第62話 やべぇ奴にだって選ぶ権利はある
《side東堂歩》
「お前さぁ。男だってセクハラの対象になるの知らんの?」
「……嬉しくなかった?」
「頬を染めるな。質問をすり替えるな。ヒロインムーブで誤魔化そうとするんじゃねぇ」
あと感想を言うと大して嬉しくねぇよ。馬鹿犬に顔面舐められた気分だわ。
「ったく。冗談じゃねぇぞマジで。明日にゃ質問責めが確定したようなもんなんだからよ」
「……されるかな? ドス効かせた『うるせぇ殺すぞ』で、クラスのほとんど威圧して黙らせたのに?」
「クラスの冴えないオタク相手に、わざわざ遠慮する学生なんかいるものかよ。特に陽キャ連中」
「絶対に冴えないオタク認定はされてないから大丈夫だと思うの」
「全ての元凶がいけしゃあしゃあとほざくじゃねぇか」
「ゴメンナサイ」
目の前で手をゴキリと鳴らしてやると、即座に馬鹿が頭を下げる。……駄目だこりゃ。このノリが余計に勘違いを加速させちまう。
学校生活の比重を下げたとはいえ、ヤンキー扱いされたりするのは色々と鬱陶しい。他の奴らからビクつかれるのはダルすぎる。
なのでこのノリは抑えるようにしよう。少なくとも人目につく場所では。
「はぁ……」
てなわけでクールダウン。なんてったって今いるのは電車だからな。
時間帯的に帰宅部の学生メインで、それほど混雑してないとはいえだ。騒がしくするのはよろしくない。
今後の練習もかねて、なによりマナーの観点から静かに。会話もできるだけ小さく。……内容も割とアレかもしれんし。
「で、だ。流れに任せてお前さんに引っ付いてきたが、どこ行くんよ? そんでちゃんと説明してくれるんだろうな?」
「もちろん。でも時間は大丈夫? 具体的に言うとお仕事とかない?」
「今日は休み」
シフトが入ってたら教室での会話に割って入らねぇよ。歓迎会の方を楽しんできてどうぞってしてたわ。
「それは良かった。じゃあ私の家に招待するよ。自宅なら堂々と話せるし」
エターナルフレンドの自宅って……それ月面だよね?
「……あそこにまた行くと?」
「あはは。違う違う。ちゃんとこっちにあるよ。六本木駅。その近くのマンションを借りたの。たしか名前はヒ……あれなんだっけ?」
「もしかしてヒルズか?」
「あ、それ」
うわヒルズ族かよコイツ。いや世界規模の秘密結社の構成員だし、高級住宅に住んでても不思議じゃないけどさ……。
「高層マンションねぇ。アレって住み心地どうなんだ?」
「さあ? よく分かんないかな」
「あ?」
「いやだって、マトモに使ってないし。生活環境は整えてはいるけど、ぶっちゃけ書類とかの住所用だから。基本はお母様のところにいるし、部屋そのものが出入口というか」
「贅沢すぎんだろ……」
高層マンションの一室を玄関扱いかい。その台詞だけでこの国の大半の家庭を敵に回すぞ。……でも実家(ガチの女神+神話に語られる宮殿セット)のが居心地良いってのは分かる。
「まー、少しもったいなくはあるよねぇ。家電も一応揃ってるし」
「少しじゃねぇんだよなぁ……」
「なんだったら歩君が使う? 私が登下校でちょくちょく出入りするけど」
「いや何でだよ……」
提案の脈絡がなさすぎるだろ。俺がヒルズ族になるとか意味不明だわ。
「変な意味でも何でもなくてさ。玄関利用しかしてない私よりはまだ使うかなって」
「色ボケな台詞とは最初から思ってねぇわ。でもそれで同棲なんて噂が立ったらマジで死ぬ」
目の前の馬鹿のせいで、現状ですらあらぬ誤解が閃光の如く駆け抜けてるんだよ。そこに追い討ちかける理由はねぇだろうに。
「てか今更だけどよ。その『歩君』呼びは何なん? それも誤解を加速させてる要因なんだが」
「あー、やっぱり仲良くはしときたいからね? 呼び方って距離詰める第一歩でしょ」
「それを助走にしてドロップキックかました奴が何言ってんだ」
マウストゥーマウスは一足飛びってレベルじゃねぇんだよ。……思い出したら腹立ってきた。
「……お前の家に到着したら一発殴らせろ」
「いきなり怖いよっ!? 何で……やっぱりキス?」
「それ以外に理由があると?」
「理由なくても殴りそうではある」
それはちょっと否定できない。
「……むぅ。一応アレ、私もファーストキスだったんだけど。テンパってやっちゃったけど、地味に後悔してるしさ」
「それ免罪符になると思ってる?」
「まさか。でも私って可愛いじゃん? 異性としては魅力的でしょ」
「自分で言うか」
「うん。だってこの容姿もお母様が私にくれたものだから。元の家族、一般家庭だった時は普通だったんだよ? それがお母様に引き取られてから、自分でもビックリするぐらい可愛いくなった」
「……なるほど」
エターナルフレンドの容姿は、文字通りの意味で女神の祝福ってことか。
話を聞く限りでは、整形とかではなさそう。多分だけど、成長に合わせた容姿補正とかなんだろう。
戦姫の容姿だって、昔に混ざった神秘の要素が強く表れたものだと言うし。
隔世遺伝の類でそれなのだ。ガチ女神からの寵愛ともなれば、並から超絶美少女にまで成長してもおかしくないだろう。
「花園が美少女ばっかなのはそれが理由か。そんで誇らしくするのも当然だわな」
「でしょー?」
コイツらにとってマイフレンドは崇拝する神だ。恵まれた容姿も主神からの贈り物。だから堂々と価値を示す。
「ま、それとこれとは話は別だが」
「ぐっ……。やっぱり手強い。お母様の魅力に囚われなかっただけはある」
「止めろその言い方。俺が人妻相手とただならぬ関係みたいに聞こえて不愉快だ」
「……代わりに私、あと他の皆も追加するから、できればお母様には手を出さないでね?」
「反対車線に電車が通るタイミングで外に叩き出してやろうか?」
「それ本当に死ぬやつ」
だから『殺すぞ』って遠回しに言ってんだよ。クソみたいな言いがかりつけやがってからに。
外聞悪いなんてもんじゃねぇわ。世間体とか気にしない方であっても、許容できる種類ってもんがあるの。
お前らの実態、マイフレンドの見た目を知らない奴らからすれば、同級生の母親を狙うクソ野郎認定されんじゃねぇか。
人妻好き、熟女好きの称号は人を選ぶんだよ。少なくとも俺には不名誉だっての。
「あとお前、サラッと仲間売ってやるなよ。冗談にしても酷いだろうに」
「大丈夫大丈夫。お母様を守るためなら皆も躊躇しない。むしろ喜んで犠牲になるから」
「だとは思った」
コイツはもちろん、花園のメンバーは全員がマイフレンドのガチ狂信者だからね。そりゃ自分たちの神のためなら、進んで生贄ぐらいなるわな。
アイツら、普通に会話が成立するから勘違いしそうになるけど、そこらの宗教カルトの信者よりも遥かにガンギマってるし。
「……それに実のところ、仲間売るとかそういう話じゃなかったりするんだよね」
「あ?」
「条件次第ではあるけれど、キミのもの、都合のいい女になってもいいって思ってるってこと。私だけじゃなくて、花園の娘たち全員がね。……ま、詳しくは私の部屋で。ちょっとしたお楽しみって奴かな?」
「いやスマンがいらない。お前らみたいな地雷系はNG」
「話しぐらいは聞いてほしいんだけどぉ!?」
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