第53話 バイバイやべぇ奴

《side東堂歩》



「──んー」

「……いきなり黙り込んでどうしたんだい? 今度はどんな狂言を吐くつもりだ」


 ちょっとばかし考えごとをしていたら、何故かマイフレンドからジト目で睨まれてしまった。いや本当に何でだよ。


「時間も時間だし、そろそろ帰ろうかと思っただけだよ。あと狂言ではなくウィットに富んだジョークと言え」


 なんだかんだいい時間だし、何か言う暇もなくここに突撃したからなぁ。長居しすぎだと心配されてしまう。……してるかなぁ? してくれてたらいいなぁ。


「良い感じに交流も深められたことだし、この辺りが潮時かねぇ」

「……アレを交流と言い張るのかキミは」

「打てば響くような会話ばかりだったじゃないか」

「言葉で滅多打ちにしてたの間違いだろうに……。あまり私の娘たちをイジメないであげてくれ」

「イジメないよぉ」


 なお、視線の先にいるバカ娘たちは何故か凄い疲労感を滲ませていた。不思議だね。


「……まあいい。なら魔法で転移させよう」

「それ大丈夫? バレたりしない?」


 普通に対策局からしたら裏切り案件な訳だし、できればバレたくないんだけど。


「バレるバレないの問題じゃないよ。此処は転移を使わないと辿り着くことはできないんだ。その逆も然り。私たちだって外に出る時は、魔法か専用のアーティファクトを使ってるしね」

「あー。世界的な秘密結社の本拠地だもんな。そら簡単に出入りできるような場所にはないか」


 大体そういうのって二パターンあるからなぁ。都会の一等地や高層ビルみたいなところを堂々と使ってる場合と、どっかの街の地下や秘境とかのガチ秘密基地だったりする場合。

 コイツらの場合は後者だったってことか。


「ちなみに訊くけど、どんな秘境にこのクソデカ屋敷をおっ建ててる訳?」

「普通それ訊くかい? 本拠地の位置とか最重要機密なんだが」

「別に言いたくないならそれでいいが。教えるというのなら俺の好感度が上がるぞ」


 ミリぐらいだけど。ついでに言うなら同盟結んでる時点で、好感度上げしたところで大した意味もないけど。


「いやまぁ、ある意味で東堂少年のことは信用しているし、教えたところで問題もないのだけどね。信用とか抜きにしても、何処かの国の機関にバレたところで襲撃される心配もないし」


 大したことなさそうに、それでいて自信満々な様子でマイフレンドはそう言った。


「……マジでどんな秘境なんだよ此処は」

「月だよ」

「……は?」

「広大な月面の一角にこの宮殿は建っている」

「ええ……」


 マイフレンドの言葉に素直にドン引きした。秘境どころか地球上ですらなかったでござる。


「何でそんなトンチキな場所に家建ててんの? 馬鹿なの?」

「建てたのではなく元々建っていたのさ。この宮殿もまた現代でいうところのレリック、神代から存在する神に縁ある建物。中国神話では仙女、道教においては月神とされる嫦娥の居城である【月宮殿】さ」

「なーるーほーどー?」


 嫦娥ねぇ。中国神話とかあんまし詳しくねぇからアレだけど、確か不死の薬を盗んで月まで逃走した奴だっけ?

 そいつの宮殿をちゃっかり使ってる訳ね。やけにアジアンテイストな見た目してんなぁとは思ってたけど、そういう理由か。


「でもそんな代物が月にあったら騒ぎにならんの? 現代は衛星の時代よ?」

「当然観測なんかされないよ。いくら時代が進んだとしても、神の居城に人間が易々と近づけるものか。この宮殿は嫦娥と認められた者のみが認識し、足を踏み入れることができるのさ」

「……俺は?」


 当然そんな許可みたいなもんはもらってないが?


「あんなゲームのバグ技みたいな方法で突撃してきたキミは例外に決まってるだろう」

「あっそ」


 それはそうとしてマイフレンド、バグ技とか知ってるのな。

 ともかくだ。そんな都合の良い特性を利用して、コイツらはこの月宮殿を本拠地として活用しているそうな。

 この宮殿に入れるのは嫦娥の権能を借りれるマイフレンドと、借りた状態で許可を出したバカ娘たちだけらしい。……ちなみに権能は永遠に借り続けることはできないそうで、マイフレンドもまた権能借用時に自身に許可を出す形で落ち着けているとのこと。


「つまるところ一度家主のフリして上がりこんだ挙句、自分と身内を居候認定。で、本来の持ち主が死んでるのをいいことに、そのまま私物化していると」

「……言い方はアレだけど間違ってはないね。ただその関係で、不死の薬を初めとした一部の設備、嫦娥のみが扱えるそれらが使えないんだけどね」

「いやそれを抜きにしても破格だろ。なんだ月って。マジで難攻不落じゃねぇか」


 攻略するのに月面着陸が前提とか色々狂ってるだろ。で、それをクリアした後に待ち構えているのが、数多の神々の権能を借り受けることができるガチ女神と。


「……お前ら本当にラスボス相当の組織だったんだな」

「見直したかい?」

「正直してる」


 マジでRPGとかで出てきそうな構成というか。王道で豪華な設定にちょっと感動よ。全然その設定を活かせてなかったけど。


「強いて言うなら、移動の他に文明の力が使いにくそうってところが難点か……」

「ところがどっこい。この宮殿には最新の科学設備が満載だよ。ネットだって使える」

「いや何でだよ。電気はともかく電波は通らねぇだろ」


 地球の山奥ですら圏外になるんだぞ? 月でネットってどういうこっちゃよ。


「極小規模だけど魔法で空間を恒常的に繋げているのさ。そこからケーブルを引っ張ってきてる」

「無線どころか有線だと……!?」


 ガチで想像の斜め上をいくでねぇの。文明の利器をフル活用できる神秘の月面秘密基地とかガチで最強じゃねぇか。


「本当に何であんな体たらくだったの? そんなアドバンテージあったらしっかりラスボスできたじゃん」

「キミがおかしいんだよキミが!!」


 えーほんとでござるかぁ?


「まあそんな訳だから。移動するには転移が不可欠なんだよ此処は」

「みたいやのう。俺も流石に生身で地球と月の行き来はダルいわぁ」

「……できないとは言わないのか」

「うん」

「生身で」

「うん」

「頭が痛くなってきたよ……」


 実際めっちゃ頑張ればいけると思うのよね。生身での宇宙移動。月面まで蹴り飛ばされてもピンピンしてたヒーローもいたし。

 ただ問題は途中で服が死ぬ可能性が高いこと。だからやりたくはない。如何に漫画の技を再現しようとも、俺の服には少年漫画的な局部守護の祝福は宿っていないのだから。


「流石に生身で成層圏突入は全裸確定だからな。今回はお言葉に甘えるとするわ」

「……あっそ」


 ついに考えんのやめたなコイツ。


「じゃあ韓国の釜山上空あたりに転移させるから、後は自分で移動して。キミならバレずに上空やら海上やら移動できるでしょ?」

「いや待てや。普通に日本に直で転移させろや」


 何をサラッと韓国に不法入国させようとしてんだお前。散々ボコした仕返しか何かか。


「ちゃんと理由はあるから。まず第一に外国なら絶対にキミが転移してもバレないということ。それなら必然的に私たちとの同盟したとも思われないでしょ?」

「ふむ」

「あとは報告用のカバーストーリーだね。勝利したとなると証拠を提出しなければならないし、敗北したなら何で無事だってなるだろう? だからギリギリのところで取り逃したって形にした方が無難だ。あと一歩のところまで敵を追い詰めたけど、一瞬の隙を突かれて転移の魔法を受けてしまったとかが丁度良いだろう。これならある程度は時間の言い訳にもなる」

「なるほど。今まで帰還できなかったのは日本目指して移動してたからです、ってことな」


 そういう理由なら仕方ねぇなぁ。色々と誤魔化すことを考えると、確かに日本にそのまま転移するよりも良い気がしてきた。


「理解してくれたのなら、早速転移に入ろうか」

「おう」

「ああ、そうだ。同盟相手として、有事の際の連絡手段をこちらで用意しておく。専用の端末を届けるから、そのつもりで頼む」

「えーめんど……いやでも流石に俺の携帯はアウトか」


 一瞬L〇NEでも交換して済ませろよと思ったけど、秘密結社のメンバー相手にゴリッゴリの私物携帯で連絡先交換するのはアレか。

 戦姫メンバーを筆頭に、局の人たちの連絡先も入ってるし。誤爆したら洒落にならん。


「ま、諸々はこちらに任せてほしい。キミはただ怪しまないでくれ」

「はいよ」

「よしそれじゃあ、転移を始めるよ」


 うっしー。それじゃあちと遠回りするけど、我が職場に帰るとしますかねぇ。……そしてさっさと我が家にも帰りたいよ本当に。

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