第51話 やべぇ奴、吼える
《side東堂歩》
「……粗茶ですが」
「ありがとうフロイライン。とても美味しそうな紅茶だ。HAHAHA」
「ヒェッ……」
「オイ何だ人がせっかくフランクに話してやってんのに」
「ソフィアを威嚇するんじゃないよ。アノニマスの仮面みたいな胡散臭い笑みで何を言ってるんだキミは。というかよくできるなそんな表情」
「ぶっちゃけると顔が痛い」
表情筋ってアレよな。慣れない動かし方すると妙に凝るよね。ダメージとは違った痛みがあるというか。
「……あの、お母様。コイツ、本当に大丈夫なんですか?」
「お前の頭の方が大丈夫かコラ。現在進行形で交渉中の相手を指差すな。失礼じゃろがい」
「ヒッ……!」
「だから娘を脅さないでくれと……。ソフィア、私はいいから下がりなさい。皆と一緒にヒナとセロの看病に回って」
「で、でもこんな危ない相手とお母様を二人にするには……」
「彼がその気になれば何人いようが変わらないよ。あの絶望的な状況から、こうして紅茶を片手に面と向かって話し合える時点で事態は好転しているんだ。変に心配する必要はないさ。……ほら、行きなさい」
「は、はい」
そうして後ろ髪を引かれるような反応をしながらも、ソフィアと呼ばれたバカ娘その一は去っていった。
「さて。待たせて悪かったね」
「本当にな。オタクの娘さん、ちと疑り深すぎやしねぇか?」
「キミは私たちを全滅一歩手前まで追い込んだ自覚はないのか……。あの子たちからすれば、気絶から目が覚めたらこんな状況なんだ。不安にもなるだろう」
「考慮に値する対価を提示されたから、一旦矛を収めただけなんだがね」
サブカル支援。耳を傾けても良いと考えるぐらいには、俺のツボを突いた提案だった。
だからトドメを刺すのを一旦止めた。コイツらをどうこうするのは、具体的な内容を聞いてからでも遅くないと思ったから。
「そこは理解できなくもないけどね。でもこうして対話の形式まで取るとは思わないだろう。ましてや娘たちを起こし、一番重傷なヒナの治療まで許してくれるなんてね」
「話し合いを円滑化する為だ。自分と仲間が死にそうな状況で、長々と俺を楽しませられるオペラを演じられるんか? ステージが断頭台でも構わないのなら、今すぐにでも希望を叶えてやるが?」
「……その気使いには素直に感謝するとも。ただアレだ。あの子たちを自由にさせることで、逃亡したりする可能性は考えなかったのかい?」
「カルトが合理的に損得勘定できるのなら、この世の不幸はもっと少なくなってるだろうよ」
「……言いたいことはなんとなく分かった」
総帥様いわく世界的な秘密結社らしいが、コイツらの正体はモノホンの女神を崇拝するカルト教団だ。母親気取りのコイツは主神であり、あのバカ娘たちは主神からガチの恩恵を与えられている狂信者。
狂信者が信仰を、実際に存在している主神を捨てられるものかよ。目の前のコイツがいる限り、あのバカ娘たちは絶対に逃げない。逃げるという選択肢すら浮かばない。
「決裂したらお前を捕らえる。この距離なら絶対に逃がさん。そうして引き摺りながら練り歩けば、バカ娘たち全員がたちどころに釣れるだろうさ」
「……コレは微塵も気が抜けないね」
「当たり前だ。お前らは首の皮が一枚かろうじて繋がってるだけ。俺が価値無しと判断したら速攻で潰す」
「分かっているとも」
先程コイツは、バカ娘その一に対して事態は好転したと語った。
だがそれは違う。そんなのはあのバカ娘を安心させる為の方便だ。
確かに俺はこうして座って茶を飲んでいる。傍から見れば友好的にも見えるだろうよ。だが状況は何一つ変わっていない。ただお互いの体勢が変わっただけだ。
コイツは言葉でもって俺の気を惹く。俺はただ感情に従って、コイツらを見逃すか潰すかを決める。それに一体さっきまでと何の違いがあると言うのか。
「さて。そんじゃあ本題だ。サブカル支援なんて愉快な提案をしてくれた訳だが。一体どういうビジョンを描いている?」
紅茶で唇を湿らせながら、パンドラへと問い掛ける。
コイツがさっき語ったのは全容、プレゼンの為のタイトルに過ぎない。興味を惹くことには成功しているが、肝心の中身については語っていないのだ。
「そのビジョンを語る前に。まず大前提として、私たちはキミとこれ以上敵対する気はないと理解してほしい」
「当たり前だ。交渉終わった後に喧嘩売ってきたらマジで潰すぞ」
それアレだからな? 同盟結んだ翌日に宣戦布告するのと同じだからな? 不意打ちの代償にえげつないヘイト稼ぐ奴だぞ。
「分かっているとも。だから一部の例外を除き、花園の活動対象から日本は外す。また応援としてキミや、キミの知人が応援として海外に派遣されると分かったら、その時点で今回のような工作活動を切り上げるさ」
「テロ行為をそもそもすんなって、至極当然なツッコミについてはどう考える?」
「それはできない。私の願いは娘たちの幸せで、現在の主要メンバーであるあの子たちの願いは復讐だ。テロ行為はその為に必要な手段。控えることはできない」
「個人の復讐にしては、かなり大掛かりに過ぎるんでねぇの?」
「あの子たちの復讐対象がそれだけ強大なのさ」
そうしてパンドラは一つ一つ挙げていく。あのバカ娘たちの復讐対象とやらを。
政治家。マフィア。社会。世界的大企業。とある国の名家。怪物。宗教組織。
なるほど。確かにその全ては強大。個人で復讐するにはあまりにも厳しい相手ばかりだ。
「……よくもまぁ、そんな厄ネタばっかり集めたなお前。何なの? 不幸コレクターなの?」
「集めたというよりは、残ったというのが正しいね。花園にはあの子たち以外にも娘はいた。ただその子たちは普通の幸せを願ったり、復讐対象が個人とかの小規模だったりしてね。願いを叶えて、今は第二の人生を謳歌しているよ」
「そういう訳ね」
だから現在の主要メンバーなんて言い方になったのか。
「てことは、そういう卒業生たちが世界中にいるってことか」
「そうなるね。実際、私のコネの半分ぐらいが送り出した娘たち由来のものだ。悠久の時を生きると自然とコネが増えていくから、信頼できる相手に大切な娘たちを預けていったんだけど……。そしたら皆、私の顔に泥を塗れないと凄い頑張ったようで。気使いたらどんどんコネが増えていったんだよね」
当時の経済界の大物の妻になった者。生粋のブルーブラッドたちに仕え、信頼を勝ち取った者。自ら会社を作り、世界的な大企業まで成功させた者。政治家の妻となり旦那を盛り立て、事実上の派閥の長となった者。大女優や歌姫として芸能界に君臨した者。
それぞれの時代でパンドラの娘たちは活躍し、その上でその信仰を一族に連綿と伝えているのだとか。
つまりコイツのコネというのは、何世代にも渡り受け継がれてきた、上流階級に籍を置く女たちのワールドワイドなネットワーク。そしてその女たちが我が子に伝えてきた狂信。
「全世界の狂信者系教育ママたちによる、何世代も続く井戸端会議。その総元締めがお前という訳か。そりゃ世界的な影響力を持った秘密結社にもなるわな」
「それほどでもないけどね。私のコネの多くは一般人が主体となっている。だから術士の一族とかの神秘関係にはあまり影響力がないんだ。ある意味で一番面倒な領域に手が届かないから、これが中々に面倒でね」
なんでも術士の家系は血統重視の排他的な価値観が蔓延しているので、基本的に素性の怪しいコイツの娘たちを預けることができないのだとか。
後は単純に、ガチ女神のコイツが不用意に近づくと、その神秘を獲得しようと攻撃してくるそうで、面倒を避ける為に元々距離を取っていたのだとか。
「ともかくだ。今回のようなテロ行為に関しては、申し訳ないが止めることはできない。あの子たちの復讐を叶える為に、表に出ない形での政治的な損害を各国に与える必要があるからね」
「信者の願いを叶える為に、見ず知らずの誰かに不幸を強いるか。流石は神様。クソみたいな価値観だな」
「救える者には限りがある。だからこそ、この手の中にいる娘たちには膨大な愛を注ぐのさ」
「やはり神ってのは人間には優しくないねぇ」
素敵な具合に狂ってやがる。コレが元々のコイツの性格か。それとも土着の大地母神から、ギリシャ神話に取り込まれた際に在り方や性格諸々が歪んだのか。
まあそこはどうでも良い。重要なのは、その開き直り方には個人的には好感が持てるということだ。
「その自分第一の姿勢は気に入った。いいぜ。それならテロ行為を止めろとは言わん。俺と衝突しないよう配慮するなら好きにやれ」
「そうか! それはなによりだ!」
「ただそれは賠償を払ってからな。さあとっとと俺を楽しませるんだよ。つまんねぇ内容を囀ったら容赦なく潰すぞ」
「……分かってはいたよ。キミがそんな甘くはないとね」
「戦争のシステムをご存知ない? 敗戦国が平和条約を結んで国交回復するには、詫びという名の誠意を見せる必要があるんだぜ?」
負けた方が、立場が下になった方が形はどうあれ代償を払う。それが世界の摂理というものだよ女神様。
「……では手始めに、簡単な提案から。私のコネを使って、キミが希望する作品のメディアミックスを実現させる。アニメ化、映画化、過去作のリメイクとかね」
「OKマイフレンド! 困った時は何でも言ってくれ。できる限り力になるぜ☆」
「いや待てまだ序盤も序盤なんだが!?」
馬鹿野郎!! そんなの関係ねぇからさっさと動くんだよ! ひとまず〇十三組編をさっさと制作させろゴラァ!!
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