やべぇ奴の日常
第59話 やべぇ奴と転入生
《side東堂歩》
「ふぁぁ……」
花園事件(仮称)から一週間の時が経った。
原因と手を組んだこともあって、ブラック企業の如きなハードワークの日々とは無事におさらば。
平穏な日常が戻ってきたなと実感する今日この頃でございます。
「はよー」
「おう」
「おはー」
平穏な日常その一。眠い目をこすりながら登校。
クラスに到着して、ダチと気の抜けた挨拶をするこの瞬間よ。……到着しちゃったなぁって気分になって超帰りたい。
でも帰れない。あとサボれない。我が家のヒエラルキーのトップであるマザーがね……。金払ってんだから理由無しにあんまサボるなと仰ってるんだ。
そんな訳でこうして嫌々登校しているのですよ。こういうのも学生の醍醐味と自分に言い聞かせて誤魔化しながらね。
「ダルいよぉ。学校面倒だよぉ……」
「相変わらずだな歩」
「でも同感」
「それな」
ただそれでも嘆きの言葉は止まらんのです。そして同じ学生であるダチ、荻野と萩野から同意の声。
学校を楽しいという学生なんかいる訳ないんだよなぁ。いたら天然記念物だわ。
「でも歩は良いじゃんか。一ヶ月ぐらいのんびりしてたんだろ? テストもちゃっかり回避してるしよ」
「事故で入院してたの間違いなんだが? そしてテストない代わりに成績ダダ下がりが決定したんだが?」
「オギ。歩もガチで死にかけてたんだからそういうこと言わない」
「なー。コイツ酷いよなハギ」
「はいはい悪かったって。全然堪えてなさそうなのによく言うわ」
そりゃ嘘だもんその設定。
どうも俺が日本中を飛び回っていた時、学校の方では事故による長期入院って形で処理されてたようで。久々に登校した時はあんまり絡まないクラスメートからも色々言われたのよね。
ちなみに家族に関しては、俺から概要をボカして家を明けると伝えていたりする。忙しくなってきた辺りで、神崎さんとガチ脅……交渉してそうさせてもらったんだよね。最初は難色を示されたけど、敵対すらチラつかせてどうにか受け入れてもらった。
いやだってさぁ、魔法とかで簡易の記憶操作させるとか言うんだもん。あの人たちにそんなことやったら碌なことにならんし……。
かといって理由を素直に伝えるとそれはそれで面倒そうだから、超頑張ったのよ本当に。
「……いや大変だった。見えない努力が報われたわ」
「リハビリの話? トラックにモロ撥ねられて骨折だっけ?」
「そんな感じー」
おっと危ない。つい苦労を口に出してしまった。誤魔化せたから問題ないけど。
てかツッコミたいんだけどさ。カバーストーリーの方が内容的に大人しいのどうなのよ? 一応自分、一方的とはいえガチの化け物やテロリストと戦ってたんですか。トラックなんて目じゃないんですが。
現実に準拠したレベルの危険度にすると、何でお前死んでないねんってなるから仕方なくはあるんだけど。それはそれとしてモニョるというか。
「後遺症もなくて良かったねマジで」
「異世界に行きそびれたがな」
「それ半分ぐらいの確率で死んでね?」
トラック転移の死亡率は八割ぐらいな気がする。
「でも異世界とかあったら行ってみたいよなぁ。チーレムとか憧れるわ」
「チー牛が何か言ってる」
「殴るぞ歩」
馬鹿なこと言ってるからなんだよなぁ。異世界転移云々は立場的に否定はできんが、ハーレムに関しては確実に否定できるわ。
「フツメンなオタクがチョロっとチート手に入れただけで戦えるかよ。そんで現実世界でナンパもできない奴が、何で異世界行ったら女子とマトモに会話できると思ってんだか」
「異世界人って言うと浪漫あるけど、実際のところ外人みたいなもんだからね。外人の顔立ちってだけで気後れするでしょ普通」
「妄想にマジレスはいらねぇの! お前だって異世界で無双してハーレムとか憧れるだろ!?」
「いやそんなに」
現実でこの前無双してきたばっかだし、ヒロインに相当する美少女も存在しているので。
「妄想なんか語り合ったところで悲しいだけだろうよ。もうちょい建設的な話題にしようや」
「建設的な話題ってなんだよ」
「んー、実はずっと気になってたんだけどさ……」
俺の席ってさ、よくいうアニメの主人公ポジションというか。窓際の列の最後尾なのよ。しかも人数の関係で、基本は六人一列のところが、窓際の列だけ七人なんだよね。
つまるところある種の陸の孤島。アニメのような特別感はぶっちゃけない、むしろ孤立気味だからこそ地味に目立つのが俺の席なんだが……。
「何か俺の隣に席増えてね?」
速報。何故か陸の孤島だった席が孤島ではなくなる。
「疑問ではあったのか」
「ガンスルーしてたから、てっきり興味無いのかと」
「いや直ぐに触れるのもアレかと」
「アレって何だ」
さぁ?
「で、何コレ? まさかとは思うけど転入生とかか?」
「らしいぞー。他の奴が柴田先生から聞いたってさ」
「……マジか。高校でそんなこと本当に起きるのな」
「それなすぎる。他の皆もちょくちょくザワついてるからね」
「だろうな」
転入生とか義務教育中でも滅多に起こらないイベントなのに。高校の転入生とかそりゃザワつくよ。
フィクションとかなら定番だけど、現実でそんなイベント普通は起こらない。ましてやこの学校は私立だぞ。通ってる側が一番それを理解しているレベルだ。
「漫画やアニメなら、転入生から新たな物語が始まるけど、どうなると思うよ?」
「オギー。またフィクションと現実をごっちゃにしてるよ」
「そーそー。ヒロインにしろヒーローにしろ、そういうのは顔面偏差値がなきゃなんだよ。一般人の顔面偏差値の残酷さをナメるなや」
「ナチュラルにえげつない毒吐くじゃん歩……」
ぶっちゃけ戦姫の面々、あとリアル女神の一派と拘ってるせいで目が異様に肥えちゃったのよな。
フィクションで例えるなら、あのレベルじゃねぇと学園モノのキャラってやってらんねぇよ多分。
「ま、それを抜きにしてもよ。高校の転入生とか半分ぐらいの確率で訳アリかもだぞ」
「あー、それは確かに……。平和な理由だと親の仕事の関係で引越してきたとかだろうけど」
「今の時代じゃイジメから逃げてきたとか、気まずい理由もありそうだもんねー」
転入してきたってことは、そいつの生活環境を変える理由があったってことだからな。
その理由が大した内容じゃないならともかく、マイナス方面の事情なら迂闊に触れないだろうよ。
「変に期待するもんでもないだろうさ。大抵がクラスメートの関係性で終わるんからな。インフルとかで遅れて初登校してきた奴って思って拘わるのが無難じゃね?」
「それ逆に気まずい奴では?」
「あるよね。登校したはいいけど、すでにグループできちゃってるパターン」
「ああいうエピソードって、何で聞いてると胸が痛くなってくるんだろうな……」
別に陰キャって訳じゃないから、過去のトラウマとか、共感性羞恥とかとは違うはずなんだけど。
何でかあの手のエピソードって、その状況が鮮明にイメージできちまうんだよなぁ。
「──おーい。もうすぐチャイム鳴るよー。ほらさっさと席着きなさーい」
っと。いつの間にかそんな時間か。やっぱり空き時間って短いねぇ。
「んじゃな」
「転入生の隣、ガンバレー」
「おうおう」
担任の柴田がやってきたので、一旦解散して席に着く。……無難に相手するとは言ったものの、隣の空席が地味に気になるな。
「そんじゃ朝のHR始めるけど、出席を取る前に皆に重要なお知らせです。薄々気付いてるだろうけど、このクラスに新しい仲間が加わります!」
「はい先生! 女子と男子どっちですか!?」
「うるさいよ田中。今から自己紹介してもらうんだから余計なこと言わない」
「さーせん!」
テンション高いなアイツ……。
おちゃらけたクラスメートと担任による、転入生を迎え入れる際の定番のようなやり取りを挟みつつ。
「それじゃあ入ってきて」
『──はい!』
──その時は来た。
「うぉ……」
「え、やば……」
「綺麗……」
ガラリと扉が開かれ、入ってきた転入生にクラスの奴らが息を呑む。
転入生は女子だった。それも日本人じゃない。滑らかなブロンドの髪と、宝石のようなブルーの瞳。そして妖精のような華奢な体躯。
その辺の知識に詳しくないので断言はできないが、いわゆる東欧、スラヴ系と呼ばれる人種だと思う。
だがそんなものは瑣末な特徴だ。コイツを説明するのならば、もっと分かりやすく明確な表現がある。『美しい』。この一言に尽きる。
なにせクラスメート全員が言葉を失っている。すでに顔合わせをしているはずの担任ですら圧され気味なのだから、その美しさが分かろうというもの。
「えっと、それでは自己紹介をお願いね」
「分かりました!」
俺はその美貌を知っている。もはや馴染み深いと言えるほどに。
戦姫と呼ばれる人類の守護者。絶世の美貌を宿す乙女たち。彼女たちの恵まれた容姿は、その身に流れる神秘の血が色濃く反映されたが故のもの。
そして転入生の美貌は、明らかにそれに類するもの。
「ロシアから日本に引っ越してきました。花園ソフィアです! 皆さん、今日からよろしくお願いします!」
……ついでに言うなら、俺はコイツを知っている。何故なら最近あったから
「それじゃあ花園さん。席は一番後ろのあそこね」
「はい!」
ハキハキと明るく、それでいて人懐っこい笑みを浮かべなかまら、花園ソフィアは俺の隣へとやってくる。
……だが俺は、俺だけは気付いている。その笑みがこちらに近づくにつれて、固いものに変化していることを。ついでに言うなら、その雪のような肌に冷や汗らしきものが流れているのを。
「これからよろしくなお隣さん。色々と訊きたいことはあるけど、とりあえず仲良くしようや。──自己紹介は、必要ないよな?」
「……は、はい。ヨロシク、オネガイ、シマス」
なぁ。何でここにいるんだよ、エターナルフレンド。……返答次第じゃ〆るぞテメェ。
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