第42話 暗躍する悪の魔法少女たち
《sideヒナ》
「……ふぅ。これで終わりだ。デカいのも問題なく呼び出せる」
「お疲れ様」
セロが最後の仕込みを終え一息つく。日本へのテロ活動、イクリプスを利用した破壊工作は佳境へと突入していた。
日本各地に仕掛けを施し、遠隔で発動させることで広範囲かつ連続で蝕獣災害を引き起こす大規模テロ。単純な被害よりも、現地の戦姫たちに負担を強いることに焦点を当てた作戦だ。
「いやはや、毎度ながらお母様はトンデモねぇよな。コレをやるたびに実感するぜ」
セロはそう苦笑しながら、手に持っていた一冊の本を丁寧に腰のホルスターにしまった。タイトルも何も描かれていない無地の一冊。だが特筆すべきはそれだけで、それ以外は普通の書店で売られているようなハードカバー。だが、その実態は値段すら付けられないような超希少品にして、今回の作戦の根幹をなす神秘の戦略兵器。
【レメゲトン・レプリカ】。お母様が造りだした【
本来ならば資格ある者にしか扱えないレリックと違い、アーティファクトは効果こそ落ちるが使い手を選ばず、容易ではないにしろ量産が可能。更には多少ではあるが基となったレリックの効果を、自分好みに調整することができるという破格の利便性を備えている。
お母様が与えてくれたアーティファクトによって、私たちは復讐者として戦うことができる。花園のメンバーの殆どは、戦う術を知らなかった小娘だ。そんな私たちが、こうして世界を相手に大立ち回りを演じられるのだから、アーティファクトがどれだけ強力か、また製作者であるお母様がどれだけ偉大なのかを実感できる。
「こっちは適当に観光しながら仕掛けを施すだけで、相手をどんどん追い詰めることができるんだ。偵察ついでに何度か奴らの顔を拝みに行ったが、誰もかれもがくたびれた顔してて笑ったぞ」
「あなたね……。偵察に行くのは結構だけど、ヘマして見つかるようなことだけはしないでよ?」
「安心しろよ。ずっとこれを付けてんだ。見つかりゃしねぇよ」
そう言ってセロは指差したのは、レメゲトン・レプリカと同じアーティファクト、姿隠しの効果を持つ【タルンカッペ・レプリカ】だ。神代で使われていたオリジナルほどの隠蔽能力こそ無いが、それでも姿・音・匂い・熱・魔力などを隠し、あらゆる機械を欺くことを可能とする高性能アイテムだ。
「なら良いけど……」
私自身、過去から現在進行形でこのアイテムには何度もお世話になっている。しっかり姿隠しの力を使っていると言われてしまえば、それ以上の追求はできない。
「ただ油断は禁物よ。日本は世界中に戦姫を派遣してるだけあって、かなり手強い奴らが多いわ」
「ああ。そりゃ重々承知さ。こんだけ騒ぎを起こしても、他の国と違ってまだギリギリのところで持ち堪えてやがるんだ。その時点で別格だ」
「そうね」
別格。まさしくその通りだろう。直近ではイギリス、それ以前にも何度も私たちはイクリプスの大量発生を引き起こしてきた。そして全ての国が、自国では対処しきれないと他国に応援要請を出していた。実際、現地の戦力ではカバーしきれないであろう規模と頻度を、毎度下調べした上で引き起こしているのだから、それが当然なのだ。
だが、この国は違う。各地に仕込んだレメゲトン・レプリカの紙片を全て起動したのにも関わらず、自前の戦力だけで見事に乗り切ってしまいそうなのだ。他国と違って国土が狭く、それでいて戦姫の数が多いというアドバンテージを加味しても、十分に脅威となる数の仕込みを施していたはずなのに。
「こうして仕掛けに新しく細工する羽目になってんだ。油断なんてできるかよ」
「できれば戦姫たちが近くにいる状況で、こんなことはしたくないんだけどね。いくらタルンカッペ・レプリカがあるとはいえ、万が一ってことはあるし」
「そりゃ仕方ねぇよ。こっちの分析ミスだ。だからってあっさり乗り切られても困るだろ」
「そうね……」
今のままでは、彼らはこの状況を見事に乗り切ってしまうだろう。現段階で相応の負担を強いることはできているが、まだリカバリーの効く範囲のはず。理想を言えば、戦姫か現場の職員のどちらかに更なる負担を与えたい。
だからこそ、こうして多少の危険を犯して、これまで以上に強力なイクリプスを呼び出せるよう細工をしたのだ。
「……一番手っ取り早いのは、手加減なしでイクリプスをけしかけることなんだけどなぁ」
「駄目よセロ。それはお母様が許さない。私たちはテロリストではあるけれど、それ以前に復讐者よ。必要ならば躊躇はしなくとも、そうでなければ無関係な人間の殺しは最低限に抑える。それが約束でしょ」
「……分かってる。言ってみただけだ」
バツが悪そうにセロが呟く。パッと見では誤魔化してる様子はない。本当に反省しているようだ。
たしかにセロの言った通り、私たちはその気になれば国の一つや二つは物理的に落とせる。今回のように各地に仕掛けを施し、一斉に起動させれば広範囲かつ大量のイクリプスを召喚できる。それ以外にも、与えられたアーティファクトを駆使すれば壊滅的な破壊を世界にもたらすことが可能なのだ。
そうでありながら、私たちがこんなまどろっこしいテロ行為に走っているのは、ひとえにお母様との約束があるからだ。
『これだけは肝に銘じてほしい。あくまでキミたちは復讐者であり、殺戮者ではないということを。この世界は理不尽だ。それは誰にも等しく降りかかる可能性があるもの。だから怨敵以外を殺すなとは言わない。それでも、必要以上にその手を血に染めないでほしい。一度地獄に堕ちてしまった娘たちが、更に多くの者たちから恨みを向けられるのは、母親としてとても悲しいことだから』
この願いを娘である私たちは裏切ってはいけない。大恩あるお母様を悲しませるなど、全てを与えられた私たちがやってはいけない。
だからできる限り余計な被害は出さない。ギリギリキャパオーバーしてしまうぐらいの規模に収め、被害は最低限に留める。彼らは私たちの復讐対象ではなく、命懸けで民間人のために戦う善良な公務員なのだから。
「兎も角、これで仕事は終わり。長居は無用よ」
「ああ。と言っても、そんな急ぐようなこともないだろう。この位置なら奴らのキャンプも確認できる。姿隠しもあるんだか……んん?」
言葉の途中でセロが止まった。そして何かを確認するかのように、ここ数日戦姫たちが待機しているキャンプの方を凝視している。
「どうしたの? 何か異変?」
「異変ってほどでもねぇが……」
キャンプから視線を外すことなく、セロが口ごもった。危険を察知すれば、セロはすぐに報せてくるだろう。そうでないということは、危険ではないが判断に苦しむような『何か』が起こっていると思われる。
彼らのキャンプ地は、私たちが潜んでいる山腹から数百メートルほど下方にある。木々も茂っていて肉眼で確認するのは不可能に近いが、真祖たる吸血鬼の血を引くセロは神秘に対する適性が非常に高い。タルンカッペ・レプリカを身にまとい、遠見の術を使用すれば、誰にも気付かれることなく偵察することができるのだ。
「簡単に説明すると、何でか知らんが男が戦姫を引きずって、もう一人の戦姫と一緒に移動してる」
「……ちょっと待って。私も確認する」
セロの説明が理解できなかったので、同じように遠見の術を使ってキャンプの方を確認することに。セロほどではないにしろ、私も家系的に神秘に対する適性は高い方なのだ。遠見の術があんまり得意ではないので、セロと一緒の時は任せているけど。
「どれ……」
術を発動すると同時に、一瞬だけ視界にノイズが走る。そしてノイズが治まると、距離の壁も遮蔽物も超えてキャンプ地周辺を鮮明に視認できるようになった。
その結果しっかり確認できた。まさかのセロの言った通りの光景だった。
「……どういう状況かしら?」
「仲間割れ……って感じじゃないよな。何だ? これから三人でヨロシクするつもりか?」
「セロ、下品」
セロの汚い想像は兎も角。本当に何だろう? まがりなりにも緊急事態ではあるし、妙なことをする余裕なんてないはずだけど。
「そもそもアイツ、やけに若くねぇか? 男である以上は現場の職員だろうが、他の戦姫……名前なんだっけ?」
「あっちの黒髪の方が小森時音。引きずられてる微妙に茶色っぽい髪のが木崎夏鈴」
「ああ、そうそう。小森と木崎だ。木崎がお前の嫌ってる奴だよな」
「うるさいわね」
「その二人と年齢そんな変わんなそうだぞ? 結構珍しくねぇか? てかそもそも、あんな奴今までいたか?」
「……それは確かに」
セロの疑問は一理ある。若い頃から戦場に出ている戦姫なら兎も角、これまで見てきた職員の方は全員が成人していた。そんな中で明らかに未成年の職員らしき男子がいたら、普通は印象に残っているはずだ。
妙な状況に、それを主導している妙な男子。イレギュラーな事態につい悩んでしまう。危険があるようには──。
「、っ!!?」
──思わず後退った。
「どうした!?」
「いや、今……」
あまりに予想外のできごとに、ドクドクと心臓が激しく脈打つ。だって今、あの男子と一瞬だけだが目があったのだ。
「こっちを見た……?」
「はぁ? 何言ってんだヒナ。この距離だぞ。それにこっちは姿隠しを使ってるんだ。気のせいだよ」
「……かしら?」
ありえないとセロに鼻で笑われた。咄嗟に反論しようとしたが、セロの方が正しいとすぐに思いなおす。普通に考えればありえない。環境的に肉眼でどうこうできるものではないし、その上で私たちは隠密用のアーティファクトを使っている。万が一があるかもと主張した手前アレだが、私だって姿隠しが破られるとは本気で思ってはいないのだ。
つまり勘違い。明らかに戦姫でもない少年が、そんな人間離れしたワザをやってのける訳がない。
「ほれ見ろ。やっぱり気のせいだろ。あの男、こっちの方向なんて見向きもしてねぇぞ」
「そうね。……あれは、石を拾ってるのかしら」
「みたいだな。拾ったのはパッと見で二つか」
「何で?」
「さぁ?」
あの男子の挙動に揃って首をかしげた。何者なのかも分からないし、何をしているのかも分からない。
本当ならさっさと撤退するべきなのだけど、明らかにイレギュラーな存在を前にどうしても興味が勝ってしまった。
謎の男子は、軽く手の中で石を弄んだ後、
──実に自然な動作で、こちらめがけて振りかぶった。
「ん?」
「え?」
あまりにも唐突だったせいで、私もセロも何も反応ができなかった。ただ耳元で、シャッッ!! と何かが擦れた音がしたのを聞いた。
「ヅァ!?」
「キャッ!?」
そして遅れてやってきた衝撃波に、身体が悲鳴を上げる。更に衝撃波でやられてしまったのか、タルンカッペ・レプリカが大きく引きちぎれてしまっている。
「何だ!? 何が起きた!?」
「分かんないわよ!! ただ間違いなくアイツが原因!! とっとと撤退!!」
お互いに確認するも、何をされたかは不明。だが攻撃されたのは確か。となれば即時撤退するべき……!!
「撤退するつってもどうすんだ!? 相手は化け物じみた察知能力の持ち主だ!! ついでに言うと姿隠しも見事に破られた!! せめて攻撃のタネが割れねぇと逃げるにしても話になんねぇぞ!?」
「そんなこと言ったって分かる訳ないでしょうが!!」
状況が状況ゆえに声が荒くなる。こんなことならさっさと撤退しておけば良かったと後悔が浮かんでくる。少なくとも、目が合った瞬間には逃走を測るべきだった。……いやでも、あの瞬間にアイツに動揺は見られなかった。まるで最初からコッチの存在を知ってたかのように、気にせず石を拾って……!?
「ちょっと待って!! まさか今の投石!?」
「はぁ!? いやできる訳ねぇだろ!? どんだけ遮蔽物があると……!!」
そんなセロの反論は、
「──あれぐらいなら余裕でぶち抜けるぞ。ついでにオタクらの羽織ってるマントだけ狙って、驚かすのだって訳ねぇさ」
聞き覚えのない男の声によって遮られた。
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