第49話 やべぇ奴と花園の母
《side東堂歩》
自分でやってみて若干驚いているが、空間ってこじ開けられるんだな。いやまあ、殴れるんだったらそりゃ掴めてもおかしくないんだけど。
「……こんな形で転移を逆手に取られるなんて思わなかったよ。まさか繋げた空間を無理矢理こじ開けてくるなんて……!!」
「そうか。じゃあ次からは気をつけろや。次があるのか知らんがな」
少なくとも次を与えるつもりはないです。
だってねぇ? えげつないMAP兵器を回避したせいで一度は逃がしたと思ったら、それが幸運なことに敵さんの本拠地らしき場所への直通通路ときたもんだ。
で、目の前には敵の首魁と主要メンバーらしき奴ら。全員が女なのは驚きだったがそれはそれ。逃がす理由にはなりはしない。
「さてさてさて。小便は済ま……いや、これは流石にアレだな。テロリストだろうがレディ相手には下品か。なんせ俺は紳士で通ってる正義の味方。その辺りの配慮はバッチリなんだぜぇ?」
「お手本のような凶相を浮かべてよく言う……! 自他ともに認める立派な魔王じゃないか!」
「悪ぶってるだけなんだがねぇ。正義の味方様のちょっとしたお茶目って言うんだよコレは」
失礼しちゃうねぇこの敵ボスさんは。単に運良く色々な決着が着きそうで、ちょっとばかしテンション上がってるだけなのにねぇ?
「ま、そっちが魔王呼ばわりするのなら、お望みに応えてそれらしく振舞ってやんよ。さぁ、無様に泣き喚いて助けを乞え。そうすりゃ命は取らないでやろう」
生け捕り目的なんで最初から殺すつもりはなかったりするが。脅しとしちゃあ十分だ。
「……っ!!」
実際に効果は覿面。やっぱり目の前で空気を引き裂いたのが堪えたのかねぇ? 彼我の戦力差というものを理解しているのか、抵抗までの一歩が中々踏み出せないようだ。
「──お母様から離れろこのクソ野郎が!!」
が、残念なことに他の奴らは戦力差を理解できなかったようで、攻撃とともに割って入ってきやがった。
反撃しても良いが……ここはあえて後ろに下がるか。
「大丈夫ですかお母様」
「馬鹿! 何で来たの!? 皆は下がってなさい!」
「できないよですよそんなこと!」
「そうです! それにここにはヒナだっているんだ! てかソフィアは何でセロ連れてきた!?」
「ごめーん! 異常事態っぽいし一人にしたら危ないかなって!」
「皆気をつけて! 多分コイツがヒナとセロをやった相手! お母様の話では相当に手強いらしいから油断は禁物よ!」
おーおー。予想通りというべきか、随分と騒がしいこと。女が三人よれば姦しいなんて言うが、実際に見るとわちゃわちゃだ。
アレだ。やり取りが完全に日朝の魔法少女ものソレ。敵を前に悠長にすぎると思わなくもないが、なんとなく現実での既視感というか。……ああ。コイツらの会話、うちの戦姫のノリに似てるんだわ。どうりで。
「なんというか、お転婆な娘たちを持つと大変だねぇ。お母さん?」
「っ……!!」
ちなみこの台詞だと、うちの戦姫たちもお転婆扱いになるのは内緒である。
「親の心子知らずと言うんだっけ? せっかく頑張って矢面に立ってたのに」
「黙れ!」
「っ、刺激しちゃ駄目!」
「おい野生の熊か俺は」
その扱いには遺憾の意を表明するぞ。せめて魔王扱いしろ魔王……いや魔王じゃねぇよ。
「……はぁ。しゃーねーなー。子供を守ろとする親の気概に免じて、お別れの一言ぐらいは許してやんよ。ほれお母さん。さっさと娘たちにお話しなさいな」
「……」
「疑り深いなぁ。吐いた唾は飲み込まねぇよ? しっかり一言待ってやるさ」
僅かな間睨み合う。だがやがて反抗するだけ無駄と悟ったのか、お母さんはお転婆娘たちと向き合った。
「……私が命懸けで食い止めるから、皆は逃げなさい」
「お母様!?」
「何でですか!?」
「いいから逃げ──」
「はい一言終了ぉ!!」
ちゃんと一言は待ったよ! という訳でバックアタックに蹴りを一発!
「──そう来ると思ったよ!」
「およ?」
そしたらお母さんが虚空から取り出した剣で、不意打ちが見事に防がれた模様。どうやら狙いはバレてたらしい。
「意外と鋭いねぇお母さん」
「あれだけ一言を繰り返してたら嫌でも分かるよ! そもそもキミがそんな慈悲に溢れた人間になんか見えないからね!」
「それもそうか。ただちょっとその台詞は聞き捨てならんなぁ。鬼畜外道みたいに言ってくれるなよ。一部では御仏の化身と名高い歩君だぜ?」
「死の迎えって意味だろそれ!」
「人を殺人鬼にしないでくれますー?」
生憎と誰か殺害しなきゃならねぇ事態には遭遇したことはないんでな! なんだったら今がその時かもしれんレベルだわ!
「っ、この卑怯者!」
「あ。ようやく再起動?」
一拍遅れる形でお転婆娘たちが声を上げる。不意打ちに反応できなかった+お母さんが至近距離で俺の蹴りを防いだもんだから、その衝撃で若干ピヨってたらしい。
それにしても卑怯者とか草やの。
「敵の台詞を鵜呑みにする奴が阿呆なんだよ。なんなら俺は律儀に守った方だと思うが」
ちゃんと『一言』まではしっかり待ったよ。一言が終わると同時に蹴りはいれたけど。ただそれでも俺はお優しいから、ヒントとして掛け声も追加してやったんだ。それで防げもしないんだったらもう知らんわ。
「てかよ。犯罪者相手に卑怯卑劣もあるまいに。ぶっちゃけお前らがどんな連中で何が目的なのかも知らんが、どうせマトモな輩じゃないんだろ? 暫定テロリストな時点で道端のクソと同じ扱いだよ」
「この……!!」
「お? カルシウム不足か? 事実を言われただけでキレんなって。マトモな扱いされたいなら普通に生きろでファイナルアンサーだろうが」
実際は普通に生きててもマトモな扱いされないこともままある模様。はー、本当に現実ってクソね。
「アンタみたいな奴に何が分かるのさ!! 世の中にはそれすら許されない人間だっているんだよ!!」
あ、ふーん。どうやらコイツも、いや口振りからしてコイツら全員その類か。
「そっか。お疲れ」
「はぁ!?」
「いやだって、それ以外に何を言えと」
何も知らねぇんだからそれ以上の感想なんてねぇよ。
「もちろん正論やら綺麗事やら、吐こうと思えば吐けますよ? だからって無関係な人間を巻き込んでいい訳がない。正論ですね? 不幸の連鎖は断ち切らなきゃならない。綺麗事ですわぁ。それとも他人の不幸は蜜の味って嗤ってやろうか?」
「コイツ……!!」
「はっきり言って興味がない。ついでにぶっちゃけると正義も悪もどうでもいい。お前らがどんな不幸を経験してようが、お前らが誰を不幸にしてようが本っ当にどうでもいい。全部ひっくるめて御愁傷様の一言だ」
人間なんてそんなもんだ。自分に火の粉が掛かってこなければ感想言ってさようなら。わざわざ首を突っ込む奴は物好きの類で、少なくとも俺はそうじゃない。
「関係なければそれでよかった。ああ、本当にそれでよかったんだが。──生憎と火の粉をぶっ掛けられちまったからな」
「っ!!」
「これはシンプルな話だ。俺の所属している組織と、お前たちの組織は敵対している。その上で俺たちは、いや俺は、お前たちが主催したであろうイクリプスパーティによってすっごく不愉快な気分になった」
いやマジで。家にも帰れなくなるレベルで忙しい。全国を行ったり来たり。チビッ子どもを現場で介護。なによりアニメのリアタイもできず、どんどん未視聴が溜まっていく日々。ストレスが溜まるのぉ。ドンドン溜まるのぉ。
「──だからテメェら全員叩きのめす。ボロ雑巾みたいにしてから局の方に突き出してやる。そんで俺は清々しい気分のまま家に帰ってアニメを観るんだ。コレって素敵やん?」
「……この人数差でそんなことができるとでも? アナタが倒した二人ほどではないですが、私たちも相応の力はあります。なによりこちらにはお母様がいる」
「おいおいおい。知的ぶった喋り方してる癖に、頭の方は随分とおめでたいんだな? ママの背中の後ろで大きく出るじゃねぇか」
お馬鹿娘の台詞に自然と笑いが零れる。いや失笑の類だけど。
「まるで自分たちが大好きなママと一緒に戦うみたい言い草だけどな。テメェらのそれは並び立ってるんじゃなくて、庇われてるって言うんだよ。現実見ようぜ? ……ああ、大好きなママの背中しか見えねぇか」
「なっ……!?」
真ん前から見れば一目瞭然なんだが、お前らのママの汗ダラッダラだぞ? なんとかして状況を切り抜けようとしてる決死の顔だ。
「人数差? 足でまといはアドバンテージじゃなくて、ディスアドバンテージって言うんだよ」
ああ、なんて可哀想なお母様。ただでさえ勝ち目の薄い状況で、庇護対象がわざわざ前に出てきたせいで勝ち目はゼロ。
しかも大切な娘たちはそんな親の内心など知らずにレスバに夢中。俺の言葉の大半が挑発ってことも理解せず、逃げる気配はナッシング。
レスバの最中にコソコソ力ずくで転移かなんかさせようとしてたけど、そのたびに俺が殺気を飛ばして妨害。状況の打開はできそうになく。
「いやはや。馬鹿な味方ほど怖いっていうのは真理だな。娘さんたち、全員都合のいい妄想に酔ってるじゃないの。ママさんさぁ、慕われてるみたいだけど教育は下手ね。コイツら全員悲しいくらいの馬鹿娘じゃねえか」
よくもまぁこんな能天気な脳ミソしてテロリストなんてやってんな。大方この毒親が色々フォローしてたんだろうが、お陰でこうまでお花畑になってりゃ世話ねぇよ。
「ほら叱ってみろよお母さん。馬鹿娘のオイタを叱るのは親の仕事だぜ?」
「……お母様……」
「──何を言うかと思えばくだらない」
「あ?」
「……馬鹿娘? 違うね。この子たちは全員私の愛娘だ。私を心配して危険も顧みずに駆け付けてくれたこの子たちを、母親である私が否定なんかするものか」
……おいおい。叱りもしねぇとか正真正銘の毒親じゃねえかコイツ。
「偉そうに宣言してんじゃねぇよ。そこまで言うならコイツらをテロリストに仕立て上げんなや。犯罪者の親玉がカッコつけても薄ら寒いギャグにしかなんねぇぞ」
「……そうだね。確かに私は褒められた母ではないよ。それは認めよう」
「お母様!」
「そんなことはありません!」
「うるせぇ入ってくんな馬鹿娘! 気色悪い家族ごっこを見せんじゃねぇ! てかぶっちゃけると、お前らのそのノリさっきからマジで寒気がする! カルト宗教の洗脳ミサを見せられてるようでクソ怖い!」
だって明らかにコイツら血縁じゃねえし! その上で共依存関係じゃん絶対! テロリストと洗脳じみた家族ごっこは混ぜちゃいけねぇんだよ!
「そんなにお母様お母様叫ぶんだったら母〇泉にでも行ってこい! あそこは絶賛入信者募集中だよ多分!」
アレ作中だと第一巻で潰されてるけど! それでもちょくちょく出てくるからどっかで復活してるはずだから!
「ふふっ。宗教ね。そう言われると否定はできないかもしれない」
「オイ。お前らのビックマザーが洗脳だって認めたぞ。娘さんたちもさっさと正気に戻った神妙にお縄につけや」
「失礼だな。そういう意味で言ったんじゃないよ」
「あ?」
折角人が煽りとか無しのガチトーンで忠告してやってんのに、当の教祖が何か言ってるんだが。
「キミが何と言おうと、私は本気で娘たちの幸せを願っている。それが人間社会の倫理に反していようが、娘たちが望んだのなら私はこの子たちの望んだ結末も、その為の力も与えてみせる。それが私の女神としての矜恃なのだから」
「──なに?」
自らを母と称するソイツは言った。馬鹿娘たちを手で制し、一歩前に踏み出した。
手に持っていた剣を消し、代わりに虚空から淡く輝く帯を取り出し腰に巻く。
「この身は今は無き神々からの贈り物。人類最初の『女』として造られた泥人形。そしてかつては全てを与える大地母神の一柱」
「おいおい……!」
そして空気が、存在が変わる。
美しくも人ではないナニカから、文字通りの意味で神々しい超越者に変化する。
「さあ、今こそ名乗ろうか。我が名はパンドラ。地上に残る唯一の女神にして、異端の花園の総帥だよ」
「クー・フーリン擬きの次はガチの神、それもとんでもねぇビックネームの女神ときたか! 随分と神秘的な秘密結社だなオイ!」
嘘ということはないのだろう。それにしてはあまりにも目の前のコイツは異質すぎる。存在としてのスケールが違う。
「神の類はもういないって聞いてたんだがなぁ」
「それも間違ってはない。私も長いこと人の世を彷徨ってはいるけれど、未だに私以外の神を見たことはないからね。……代わりに神以上のデタラメとは現在進行形で遭遇中だけど」
「妙なお墨付きはいらねぇんだよ!」
ったく。情報の大渋滞でもう意味わかんなくなってきたぞ。神話関係はオタクの基礎教養ではあるけどな、裏の世界で通じるようなガチの神秘知識なんて俺にはねぇぞ!?……だが疑問が増えた反面、解消されたものもある。
毒親なんて罵りはしたが、道理でコイツの倫理観がガバいはずだ。正体が人類とは本質的に異なる上位存在、それもドロッドロの愛憎渦巻くギリシャ神なのだから。そりゃ愛し子優先で、人間程度の価値観に合わせる理由がねぇわな。
娘たちだってそうだ。母と慕っている相手が神なのだから、そのオーラやら気配やらに充てられてもおかしくねぇ。慕い方が洗脳、いや狂信じみているのも納得だよ。
共依存というよりも、主神と信者によるガチの宗教。それが異端の花園とやらの正体だ。
「やだやだ。宗教なんて拘りたくもないんだがな」
「だったら何もせずに立ち去ってくれないかい? しっかり送ってあげるよ?」
「ふざけんな。仕事以前にテメェらには恨み辛みが溜まってんだよ。私情MAXで潰すに決まってんだろクソが」
「……女神と名乗った上でその台詞か。神をも恐れぬ人間だなキミは」
「何を言ってんだ。神を貶めるのはいつだって人間だろうが」
「……そうだね。それは私たちが一番実感しているよ」
神話じゃ偉そうにふんぞり返ってるがな。それはあくまで物語の中での話だ。現実には神はいつだって人間によってグッチャグチャにされて、都合の良いように利用されてきたんだ。その最たるものが宗教戦争だろうがよ。
傲岸不遜? 当たり前だろ。神の天敵はいつだって人間なんだからよ。
「避けられぬ運命って奴だよ。なんとかしたきゃモイライでも連れてこい」
「無理難題を言うじゃないか。……ならしょうがないね。大切な娘たちに未来を与えるためにも、私は全力でキミに抵抗してみせよう!」
「ハッ! 黴臭いロートルがシャシャってんじゃねぇぞ。今は人間様の時代なんだよ骨董品が!」
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