第48話 異端の花園とやべぇ奴
《side???》
「……危なかった」
布で巻かれた二人を床に寝かせながら、ホッと息を吐く。
ヒナのゲイボルグ・レプリカが壊れた反応がしたから、急いで空間を繋いで駆けつけたのだけど。まさかあんなことになっていたなんて。
ヒナとセロは花園の中でも武闘派。そんな二人が気絶させられて、ヒナに至ってはオーバーロードを使ってなお敗北していたようだった。
最初は驚いたけど、あの後のアレを見たら納得するしかない。
「まさかあの一瞬で後ろの二人を抱えて、アイギスの効果範囲から逃げ切るなんて……」
不意打ち気味に発動したアイギス。盾から放たれた石化の呪いは、間違いなくあの三人を捉えるはずだった。
だがそうはならなかった。こちらに向かっていたあの少年は、アイギスの石化の波動を確認すると同時に踵を返し、波動が到達するよりも速く仲間の少女たちを抱えて効果範囲から離脱してみせた。
さすがに娘たちまで抱えて逃げることはできなかったようだけど、それでも規格外にすぎる。
確かに波動が到達するまでにはほんの僅かなタイムラグが存在するが、それでもアイギスに刻まれたメデューサに睨まれた時点で回避は不可能なんだ。ましてやあの時に放った呪いは、キロ単位の範囲を石化させるというのに。
転移などの術を使った訳でもなく、単純な脚での移動で呪いから逃げおおせるなど誰が想像できると言うんだ。ありえないにもほどがある。
アイギスを十全に扱う為にアテナの権能を借り受けていなければ、私もあの少年が移動したことにも気付かなかっただろう。そしていないことに首を傾げ、一瞬で舞い戻ってきた少年に殺されていたはずだ。
結果的には無事だった。少年が消えたと同時に気絶している二人と、レメゲトン・レプリカを魔術で引き寄せ、即座に転移で帰還したからなんとかなった。でもそれは偶然でしかない。全ての運が私に味方しただけの、ただのどうしようもない幸運だ。
「お母様!」
「急にお出掛けしてどうしたんですか!?」
拠点に残っていた娘たちが駆け寄ってくる。日課のティータイムの途中で、いきなり私が転移したから驚いたのだろう。
どうやら騒ぎは他の娘たちにも伝わっていたようで、四人全員が集まっていた。
心配させたことは悪いとは思うけど、今の状況では好都合だった。人手は多い方が良い。
「っ、ヒナ! それにセロも!」
「えっ!? うそ、本当じゃん! 大丈夫なの二人とも!!」
「この二人が、何で……!」
「お母様! 一体何があったんですか!?」
「全員落ち着いて。大丈夫。セロに関しては気絶してるだけだし、ヒナも重症だけど治療は可能だから」
動揺する四人に大丈夫だと安心させ、その上でそれぞれに指示を出していく。っと、その前にまずこの布を外してと。
「っ、裸!? お母様、まさか二人は……!!」
「私も全部見た訳じゃないけど、状況的にそういのじゃないよ多分。単純に危険回避の為だと思う」
チラリとしか見てなかったけど、ヒナを布で包んでいた少年の視線には好色の色など微塵も存在していなかった。仲間の戦姫二人も常識的な雰囲気だったし、そういう行為は許さないんじゃないかな。だから余計な心配のはず。……それはそれとして大切な娘たちの服を剥いだことは許すつもりはないけど。
「シャルロットは二人の服の用意をお願い!」
「分かりましたお母様」
「ソフィアはセロを部屋に。外傷はこの子の能力的にも心配ないだろうけど、それでも消耗はしてるはず。部屋に水差しと起きたら軽く摘める物でも置いといてあげて」
「了解です! クッキーの残りでも添えておきます!」
「レベッカは医務室で器具の準備を。ヒナの怪我はオーバーロードの反動が一番酷い。解呪と癒しのタリスマンをありったけ用意して!」
「オーバーロード!? ヒナの奴、なに馬鹿なことしてんのよ……!!」
「カーラはここで私の手伝い! レベッカの準備が終わるまでに応急処置は済ませるの!」
「分かりました!」
指示に従い娘たちが動き始める。
それを横目で確認しながら、カーラと一緒にヒナの治療に入る。
「それにしてもお母様。この二人がこんなことになるなんて、一体何があったんですか?」
「日本にトンデモないのがいたんだよ。そいつに二人はやられたんだ」
「まさか日本のレリックホルダーが出てきたとか?」
「それよりももっと酷いよアレは。私でも勝ち目が見えないような化け物だ」
「そんな……!?」
カーラが息を呑んだ。私でも勝てないという言葉がそれだけ衝撃的だったのだろう。
自画自賛でもなんでもなく私は強い。世界最強とは断言できないけど、それでも最強クラスの一角ではあるという自負があった。
そんな私でも、あの少年には勝てるビジョンが全く思い浮かばない。そんなレベルの化け物だ。
──だからこそ、これは明確な私の判断ミスだった。私の想像を超える化け物を相手に、常識を優先した私のミスだ。
「──化け物で悪かったな」
声が聞こえた。花園において決して聞こえるはずのない少年の声。本来ならありえないはずの、さきほど少しだけ耳にした理外の怪物の声。
「何も……っ!?」
警戒心と敵意を剥き出しにしたカーラが、声の聞こえてきた方を振り向く。そして絶句した。
私もそうだ。その光景の異常さに二の句が告げなくなっていた。
──虚空に指があった。まるで反対側から扉が閉まるのを防ぐように、虚空から指が生えていた。
「よっと……!」
更に手を差し込んだのか、指が増える。それと同時に名状しがたい音が響く。それでもこの音が何なのかは分かる。これは空間が軋む音だ。
やがて音が大きくなる。それだけでなく拠点全体が揺れ始めた。空間が壊れかけていることで、周囲一体にも影響が出はじめているのだ。
「お母様!? 何かあった、はぁ!?」
「今度は何事で、いや本当に何事ー!?」
「大丈、っ夫じゃないわねコレ!!」
異常を察知した娘たちが戻ってきてしまった。ソフィアに至ってはセロを抱えたままだ。
全員に下がりなさいと指示を出したいが、それができない。私の実力では、これから現れるであろう怪物から、ほんの僅かでも意識を逸らすことができない。
「っ……!!」
思わず歯噛みする。幸運だと胸を撫で下ろした過去の自分を殴り飛ばしたい。これはどう考えても最悪だ!! 無事に逃げるどころか、どうしようもない怪物を娘たちの前に連れてきただけだ! 娘たちを守ると誓った母親が、事態を悪化させてどうするのだこの間抜けめ!!
いや、分かっている。相手が規格外すぎたんだ。こんな結末になるなど思いもしなかった。そもそも方法自体が私の想像の範疇を越えていた!
今目の前で何が起こっているのか、なんとなくだが理解はできる。私の使った転移は、空間の座標と座標を繋いで移動する。理屈は違うがワームホールみたいなものだ。
その一時的な空間の繋がりを利用された。いや、そんな賢いものではない。──目の前の怪物は、術の解除によって繋がった座標同士が完全に離れる前に、無理矢理空間に腕を差し込んだのだ。物理的にありえないはずなのに、そんな常識など知ったことかと力任せに空間をぶち抜いたのだ!!
規格外。あまりにも規格外がすぎる。こんなことをやってみせる化け物などどう対処すればいいのだ。
「くっ……!!」
「っ、せーのォッ!!!!」
そんな私の絶望を嘲笑うかのように、怪物は空間を素手で引き裂き、無理矢理こじ開けて踏み込んでくる。
「──最初の二人には言ったんだがな。知ってるか? 日本ではな、魔王からは逃げらんねぇんだよ!!」
どうしようもない災厄が、私たちの花園を踏みにじりにやってきた。
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