティウスの下位互換と思われるサンプル。その情報を協力者である時音ちゃんから得ることができなかったのだ。
攻撃がどの程度まで通るか分からないエンドコンテンツを相手に、ほぼ無策で突撃をかますというのはね。流石の俺も躊躇うよね。
負ける気は微塵もないし、勝ち目も余裕であるだろう。だが相性の関係で、戦闘時間がどれだけ掛かるかが不明なのだ。
もし戦闘が長引けば、それに比例して周囲の被害も増える。事前に予測できない、完全な不意打ちとなれば尚更だろう。
だったら多少の危険はあれど、花園メンバーが場を整えるのを待った方が人道的というもの。
もちろん、サンプルの情報が提供されたら、即座に方針は変更する予定。
「……うーん。情報提供してくれそうな奴、どっかにいないかねぇ?」
念のために足掻いてはみたが、やはり独力でなんとかなるもんじゃない。一番手っ取り早いのは、他の局のメンバーに訊ねることなんだろうが……。
でも悲しいことにそれはできない。何故なら間違いなく、時音ちゃん経由で昨日の質問が局の面々に拡散されてるから。
いやね、秘密にしてバレた時が面倒だからって最初に教わったんだけど、対俺用の連絡網が存在するそうで。グループチャットみたいな奴。
こっちが何かする前に、先んじて色々と手を打たれちゃうんだよ。だからサンプル関連で俺が質問しても、局の人間は誰も答えくれないはず。
「かといってなぁ……」
一応、他のアテはなくはない。花園のテロで日本中を飛び回ったために、他支部の戦姫にも知り合いはいる。連絡先も知っている。
だがその大半が見習い。言ってしまえばちみっ子だ。流石にあの子たちに頼るのは良心が咎める。……俺がやろうとしていることもある意味でテロ。犯罪の片棒を担がせるのはアカン。
そうなるともうツテがない。神秘関係ではあと花園だけど、アイツら全員が外国──
「……あ、違うわ。ヒナちゃんがいたわ」
そういや日本人いたな。ボコッてから集中治療で顔合わせてなかったから、あと花園フレンズのアクが強すぎたから、すっかり忘れてた。
バチカン襲撃は止められてるけど、サンプルを使った予行演習と言えば、アイツらなら否と言うまい。
なにせ全員、マイフレンドのためなら世界に喧嘩すら売る狂信者。倫理観も相応に蕩けてるわけで。
「あとで訊くか」
幸いなことに、エターナルフレンドは同じクラス。否が応でも朝から顔合わせるんだ。好きなタイミングで話を振ればよかろうよ。
……それはそれとして、何か忘れてるような気がするんだよなぁ。
「何だっけなぁ……?」
首を傾げながらも、結局思い出すことはできなかった。
そして考えごとに夢中になっていたら、いつの間にか学校に到着していた模様。
うーん。眠気で覚醒しきってない頭で、他のことに意識を割いていたからだろう。八割ぐらい無意識で行動していたなこりゃ。
やってもうたやってもう──
「あ?」
──自然と冷たい声が漏れた。
靴を履き替えようとして、開けた下駄箱。その中に本来入っているべきなのは、当然ながら上履きだ。
「……コーヒー」
そのはずなのに、缶コーヒーが突っ込まれてるんですかねぇ? しかも上履きに。中身入りがそれぞれ一本づつ。
お陰で学校指定の白い上履きが、コーヒーを吸って茶色に変色してやがる。しかもまだ突っ込まれて時間が経ってないのか、ビッチャビチャのベッチャベチャだ。
「あー、思い出したわ……」
明らかな嫌がらせ。それもかなり短絡的かつ、ガキっぽい類。
こんなことをされる理由が思い当たらない。少なくとも、そういう行為とは無縁の学生生活をすごしてきた。
だがそれも昨日までだ。テンパったエターナルフレンド、もといバカがクラスのド真ん中で俺の唇を奪いやがった。
何でそれで嫌がらせに発展するんだよと、首も傾げる奴もいるだろう。実際、俺も思っている。
しかしあのバカ、容姿だけならアイドルすら霞む美少女。女神の恩寵という冗談抜きの神掛かったビジュアルをしているわけで。
ファンクラブが出来上がるには些か早い気もするが、それでも一目惚れする奴はいるだろう。粉をかけようと思う奴は、その何倍もいるだろう。
そんな中であの暴挙だ。出鼻をくじかれるもいいところ。しかも相手が地味なオタク男子ともなれば……。
間違いなく気に入らないと考える奴はいる。こうして行動に移すバカもいる。
そもそもこういう幼稚な行為をする奴は、マトモな思考をしていない。頭の中が畜生の類だ。
単純に気に入らないかつ、手を出しても問題ないと判断したら、理由よりも感情を優先してアクションをしかけてくる。
論理的かどうかなんて関係ない。『気に入らねぇ』から喧嘩を売る。実にシンプルだ。
「その精神は否定しないが……」
俺も同族。同じ穴の貉。人間性が壊滅してるクソ野郎だ。だから疑問には思わない。そういうものだと受け入れもしよう。
「──だが気に入らない」
それはそれとして、売られた喧嘩は買ってやろうじゃねぇか。『気に入らねぇ』から喧嘩を売ってきた以上、俺もこの犯人は気に入らねぇ。
要するにコレをやったクソは、俺のことを舐めているわけだ。ただの地味な、それでいてちょっとばかし調子に乗っているオタクと見下し、カモと判断したわけだ。
まあ、確かに? 平穏な学校生活を送るためにも、そういう風に擬態はしていたしね? ある意味これは、擬態の成果といっても過言ではない。
だが許せるかと言えば、断じてNOだ。なんで他人に、それもひ弱でおツムも足らない
──いい機会なのだろう。そろそろ『普通』の擬態も止めどきか。
裏の世界に身を置いた以上、日常の方はそこまで重要ではなくなった。
その上でエターナルフレンドという非日常が日常に侵食してきて、こうして勘違いした馬鹿による実害も出てきた。
これ以上は、大人しくして舐められるのも馬鹿らしい。
「……とりあえず、スリッパでも借りるか」
まあ、そんな内面の話はさておき。今は直近、現実に視点を戻すとしよう。
適当な教師に声を掛け、事情を説明。無事にスリッパをゲット。
ただちょっと面倒ごとも発生した。イジメの可能性ってことで、上履きが回収されてしまったのだ。あの缶入りの上履きを証拠に、学年主任や生徒指導の教師たちと話し合うらしい。
……うーん。話し掛ける教師を見誤ったな。現国の武田。授業でもやる気がないから、こういう面倒ごとは見て見ぬふりするタイプだと思ったんだが。
まさかめっちゃ真剣に、こっちの身を心配してくるなんてねぇ。意外と真面目かつ、生徒想いの教師だったらしい。
ただ申し訳ないのだけど、大事にするのは止めてほしいんだよなぁ。単純にダルいし、別に大してダメージもないし。むしろ反撃する気満々だし。
「おはよー!」
ということで、まず分かりやすい反撃の狼煙を。
教室に入ると同時に、元気いっぱいに挨拶。なんかクラス内の結構な人間がギョッとしてたけど、なんでだろうね?
それはそれとして……ああ、好都合。もうエターナルフレンド、いやソフィアが登校していたようだ。
「え、歩君? なんかテンション高くない? ……てか、何でスリッパ?」
「それよりソフィア、ちょっと失礼」
「え、唐突な名前呼び──んむっ!?」
疑問に答えることなく、ソフィアの唇を塞ぐ。完璧なセクハラ行為ではあるが、昨日の仕返しも入ってるので文句は受け付けない。
クラス内の空気が完全に凍り付いたが、その辺についてはガンスルー。構わず唇を貪り続ける。
「……ヨシ」
「っ、ヨシじゃないけど!? いきなり何してるのキミ!?」
「お前が言うな」
それに関してはマジでお前が言うな。ある意味で全ての元凶だぞテメェ。
めっちゃ目を白黒させて慌てふためいているが、苦情には関しては受け付けない。
代わりに端的な事実を告げる
「これは挑発だ」
「誰に!? 何の!?」
「登校して判明したんだがな。俺の上履きに、中身入りの缶コーヒーをぶち込んだバカがいる。ご丁寧に左右揃ってだ。ちなみに原因、十中八九昨日のお前のキスな」
動機は単純な嫉妬か、それとも格下認定からの嫌がらせか。どちらにせよ、理由なんてどうでもいい。
重要なのは、やられたという事実のみ。
「っすぅー……。面倒ごとを引き起こしたお詫びに、もう一回やっておきます?」
「しねぇわバカ」
「じゃあ相手の冥福をお祈りしておきます」
「何でだよ」
別に殺しはしねぇわタコ。
ーーー
あとがき
別に本作とは何も関係ないのですが、声けんコンテスト用の新作を発表しております。
『スピーカーから始まる春夏秋冬〜そしてキミは、僕の花火になったんだ』
コンテストに合わせ、音声作品用のテキスト形式という特殊な形態ですが、それでも構わないという方は是非。
文字数は一万文字ちょい予定の短編。なお、現在は前半部分のみ公開。残りは完結まで書いたら一気に公開する予定です。
新作への動線確保ということで、前半上げましたけど、ぶっちゃけると完結してからの一気読みを個人的に推奨。
つまり今は読まなくても構います。そんなの関係ないから読んで。
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