第45話 やべぇ奴+戦姫VS悪の魔法少女たちその三

《side東堂歩》



「さて……」


 厄介な敵なのは間違いない。とは言え、現状相対しているのは目の前の二人のみ。考察も愚痴も後回しで、今はさっさと潰してしまおうか。

 小手調べというつもりはなかったが、結果として獲物や能力、反応速度も把握できた。ならそれに合わせるだけだ。


「やるか」


 一歩で距離を詰める。狙いに変更はない。最初に潰すのはセロ一択。

 セロは動かない。というよりも動けない。この一歩は無拍子、それもアニメ寄りの無拍子だ。意識の隙間を突くなど理論は様々。だが往々にして効果は『相手に反応させない』というものに収束する。そんな強制不意打ちの技を、セロが物理的に反応できない速度で行ったのだ。

 だからこその硬直。意識も身体も追いつかないが故の完全な無防備。霧化もできない、したところでもはや通じない以上、この時点でセロの脱落が決定した。

 放ったジャブがセロの顎を揺らす。如何に再生できようとも、外傷なく意識を刈り取られてしまえば何もできまい。……それでもノーダメ状態で復活するとなれば厄介だが、その時は多少過激な手段を取るまで。再生不可能な一撃や不死殺しの一撃なども、日本のサブカルでは題材にこと欠かないのだから。


「セロ!?」


 だが幸いにして、過激な追撃の必要はなさそうだ。力なく膝から崩れ落ちたセロを一瞥し、しっかりと落ちたことを確認。これで一人は無力化成功。


「次」

「くっ!」


 相方が崩れ落ちたことで、ヒナの顔に決意の表情が浮かぶ。模造の魔槍を構える手に力が籠るのが分かる。

 だが遅い。決意の表情を浮かべる暇があるなら魔槍を振るうべきだった。それでようやく抵抗の『て』の時には届いただろうに。

 ゼロレンジ。すでに槍の間合いではない。これでヒナも反応すらできずに沈む──


「インストール!!」

「む?」


──はずだった。

 こちらの想定よりも速く、ヒナの身体が動く。更には魔槍を巧みに操り、最短最速の突きを返してきた。もちろん、穂先が分裂するオマケ付きで。


「ほう」


 自然と感心の声が漏れた。魔槍の一突きを躱し、無力化の一撃を放ったのだが、それすら巧みな槍術によって受け流された。

 やはり身体能力と技量が格段に上がっている。元からそれだけのポテンシャルを秘めていた? いや、それはない。俺のスピードはさっきよりも上だ。アレですらマトモに反応できていなかったのだから、素の実力ということはまずありえない。

 となると、ヒナの身に何らかの強化が掛かっているのは確実。そして今の『インストール』という台詞。考えられる可能性としては魔槍の能力。技量も上がっていることも踏まえると、何処ぞの赤い弓兵のように武器経由で担い手としての記憶でも引き出しているのかもしれない。

 そう仮定するとなるほどと思う。模造品であるし、強化も本物には遥かに劣るのだろうが、神話の英雄の一端は十分に感じとれる強さだ。一秒の間で俺が放った攻撃は五十を超える。それでも喰らいついてくるのだから、少なくともうちの支部の戦姫たちでは束になっても相手にならないかもしれない。


「アぐっ……!?」


 だからどうしたって話ではあるんだが。

 ヒナが木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。俺の蹴りを魔槍で受けたはいいが、受け止めきれなかったのだ。防御されること前提で、多少の力を込めていたので当然の結果ではある。

 神話の英雄由来の力だろうが、結局のところ模造品。宿る力も一端である以上は限度がある。技量自体は大したものだが、根本的なスペック不足はどうしようもない。


「よっと」

「ガッ……!?」


 距離を詰め、吹っ飛んだ先で立ち上がろうとしているヒナの身体を踏み付け拘束。魔槍の方はどんな能力が備わっているのか不明なので、適当な場所に蹴り飛ばして……あ、草。サポートにでもなればラッキー程度の気持ちで時音ちゃんたちの方に蹴っ飛ばしたけど、クソムカデ死んだやん。

 模造品とはいえ神秘の槍には変わりないだろとは思ってたが、予想以上に魔力が宿ってたみたいだ。それに投擲関係でも物騒な由来が満載の槍だ。見事にその真価を発揮してくれたようで、クソムカデの肉体の八割以上が消し飛んでいる。


「おーおー。二人ともめっちゃ驚いてら」


 死んだことでスゥーと空気に溶けていくイクリプスを前に、揃って間抜けな表情を浮かべている二人。綺麗にお口を開けているのが、ここからでも確認できた。

 ま、防御重視でようやく足止めができていたような大敵が、何の前触れもなく消し飛んだんだ。そらそんな反応にもなるわな。

 なにはともあれ結果オーライ。懸念だった時音ちゃんたちも無傷のようだし、肩の荷が下りた気分だ。


「これにてチェックメイトだな。悪いねヒナちゃん」

「……急に砕けたわね。急いでるんじゃなかったの?」

「あ、それ今さっき解決した。オタクの槍凄いな。あのクソムカデが消し飛んだぞ」

「……まさかここからアレに当てたの? 蹴りで? しかも必中の力も使わずに? 本当にバケモノねアンタ……」


 挑発が不発に終わったことで、ヒナの顔が盛大に引き攣った。完封されたことが余程堪えたのだろう。俺の所業にドン引きしてる訳では断じてないはずだ。


「あんな物騒な道具持ってる奴らにゃ言われたくねぇよ。マジで何だアレ。神話の武器の模造品とかタチ悪すぎんだろ」

「それこそアンタが言うなって話よ。【英雄再現】ですら手も足も出ないとかふざけてるわ」

「英雄再現。やっぱりアレはそういう強化か」


 名前的に英雄としての力を擬似的に再現するとか、そんな感じの能力なのだろう。随分とまた使い勝手の良さげな武器だこと。


「これなら最初から【過剰充塡オーバーロード】を使っておけば良かったわ……」

「いきなりの横文字ラッシュ止めろや。何だオーバーロードって」

「レプリカを時間制限付きのオリジナルに変える必殺技。これを使えば、私は一時的にクー・フーリンと同等のゲイボルグの担い手となる」

「滅茶苦茶だな。だがそんな便利な技を使わなかってことは、何らかの制約でもあるんだろ?」

「単純にそんな余裕がなかったって理由もあるわ。でもそれも正解。オーバーロードは一種の儀式。レプリカを供物として捧げることで、無理矢理オリジナルの逸話を現実に降ろしてるだけ。だからオーバーロードを使ったレプリカは必ず自壊するし、使用者もまた同じ。資格のある者しか扱えないレリックの力を、裏技で無理矢理教授するのだからね。反動はもちろん、ペナルティも受けるのよ」

「随分と浪漫溢れる仕様だなオイ……」


 典型的な自爆特攻技じゃねぇか。ペナルティありの超強化はサブカルの花ではあるけどよ。現実に暴走ボタンを作っちゃ駄目だろ流石に。


「クー・フーリンと同格ねぇ。興味深くはあるが、実際に相対するとなればゾッとしないな。速攻で仕留めに掛かって良かったわ」


 ガチの神代の英雄がどんなもんか想像つかねぇしな。なにより使用者も壊れるってのがダメだ。今回のオーダーは生け捕り。自爆特攻技なんて使わせられるかってんだ。


「あら残念。興味あるのなら実際にやってみせるのに」

「だからやらせねぇっての。お前が壊れちゃ困るんだよ」

「そう? それなら──意趣返しもできそうでなによりね」

「っ!?」


 背筋に走った寒気。思考するよりも速く、本能に任せて真横目掛けて腕を振るった。

 硬質な何かを払ったような感触。僅かに視界に入ったのは、遥か遠くに蹴り飛ばしたはずの呪いの槍。


──だが違う。これはさっきまでの物とは違う。秘められた力が。禍々しい気配が。武器としての格が違う。


「どういうことだ……!」

「驚いてくれたようでなによりよ!」

「っ!」


 凶悪な変貌を遂げた魔槍に気を取られた一瞬の隙に、ヒナが踏み付けによる拘束を抜け出した。

 即座に再拘束を狙うも、それよりも速くヒナは俺の弾いた魔槍に触れ──黒い雷をその身に迸らせた。

 更に予想外の事態は重なる。ほんの一瞬だけだがヒナの姿が消えたのだ。転移の類ではない。僅かに見えた残像が、ヒナがただただ速く動いただけであることを証明していた。

 禍々しい雷で己の身を焼くヒナ。だが、その身に宿る力は先程までとは比べものにならない。先程までが英雄の力の一端というのなら、今のそれは神代の英雄そのものに他ならない。


「オイ、まさかそれ……!」

「ぐぅぅッ……ご明察! これがオーバーロード。これの発動条件ね、アーティファクトの持ち主が使用すると念じながらオーバーロードって唱えることなのよ!」

「ペラペラ素直に喋ってたのはそれが理由か……!」


 クソがっ、してやられた。槍が手元にないから油断した。違和感はあったが時間稼ぎの類かとばかり。てっきりセロが目覚めるのを待ってたりでもしてるのかと思ってた!


「いやてか待てや! 何でゲイボルグがこっち目掛けて飛んできてんだよ!? 手元に戻ってくる逸話はグングニルだろ!?」

「必中の槍だもの! アンタは一度この魔槍の標的となった! オリジナルとなった今、この槍は因果地平の彼方だろうがアンタのことを狙い続ける!!」

「神話アイテムに常識求めた俺が馬鹿だったよ!」


 つまりとっくに俺はこの槍に呪われてたってか!? やってらんねぇなぁオイ!!


「ったく……!! 厄介な第二ラウンド用意しやがってからに!!」

「悪いけど、アンタは危険すぎる。仲間の為に、なによりお母様の安全の為に! 私の全てを賭けて、今ここでアンタだけは絶対に殺す!!」

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