やべぇ奴と世界のやべぇ奴ら

第33話 やべぇ奴の職務内容

《side東堂歩》


 バリバリと凄まじい雷鳴が辺りに響き渡る。天気が悪い訳ではない。外は快晴だし、なんなら今俺がいる場所は対策局、対イクリプスを想定したガッチガッチの防衛設備が盛り込まれた地下施設だ。よしんば外が大嵐だったとしても、雨風の音など聞こえる訳がない。……まあ、そもそもの話として、雷鳴が頭上ではなく俺の周りを回るように鳴ってる時点で、通常の気象現象のそれとは明らかに違うのだが。

 通常ではなければそれ即ち超常。具体的に言えば、この激しい雷鳴は我らが悪友アクダマの【閃電疾駆】とかいう魔導の産物であり、雷をその身に宿すことで身体能力up+高速移動という実に唆る効果なのだとか。


「……体感的に亜音速には届かないぐらいかな?」


 脳内に速度スカウターを持っている訳ではないので詳しくは分からないが、目で追った感じ大体それぐらいの速さな気がする。『亜音速未満』と言葉にすると微妙な気もするけど、実際に体感してみれば十分に速いし、なんなら人間レベルの質量が移動しているので破壊力等々は凄まじいものだろう。日本でも上位の実力者という評価も納得だ。


「シャァァ!!」

「おっと」


 ……その上位の実力者が、どっかの人斬りモドキを連想させる剣技で斬りかかってくるのはどういうことだってばよと思わなくもないが。これ一応、この前のやらかしの埋め合わせでやってる模擬戦なんだけど。

 ただまあ、流石にこのスーパー強化モードもノーリスクという訳ではないようだ。高速移動、それも周囲の建築物を利用した三次元的な動きをしているアクダマであるが、その表情は厳しい。魔法の使用が負担なのか、物理限界を突破した動きが負担なのか、はたまたまその両方か。どちらにせよこの動きは長く続かないだろう。

 迫り来る白刃をヒョイと躱せば、すれ違いざまにアクダマの表情が苦いものに変化。そして次の瞬間には再び三次元機動でぐーるぐる。つまるところの速度を活かしたヒットアンドアウェイ戦法だ。まあ、これは【閃電疾駆】を使い始めてからやり出したことだけど。

 アクダマの戦闘スタイルだが、基本的には魔導で強化された肉体と日本刀を使った近接タイプ。一応は雷の魔導で遠距離や範囲攻撃もできるっぽいけど、そういう放出系の魔導よりも強化やショートレンジの魔導の方が適性が高いというのが本人談。特に日本刀を魔導で強化した上で雷のオーラを付与する【建御雷】と、自身に触れた相手をオートで雷撃のカウンターを叩き込む【八雷神】は実に強力だ。


「セヤァッ!!」

「ほい」


【建御雷】は雷のエネルギーによって刀身が加熱され、コンクリート程度ならバターのように焼き切るし、生物の場合は追加で感電のダメージが入る。なので一太刀でも喰らえば大抵の生き物はお陀仏。

【八雷神】で飛んでくるカウンターは威力こそ低いが、それでも普通の人間が生身で受ければ全身に大火傷を負うぐらいには危険だし、魔導等々で耐性を上げていても普通にダメージは喰らう。そもそもカウンターの真の目的はダメージではなく感電による行動阻害であり、その隙をついて必殺の雷刃を叩き込むのがアクダマの必勝パターンの一つらしい。何がタチが悪いって、アクダマは単純に剣士としての腕も達人未満とはいえ一流に分類されることである。


「ラァッ!!」

「はいはい」


【建御雷】で火力を上げ、【八雷神】の攻勢防御からのカウンター。そして格上や遠距離タイプの敵には【閃電疾駆】によるドーピングと機動力upで対抗する。ある意味でバランスが良く、斬ることに全てを特化させた単騎戦闘タイプがアクダマという戦姫なのだ。


「ハァッ!!」

「はい外れ」


 ……逆に言うと、完全な単騎戦タイプな故に攻撃が当たらないとどうしようもないという。


「……っぁぁぁ!!! いい加減当たれこの野郎!!」

「真剣に、それもコンクリ真っ二つにするような攻撃に当たれとか何言ってんだお前」


 アクダマの攻撃をヒラリヒラリと躱し続けて約十分。ヒットアンドアウェイ戦法に切り替わる前の時間を含めると三十分。ついにアクダマが足を止めて叫んだ。ひたすらに攻撃を躱され続けたことでオコになった模様。


「本当に納得いかないんだけど!? これだけ延々と攻撃してて一太刀も当たらないとか意味分かんない!」

「模擬戦で必殺の一太刀喰らわせてこようとする方が意味分かんないですがそれは」

「だってアユ君なら死なないでしょ?」

「そういうとこだぞアクダマァ!!」


 俺が言ってるのは常識的な部分なんだよ! というかそもそも疑問形の癖して致死性の攻撃放つな! 万が一があったらどうするんだテメェ!


「だったらせめて反撃してきてよ! これだとひたすらにおちょくられてるみたいで気分悪い!」

「お前がずっとバチバチ雷を纏ってんのが悪いんだよ! 触れたらカウンターで服が死ぬだろうが!!」


 そりゃ俺だってこんな面倒なことしたくないっての! でもしょうがないじゃん! 下手に殴ったりしたら服焼けて全裸か半裸だぞ!? そりゃカウンターすら追いつかない速度で攻撃すりゃなんとかなるけど、それすると多分アクダマ死ぬし! 遠距離系の攻撃は加減効かないから撃てねえし! よしんば問題無いレベルまで威力落としたら速度も出ないから躱されるし! ぶっちゃけるとできることが無いんだよ!!


「取れる選択肢がスタミナ切れぐらいしかねぇんだからしょうがないだろ!?」

「全裸覚悟で攻撃すりゃ良いじゃん男なんだから!」

「その台詞はもう性差別すら超越してるんだよなぁ!?」


 男だって人前で、それも女子の前で全裸は嫌なんですが!? そのラインを超えたら余程差し迫った状況でもなければ露出狂判定だよこの野郎!


「そんなに文句あるならそのバチバチ防御解いてくれます!?」

「嫌ですー! これが私の戦闘スタイルなんですぅ! これを攻略できないアユ君が悪いんですぅ!」

「腹立つ……! んなこと言うならマジでそっちがバテるまで回避し続けるが!? 幸い戦姫扱いなったことで仕事なんてないし!」

「嫌だ嫌だつまんないそんなの! これアユ君の埋め合わせなんだからしっかり楽しませて!」

「変な駄々をこねるんじゃないよ!!」


 幼児退行したみたいな駄々をこねられ、頭が痛くなってくる。何がタチ悪いって、無意識じゃなくて意図的にアクダマがこれをやってるであろうことだ。アホっぽい言動が多いアクダマだが、その本質は冷静で冷徹。こんな駄々を無意識でやるようなキャラじゃない。大方、俺に妥協させる為にわざとこんな言い方をしてるのだろう。サラッと痛いとこを突いてきてるし。

 まあ、仕方ない。取り敢えず最大限の努力しよう。……とは言え、オーダーは無茶振りにも程がある訳で。どうしたもんかねぇ……?


「触れたら服が死ぬし、やり過ぎるとアクダマがヤバい。やっぱりこれスタミナ切れからの自滅を……いや待て」


 考えているうちに、天啓が舞い降りた。それを元に頭の中の作品データベースにアクセス。そしてモチーフとなる技を思い出し、実現可能かどうかを精査。


「……ッチ、ッチ、ッチ」

「……え、ちょっと急にどうしたのアユ君?」


 ……結論。多分いける。となると、後はアウトプットとブラッシュアップのみ。


「……アクダマ」

「何? いきなり考え込んでたけど、なんかアイデア──!?」


 台詞の途中で思いっきりアクダマが仰け反った。特に何かが飛んできた訳でもないのに、まるで首めがけて振るわれた刃を回避するような挙動。……その姿に、自然と笑みが浮かぶ。


「待って!? 何かすっごいゾッとしたんだけど!? 反射的に仰け反ったよ!? 何これ時音が言ってた殺気って奴!?」


 アクダマが上げる戸惑い声。言葉通り凄まじい寒気に襲われたのか、ひたすらに己の首を摩っている。

 アクダマの困惑。それは俺にとって、新技が誕生したファンファーレそのもの。故に自然と笑顔が、我が子の誕生を祝福する母の如きアルカイックスマイルが顔に浮かんだ。


「──良かったなゼンダマ。お前のオーダーは達成できそうだぞ?」

「……え、待って。何かその笑顔凄い怖いんだけど。いつの間にかゼンダマに昇格してるのも超不穏……。自分で言っておいてアレだけど、やっぱりこの模擬戦もう止めない?」

「駄目。折角お前の為に生まれた新技だ。しっかり堪能していけ?」

「嫌だ嫌だ本気で嫌だ!!」


 今度は本気の駄々な気がするが、多分これも意図的にやってる演技だ。という訳でスルーする。


「いくぞ? これより再現するは、愛弟子を最強にする為に地獄の特訓を施したとある柔術家の、そして作中において邪神と恐れられた悪しき達人の二人が使用した技。魔法も異能もなく、ただの技術によって触れることなく敵を投げる一つの極地」


 言葉と共に意識を研ぎ澄ます。この技には構えはない。必要なのはイメージであり、肝はその全てを相手へと放つこと。


「【作中再現・呼吸投げ】」


 その瞬間、ゼンダマは独りでに地面へと叩き付けられた。

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